新しい創傷治療:デビルズ バックボーン

《デビルズ バックボーン EL ESPINAZO DEL DIABLO》 ★★★★(2001年,スペイン)


 このタイトルを見ると10人中10人が「アメリカの(アホ)ホラー映画だな」と思うでしょうが,スペインで作られた佳作です。一応,幽霊は出てくるのでホラー映画に分類しますが,よく練られた脚本と,重厚なカメラワークと映像美があり,一遍の文学作品のような深い味わいすらあります。また,幽霊そのものもそれほど怖くはないし,映像的にも効果音でも,「怖がらせてやろう」という意図は一切感じられません。その意味で,タイトルでかなり損をしている映画と言えます。見終わった後の深い余韻の中で,自分ならどういうタイトルを付けるかを考えるのも一興です。

 いずれにしても,幽霊の復讐譚であり,初老の男女の淡い思いを描いた作品であり,孤児院での少年たちの権力闘争(?)と自立の物語であり,悪漢どもに部屋に閉じこめられた少年たちの脱出と反撃の冒険映画でありと,多彩な要素が込められていて,110分近く,目が離せないはずです。


 時代はスペイン内戦(1936〜1939年)当時のスペインの片田舎で,荒野の中に取り残せたような孤児院が舞台です。その孤児院に10歳くらいの少年カルロスが連れてこられる場面から始まります。両親は内戦で亡くなっていますが,まだ彼にはそれは告げられていません。その孤児院の庭の真ん中には巨大な不発弾が地面に突き刺さっていて,この荒野の孤児院ですらいつ戦場になるかもしれない不安さを強調しています。

 孤児院の子供たちのリーダー格は最年長(といっても13,4歳くらいでしょう)のハイメで,新入りのカルロスへのイジメが始まりますが,カルロスはそれに屈せず,それどころか,他の孤児たちをかばうような行動を示したため,次第に一目置かれていきます。

 孤児院でカルロスに与えられたベッドは,かつてサンティという子供が使っていたもので,彼は例の不発弾が落ちてきた日に行方不明になっていました。そして同じベッドに寝るカルロスは夜,自分を呼ぶ声が聞こえたりして,つい自分と同じくらいの年齢の幽霊(明らかに,水死体の顔に見える)に出会います。最初は恐怖を覚えていたカルロスですが,次第にその幽霊が自分に「この孤児院でみんなが死んでしまう」ということを伝えようとしていることに気がつきます。

 この孤児院の院長は戦争で片足を失い義足で歩いている初老の女性のカルメン,医師でもある初老男性のカサレス先生,料理人の若い女性のコンチータ,そして,若い男性職員のハシントがいます。そして彼らの過去と現在の関係が次第に浮かび上がり,カルメン院長が昔所属していた組織を再興するための活動資金として隠し持っている金塊と,それを強奪しようとする連中の動きも次第に明らかになってきます。

 そして,この荒野の孤児院にもついに戦火が近づいてきて,皆で逃げ出そうとしたそのとき,金塊強奪を企てる男がその混乱に乗じて孤児院ごと吹き飛ばそうとします。子供たち数人とカサレス先生は何とか生き延びますが,まさにそれは強奪犯が狙っていた状況でした。絶体絶命になったそのとき・・・という内容です。


 とにかく,映像がいいです。庭に突き立つ不発弾の不気味な姿,孤児院の地下(?)にある濁った大きな貯水漕,調理室(?)にぶら下がっているたくさんのハサミ,そしてカサレス先生の部屋に並ぶ怪しげな酒を造っている容器など,いかにも不気味な雰囲気です。そしてそれに,まだまだ迷信深かったであろう1930年代のスペインの田舎の風習も重なってきます。

 カサレス先生が造っている酒は孤児院の運営資金になっていますが,なんと「人間の胎児」を漬け込んだものです。村ではそれが万病に効き,特にインポテンツに効果があると評判だとカサレス先生は説明しますが,それを説明する先生のちょっと悲しげな表情の意味が後ほど明らかになります(ちなみに,ネズミの胎児を漬け込んだ酒は中国にもあり,私もちょっとだけ飲んだことはあります)。そう言えばここで,映画のタイトルになった「悪魔の背骨」の意味が明らかになります(・・・というか,ここでしか登場しませんが)

 実は,亡霊はサンティの亡霊ともう一人登場します。この二人目(?)がすごくいいです。なるほど,あそこのシーンに立っていたのはこの人の亡霊だったのか。映画の冒頭と最後のシーンで,「亡霊とはいったい何だろうか?」というモノローグがありますが,最後にこの言葉は誰が話していたかが明らかになります。そしてこの人物が生前に語るあの言葉に繋がります。小道具のハンカチも効いています。

 ハイメたちのイジメにカルロスが毅然と立ち向かう姿と機転の効かせ方,イジメの相手をも守ろうとする男気がちょっといいです。強奪犯たちに閉じこめられ,そこで必死に反撃しようとその部屋にある物で武器を作ろうとする少年たちの姿は,まるで「15少年漂流記」の一場面を彷彿とさせます。そして,強奪犯への反撃のシーンと手製の槍を突き立てていく姿には,カタルシスを覚えます。


 この映画はスペイン内戦を背景にしていますが,当時の複雑な政治情勢などはほとんど説明されていません。孤児院のカルメン院長はおそらく共和党支持者でしょうが,彼女が政治的立場を表に出すのはほんの数カ所だけです。むしろ映画監督は,政治的背景,歴史的背景を極力描かないようにしてあるようです。歴史好きとしてはそのあたりはちょっと物足りない感じがしますが,むしろこれにより,庭の不発弾といい幽霊といい,一種のファンタジーのような雰囲気を作り出すのに成功しているような気がします。

 タイトルといいDVDジャケットといい,あからさまにホラー映画扱いされていますが,ホラーの要素は少なく,重厚でしっとりした味わいと後味の良い味わい深い作品です。レンタルショップの陳列棚で見つけたら,是非どうぞ。

(2009/02/10)

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