《アイ・アム・レジェンド》 ★★★★(2007年,アメリカ)


 リチャード・マシスンのSF小説『吸血鬼』を下敷きにして作られた映画で,この小説はこれまで数回映画化されているらしい。今回のウィル・スミスを主人公とした映画は確かに面白いし,なんといっても,廃墟と化し完全に無人となったニューヨークの風景が息を呑むほど素晴らしく美しい。もちろん,実写フィルムから人間と車をCGで消したのだろうが,不自然さを微塵も感じさせない見事さである。これには多くの人が圧倒されると思う。

 ちょっと説明不足の部分や,都合のよすぎる部分,強引な部分はあるが,同様の設定で作られている映画と比べると,かなりまともな方だと思う。未来に希望を持たせる終わり方も悪くないと思う。だが,大傑作と呼ぶには何かが欠けている。そのことについては後述する。


 舞台は2012年と超近未来のニューヨーク。

 その3年前の2009年(って,今年じゃん),ある科学者が画期的な癌治療法を考案した。はしかのウイルスを変異させて癌細胞を死滅させることに成功し,1万人での臨床実験で癌が全例で消えたのだった。

 しかし、そのウイルスは恐るべきスピードで世界中に広がるとともに致死性のものとなり(そのあたりの経過については映画ではほとんど説明されていないが),その年の内に全世界60億人のうちの90%が死亡したのだ。生き残った6億人のうち1800万人は免疫を獲得して生き延びたが,残りの5億8200万人は恐ろしい生き物「ダーク・シーカーズ」に変身し,ダーク・シーカーズは生き残った人間たちを襲い始め,食い殺していった。そのため,世界中の人類はほとんど死に絶えてしまった。

 そんなニューヨークでただ一人生き残ったのが科学者のネビルだった。彼は愛犬のサムと,ダーク・シーカーズ(皮膚が変化したため,光に極度に過敏になり,夜しか行動しない)の襲撃から逃れて何とか生き延びていたが,実は彼は自宅の地下にある研究室でその感染症のワクチンの研究をしていたのだ。そして世界のどこかで自分と同じように生き延びている人間がいることを信じて無線放送をするのが日課だった。

 そして,彼の放送を聞いて,男の子をつれた一人の女性が彼の元を訪れ,アメリカに1箇所だけ,生存者のコロニーがあると教えてくれる。そしてネビルはついにワクチン作成に成功するが,その時,ネビルの自宅を突き止めたダーク・シーカーズの群れが彼の家を取り囲み,襲ってきた・・・という映画である。


 まず,主演のウィル・スミスは文句なしにうまい。100分弱の映画で最初の60分はほとんど彼の一人芝居が続くが,世界に一人取り残された男の孤独と悲哀,そして,なんとしても自分がワクチンを作ってやるんだという強い義務感が画面から伝わってくる。特に,無人の街のレンタルビデオ店に行き,店内に置いたマネキン人形に語りかけながらビデオを借りるところなどは見ていて泣けてくる。そして,そんな彼に付き添う愛犬サムの姿がこれまたいい。

 一方,ダーク・シーカーズの姿かたちは,以前紹介した《ディセント》という作品に登場するモンスターに似ていて,「真っ白くヌメッとした皮膚を持つゾンビ」という感じ。運動能力も半端ではなく,こいつらが次々と襲ってくる場面はかなりの迫力である。

 そして最初に指摘したように,無人のニューヨークの姿がこれまたすごい。車が放置され,街灯が無残に折れ曲がり,草が生い茂り,鹿が繁殖し,その鹿をライオンが襲っているのだ。文章で説明するといかにも嘘っぽい映像しか浮かんでこないが,この映画では圧倒的なリアリティと迫真性を持って描きつくしている。人間が滅んだ後の都市はこのようにして自然に飲み込まれていくんじゃないだろうか。


 と,ここまでは絶賛するが,ここから先はちょっと辛口。

 この映画のような設定は,小説でなら比較的違和感なく受け入れられるのだが,映像となるとちょっと問題が生じてくる。例えば,無人になって3年たつニューヨークで一人の男が生き延びていた,というのはいいとしても,ネビルの自宅で電気が煌々とつき,水道を捻ると水が出るとシーンがそうだ。無人の街では発電所も水道もとまってしまうはずだし,無人で稼動しているは絶対におかしい。食料は無人の店舗から失敬してくるとしても,3年もたてば食える物はほとんど残っていないような気がするがどうだろうか。
 文章では水や電気のことをあえて書かないという手があるが,映像の場合はどうしても「見えてしまう」のである。もちろんこれは,この映画の欠点ではなく,同様の設定で作られた映画全てに言えることだが・・・。

 同様に,後半に登場する母と子供も,それまでこの二人はどうやって3年間生き延びてきたのか,全く説明されていない。ネビルは運動能力も戦闘能力も高いから生き延びられたと思うが,この親子ではまず無理だろう。

 さらにこの問題は,なぜこの親子を登場させたのかというところに結びついてしまう。もちろんこの親子は,ネビルが作ったワクチンを「生き延びた人たちのコロニー」に届けるという役目を持っているのだが,映画を見ている限り,親子として登場させる必然性はないのだ。子供はいてもいなくてもいい役柄だし,女性である必然性もない。後半にいきなり登場して,ワクチンを運ぶだけの役割をするだけなのだ。

 おまけに,ダーク・シーカーズの群れに囲まれたネビルをこの親子が助けるところも,どうやって助け出したのかよくわからない。というか,ろくに武器もない親子が,どうやってあの恐るべき運動能力を持って迫ってくるダーク・シーカーズの大群からネビルを救うのはまず無理だと思う。


 そして最大の難点は,物語の発端となっている癌撲滅ウイルスの部分だ。映画の中では,ウイルス感染者をニューヨークに封じ込めるために軍が出動して封鎖するシーンがある。しかし,ネビルの説明によるとそれで感染封じ込めは失敗し,世界中にウイルスが広まったらしいが,これは映画冒頭の「画期的癌治療薬の開発に成功した」という博士の説明と矛盾する。

 何しろこの博士は1万人を超える患者に投与して成功したといっているのだ。1万人で治験をしたとなれば,投与した患者もアメリカ全土にわたっているはずだ(ニューヨークだけで1万人のがん患者がいるわけないからね)。そしてこのウイルスが変異(?)するわけだが,そうなると,この最初に変異ウイルスを投与された1万人が最初の犠牲者になったはずで,ウイルス感染はアメリカ全土で発生したとしか考えられないのだ。つまり,そもそもの物語の発端である「感染拡大予防のためのニューヨークを封鎖」をする意味がないのだ。
 なぜ「1万人で臨床試験を行い」としたのだろうか? 「まずニューヨークの病院で3人の患者に投与し・・・」くらいにしておけば整合性が取れたのにと思う。ここらはちょっと詰めが甘かったと思う。

 それと,ダーク・シーカーズの描き方もちょっと変。彼らは単なるゾンビなのか,人間の形をしている単なる怪物・化け物なのか,人間の知性を残している怪物なのか,そのあたりがよくわからないのだ。というのは,映画の最初の方では「知性も何もない怪物」のような説明がしてあったと思うが,途中の「ネビル宙吊り」はどう考えてもダーク・シーカーズが仕掛けた罠なのである。また,ダーク・シーカーズのボスと思われる奴の指揮の下に整然とした行動を仕掛けてくるし,ネビルの自宅兼研究所を襲ってくるのも,彼が実験用に捕まえた仲間を救い出そうとしての行動のようにも解釈できるのだ。

 こういうのを見ていると,ネビルのような「人間の生き残り」さえいなければ,ダーク・シーカーズは普通の生物として集団生活できたのではないかという気がしてくる。そして,ダーク・シーカーズは生態系の中で「夜行性の肉食動物の一種」としてニッチを獲得できるはずだ。つまり,「人間の生き残り」さえいなければ,丸く収まったんじゃないだろうか。


 とまあ,しょうもないツッコミをしてしまったが,基本的には面白い映画だし,見て楽しむ分には何の不都合もないと思う。何より,あの無人の大都会ニューヨークの姿は圧倒的に美しい。

(2009/02/27)

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