ハリウッド製のコメディー映画というと,豪華絢爛だけど中身が全くなく薄っぺら,という先入観を持ってしまうが,この映画には唸ってしまった。よくぞこの難しいテーマでお笑い映画にしたものだ。そのテーマとは何か。なんと知的障害者なのである。しかも,知的障害者のオリンピック(スペシャル・オリンピック)に知的障害者のフリをして参加し,優勝して金儲けしよう,という罰当たりな内容なのである。まず普通だったら,この映画のテーマを読んだだけで引いてしまうはずだ。
もちろん,《フォレスト・ガンプ》や《レインマン》のように知的障害者を主人公にした映画はこれまでもあったが,それらは,知的障害はあっても無垢な美しい魂を持っているとか,知的障害はあっても特殊な能力を持っているとか,そういうスタンスで取り上げた作品がほとんどだったと思う。
しかし,この映画に登場するのは「普通の」知的障害者であり,どうみてもダウン症候群の患者さんとしか見えない人もかなり登場する。そういう人たちに混じって,主人公が知的障害者のフリをするのだから,一歩間違えると障害者差別になってしまうはずだ。極めてデリケートな問題であり,そういう映画を作るのは地雷源とわかって踏み入れるようなものだ。
そのようなタブーに敢えて挑戦した勇気もすごいが,出来上がった映画がこれまた素晴らしいのである。しかも,「タブーに挑戦」なんて肩に力が入った意識を感じさせず,普通に笑える映画になっていて,しかも,知的障害者への差別意識もなければ,変に持ち上げようとする意識もない。まさに,一歩間違うと千尋の谷底という尾根を,軽やかなステップで踊るように進んでいるような感じなのだ。実に見事なバランス感覚である。
ストーリーは罰当たりで不埒千万,不届き千万そのものである。
お人好しのスティーブは昇進と引き替えに掃除人を一人リストラしろと命令された。それを気の毒に思ったスティーブは彼を自宅の芝刈りの仕事で個人的に雇うことにしたが,彼は指3本を切断するという大ケガを負ってしまう。しかも保険に加入していないのだ。そのためスティーブが治療費を支払うことになったが,何しろ指3本の再接着であり,2万8千ドルという大金が必要になった。
金に困ったスティーブはギャンブル好きの叔父ゲイリーに相談するが,「知的障害者のフリをしてスペシャル・オリンピックに出場すれば知的障害者相手なんだから簡単に優勝できるだろう。そして6連勝中のチャンピオンが勝つか負けるかという賭にすれば大金が稼げるぞ」と持ちかけられ,それに乗ってしまう。
もともと俳優志望のスティーブは《フォレスト・ガンプ》などの映画で知的障害者の動作を覚え,スペシャル・オリンピックに申し込み,選手村に入るが,早々と,本物の知的障害者たちから障害者でないことを見抜かれてしまう。しかし,5種競技で6連勝中のチャンピオンはマスコミに取り上げられるヒーローだったが,天狗になっていて障害者たちの間では嫌われ者だった。あのチャンピオンを倒せるのはスティーブ,君しかいない,ということで障害者たちは一致団結。そしてスティーブの特訓が始まり・・・という作品。
スティーブと叔父さんは当初,知的障害者なんて簡単に真似ができるし,騙すのも簡単,まして普通に走ったり跳ねたりすれば簡単に勝てるだろう,って考えていたわけだ。要するに,障害者をバカにしていたわけだ。ところが,実際の練習をしてみるとそれが甘かったことを思い知らされるのである。選手たちは本物のアスリートだったからだ。そしてスティーブは彼らに対する偏見を捨て,仲間として付き合うようになる。
そしてまた,障害者たちも美化されて描かれることはない。こすっからい奴もいるし,好きな女性がいても思いを打ち明けられなくて困っている奴もいる。ここでも,持ち上げることはないが差別もしない,という姿勢が貫かれているのである。
兄が知的障害者だったことからスペシャル・オリンピックにボランティアとして参加している女性にスティーブが惹かれていく過程も自然だ。彼女はスティーブを知的障害者だと信じて彼に親切に接しているのだが,女性にもてたことがないスティーブが,障害者に化けたことでこんな美人に近づきになれる,というのも皮肉だ。普段のスティーブなら声すらかけてもらえないからだ。だから,スティーブは知的障害者のフリをし続けなければいけないし,健常者だと彼女にバレてしまったら彼女は自分から離れてしまう。しかし,彼女と本気でつき合うためには,自分が障害者でないことをどこかで明かさなければいけない。
こういう二人のラブロマンスも,「映画なんだから恋愛の要素も入れないとね」という無理矢理感は全くなく,極めて自然な感じで描かれる。だから,ラストシーンも,ああ,よかったな,と二人を温かく見守っている親戚の叔父さん,みたいな感じになってしまう。
そして,スペシャルオリンピック5種競技の決勝戦! あの6連勝中のチャンピオンとスティーブの一騎打ち・・・と思いきやそうならないのだ。あのチャンピオンの行動には笑ってしまうぞ。スティーブ,君が騙されてどうする!
というわけで,とんでもない傑作感動映画である。「障害者の映画なんてちょっと重いんじゃない?」と思わず,気軽に見て欲しい。そして,小難しいことなんて考えずに大笑いして欲しい。これはそういう映画なんだから。
(2009/04/28)