《人喰殺人鬼》★★★ (2004年,タイ)


 邦題はいかにも安っぽいB級スプラッター系ホラー映画を想像させるものだが,実はとても丁寧に作られた実録作品。病弱の青年が,貧しさと差別の中から心を病んでいき連続殺人鬼になってしまう課程を見事に描いた社会派映画であり,見終わった時,深い悲しみとやりきれない思いが残る。邦題でかなり損をしている作品ではないだろうか。

 この映画は第二次大戦直後のタイで実際に起こった連続幼児殺人事件を元にして作られたもので,犯人は1959年に死刑になったが,なんと犯人の遺体はその後ミイラ化されて保存され,現在もタイの博物館に展示されているそうだ。


 主人公はタイに来たばかりの中国青年リーフィ。母と二人で中国の寒村で暮らしていたが,貧困にあえいでいて,バンコクに住む遠縁の叔父を頼って来たのだった。最初,叔父は鶏肉業者を紹介してくれ,そこで働くことになり,鶏を殺しては毛を毟る毎日を送る。しかし当時のタイでは中国人への差別がひどかったらしく,親方の娘二人には手ひどいいたずらをされ,それを怒ると激しく殴られた。そして食事も粗末なものしか食べさせてもらえなかった。そしてリーフィは親方一家が不在の時をねらい,金を盗んで逃げてしまう。

 彼は別の土地に流れ,そこで肉体労働をするが,元々体力がなく,おまけに喘息という持病を持っていたことから仲間から嘲笑され,いじめの対象になる。彼に優しくしてくれたのは現場監督の幼い娘だけだった。しかし,戦争中の悪夢のフラッシュバックが起こり,その娘を絞め殺してしまう。娘の死体はすぐに見つかるが,病弱のリーフィは疑われなかった。

 激しい肉体労働ができないリーフィを見て,現場監督は農業をやったらどうかと提案し,リーフィはそれを受け入れる。今度は何とかうまくいきかける。しかし,もうすぐ収穫という時にその村を嵐が襲い,農作物は全滅してしまう。絶望する彼に喘息の発作が追い打ちをかける。

 発作の苦しさから逃れたいが薬が買えないリーフィが思い出したのは,幼い頃,母が作ってくれた薬のことだった。それはなんと人間の内臓を煮込んで作ったスープだった。そして彼は村の祭り会場で一人の幼女を誘拐して殺し,内臓を取り出して家に持ち帰り,スープを作って飲む。

 リーフィは中国に帰りたくなり,遠縁の知り合いを頼って金を借りようとするが,港で働けと言われるだけだった。そしてまた喘息発作が激しく起こり,彼はまた一人,また一人と幼女を誘拐しては殺害しては内臓を取り出しては薬にする。

 一方,新聞社の女性記者がこの事件を追っていた。彼女には妹が殺害された辛い過去があった。その過去の出来事が彼女を必死に駆り立て,ついに彼女は犯人の手がかりを掴み,リーフィという人物を割り出す。しかしその時,リーフィは幼い男の子を洞窟に追いつめていた・・・という内容だ。


 リーフィはなぜ内臓を喘息の薬としたのだろうか。それは彼が幼い頃,母親が自分に作ってくれたものだった。映画の中では,強盗の罪で処刑された男の死体に村人たちが群がり,内臓を取り出すシーンが描かれており,人間の内臓が実際に薬として使われていたことがわかる。また,ミイラは古くから漢方薬の材料として使われていたし,人間の死体や内臓を薬とするのは珍しいことではなかったようだ。そのような文化に育ったリーフィが喘息の苦しさから逃れるために幼い子供を殺してしまったのだ。彼は生き延びるために必死だったのだ。

 そして,タイ国内での中国人に対する差別意識も凄まじい。リーフィは人間として扱われていないのだ。そして,大人の差別意識は子供にしっかりと受け継がれ,行く先々で子供たちは執拗にリーフィを馬鹿にする(実際のリーフィには知的障害があったようだ)。それに追い打ちをかけるのが貧困だ。リーフィにはまともに暮らせる家はなく,喘息発作が起きても土の上にじかに横になってじっと耐えるしかない。

 女性記者は記事の中で「彼は殺人者なのだろうか,それとも被害者なのだろうか」と書くが,恐らくこの映画を見た人は同じような感慨を持つのではないだろうか。少なくとも,過酷な労働と中国人への激しい差別意識と貧困がなければリーフィは犯罪に手を染めることはなかったのではないだろうか。殺人者に対する怒りでなく,気弱で病弱な青年を犯罪者にしてしまう社会に対する憤りを感じてしまい,リーフィの不遇の人生に同情してしまうのだ。


 残虐シーンはあるが,それほどひどいものではないし,同種の映画に比べるとかなり押さえ気味という印象さえする。《人喰殺人鬼》というあざといタイトルでなく,もっとしっかりしたタイトルを付けてあげたくなる映画である。

(2009/05/08)

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