《イースタン・プロミス Eastern Promises》★★★★★ (2007年,イギリス)


 これはすごい映画だ。裏社会の男たちの世界を描き尽くした傑作であり,往年のフランス映画のフィルム・ノワールを彷彿とさせる作品である。一瞬たりとも目が離せない,そして先の読めない展開に酔いしれてしまった。やはりアメリカ映画の「男の世界」とはひと味もふた味も違うなぁと思う。

 とはいっても,しっかりとR-18であり,残虐シーン(例:冒頭の首を掻き切るシーン,そして死体の指をDIP関節からすべて切り落とすシーンなど)も半端ではないので,そういうのに弱い人にはかなり辛いと思うが,それを乗り越えられれば大きな感動が待っている映画だと断言しよう。

 清濁あわせ飲むような懐の深さを感じさせるいい映画である。


 舞台はロンドン,登場するのはこの街の犯罪を仕切っているロシアン・マフィアだ。話はある晩,一人のお腹の大きな少女が助けを求めて薬局に来るシーンから始まる。彼女はその場で出血し,救急車で病院に搬送されるが,彼女は死亡し,そして女児が生まれる。その出産に立ち会った一人の助産婦のアンナ(ナオミ・ワッツ)はその産まれた子供を彼女の両親に届けようとして,死亡した母親の手帳を手に取る。それは日記だったがアンナには読めないロシア語で書かれていた。

 彼女はロシア人の叔父夫婦と一緒に暮らしていたため,叔父に翻訳を依頼するが,その日記には彼女がロシアン・マフィアに 監禁され,レイプを受けて妊娠したことが書かれていた。しかも彼女はまだ14歳だった。叔父は「これはかなりヤバい内容だ。すぐに警察に渡そう」と言うが,彼女の遺族に赤ん坊の存在を知らせたい一心のアンナは,日記に書かれていたロシアレストランに赴き,オーナーに会う。しかし,彼はそんな女の子は知らないと言う。それもそのはず,オーナーは実はロシアン・マフィアのボス,セミオン(アーミン・ミューラー・スタール)だったのだ。

 セミオンは一人息子のキリル(ヴァン・サン・ラッセル)の親友であり,組織への入会を希望していたニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)に「その日記を奪え」と命令し,ニコライにその日記を入手するが,アンナは手元にコピーを保存していた。

 セミオン二とって,その日記を翻訳したアンナの叔父は危険な存在だった。組織の犯罪が書かれていたからだ。そしてセミオンはニコライに叔父を殺すように命じ,殺したことを報告したニコライはロシアン・マフィアの組織に正式に迎えられる。ニコライは組織の階段を登り始める。

 しかし,実は彼は叔父を殺していなかった。それを知った(?)セミオンは,仲間にニコライを殺すように命じ,サウナにおびき出す。凄絶な死闘の末,ニコライは刺客2人を倒すが自身も重傷を負ってしまい,アンナの病院に搬送される。

 実は,14歳のロシア人少女が産んだ子供の父親はボスのセミオンだった。自分が赤ん坊の父親であることを知ったセミオンは,赤ん坊のDNA鑑定をすれば強姦罪で確実に有罪になってしまうと悟る。その危険を察知したセミオンは息子のキリルに赤ん坊を誘拐し,海に流して殺せと命令する・・・という映画である。


 まず何より,セミオン役のアーミン・ミューラー・スタールとニコライ役のヴィゴ・モーテンセンが凄い。スタールは画面に登場するだけで他を圧倒する存在感を見せつける。レストランで料理の盛り付けをしていたり,家族や同族たちとの気の置けない会合では好々爺然とした笑顔を見せているのに,その表情のままで無慈悲に殺人を命じるのである。その落差に凄みがある。

 一方のヴィゴもそれに負けじと渾身の演技を見せる。何より凄いのはサウナ風呂で二人の刺客相手の格闘シーンだ。何しろヴィゴは一糸まとわぬ全裸なのである。そして相手はどちらも服を着て手にはナイフを持っているのだ。ヴィゴの肌をナイフがかすめるたびにヴィゴの顔が苦痛に歪み,投げ飛ばされるたびに肉体が悲鳴を上げる。観客にヴィゴの痛みがヒシヒシと伝わってくるし,衣服を着ている刺客と全裸のヴィゴの対比が強烈だ。恐らく,これほど生に「痛み」が伝わってくる格闘シーンはこれまでなかったと思う。そしてまた,ヴィゴの肉体がこれまた見事に鍛え上げられていて,この格闘シーンをよりリアルな物にしている。

 アンナを演じるナオミ・ワッツは相変わらず美しいし,セミオンの不肖の息子,キリルを演じるラッセルも素晴らしかった。特に,父親の命令で赤ん坊を誘拐したが,その子の笑顔を見て海に沈められなくなるシーンの演技は感動的だ。

 ラストシーンは,誰もいないレストランの椅子にニコライが座っている様子で終わり,何が起きたのかは明示されないまま終わる。「最後にどうなったのか,その判断は観客に委ねたい」という監督の意図を感じるが,恐らく見た人には十分に「描かれない事件の結末」は十分に伝わってくる。実に見事なラストシーンだと思う。


 これぞまさしく,大人のための骨太な映画だ。この,渋くて苦みばしった味わいは酸いも甘いも噛み分けた大人にこそふさわしい。

(2009/06/17)

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