《ジャンパー》★★★ (2008年,アメリカ)


 私はSF映画はあまり得意じゃないのであまり見ていませんが,これは瞬間移動(テレポーテーション)能力のある「ジャンパー」をテーマにした作品です。テレポーテーションといえば,タイムスリップと並んでSFの大ワザの一つです。これまでタイムスリップ物映画は結構見ていますが,テレポーテーションを扱った映画は初めてなので,もしかしたら珍しいんじゃないでしょうか。

 タイムスリップ能力とテレポーテーション能力,どちらか一つが授かるとしたらどちらがいいでしょうか。タイムスリップできたら,とりあえず暴騰しそうな株がわかったら買っておくとか,競馬の大穴を買うなどのほか,歴史の謎を解明するとか,生命誕生の現場を見るという真面目で学術的な目的に使えます。
 一方,テレポーテーションは判りやすく言えば「どこでもドア」ですから,銀行の金庫に忍び込むとか,世界中の観光地を巡るとか,あるいは○○に侵入するとか(○○っていえばアレとかアレとかだよね),そういう目的に使えそうです・・・というか,それ以外の使い道が思い浮かびません。学術的な使い道を考えてみましたが,ただで海外の学会に参加できる(ただし参加費は別だけど),というあたりくらいでしょうか。

 では,どちらの方が面白い映画になるかといえば,本作品を見る限り圧倒的にタイムスリップ物のようです。だって,世界の観光地めぐりと銀行強盗以外にテレポーテーション能力の使い道がなさそうだからです。一方のタイムスリップ能力では,歴史上の大きな謎を解き明かすとか,過去の歴史を変えるとか,未来の世界からタイムスリップの邪魔が入るとか,いくらでも映画が作れそうです。これまで多くのタイムスリップ映画が作られてきたのに,テレポーテーション映画があまり作られてこなかったのも,そういうところに理由があるのかもしれません。


 ストーリーはシンプルです。

 主人公はデヴィッド(ヘイデン・クリステンセン)。5歳のときに母親が自分と父親の元から突然去ったという過去を持っています。そして高校生のときにある事故をきっかけにして自分にテレポーテーション能力があることを知ります。そして,その能力を駆使して銀行から大金を盗み出し,家を出て「パリで朝ご飯,エジプトのピラミッド頂上でコーヒー,ロンドンで女の子をナンパして,夜は・・・」と贅沢三昧の生活を送っています。そして,高校時代にちょっと付き合っていたミリー(レイチェル・ビルスン)の前に登場し,彼女を誘ってローマに行きます。

 ところが,そこでもう一人の「ジャンパー」に出会い,ローランド(サミュエル・L・ジャクソン)という男が率いる「パラディン」という謎の組織が彼ら「ジャンパー」を殲滅しようとしていることを知らされます。そして,ジャンパーとパラディンの追いつ追われつの必死の戦いが始まり,そしてミリーがパラディンに囚われ・・・という映画です。

 ちなみに 『ジャンパー 跳ぶ少年』(スティーヴン・グールド,早川書房刊)が原作とのことですが,私は読んでいません。


 多分,アイデア自体は悪くないと思うし,原作の小説は小説ならではの面白いものなのかもしれません。そして,テレポーテーションの様子の面白さはCGを駆使して十二分に描かれているといっていいでしょう。そして,世界各地の観光地をビュンビュン移動する様子は「どこでもドア」の素晴らしさを改めて思い起こさせ,「ドラえもんの道具で一番欲しいものアンケート」で常に上から何番目かにいるのも納得できます。

 しかし,それが映画としての面白さに直結していないのです。多分この映画は,まずテレポーテーション場面を描く目的で企画が始まり,テレポーテーション場面が完成してから後でストーリーをくっつけたんじゃないでしょうか。そうとしか思えないほど,ストーリーが杜撰です。最初から最後まで,追いかけっこをしているだけで,追いかけるシーンと格闘シーンをのぞくと,ほとんど観光案内映画みたいです。


 なぜかというと,主人公のデヴィッドの行動が行き当たりばったりで,なんにも考えていないアホだからです。まさに超能力の無駄遣い,欲望垂れ流し状態で,やっていることは頭の悪い中学生級です。しかも,これほどの事件に巻き込まれているというのに,人間的な成長,内面の変化がまるっきりありません。
 このあたりは,地球と人類の運命を変えるような出来事に毎回巻き込まれながら,全然進歩していない「のびた君・クレヨンしんちゃん」に似ています。のびたは小学生,しんちゃんは幼稚園児なので許せますが,デヴィッドは23歳です。23歳でこれじゃ救いようがありません。特に,ローマのコロッセウムにミリーと観光に行って忍び込むシーンは,アホ丸出しです。

 そのため,いまいちデヴィッド君に感情移入ができないし,主人公としての魅力もありません。逆に,もう一人のジャンパーの方が同じような年齢ながらもっと大人に見えるし,精神的な陰影も深く表現していて,遙かに魅力的なんですね。


 それより何よりダメなのが,ジャンパーとそれを追う者たちという世界観がまるで描かれていない点です。なぜジャンパーになったのかも不明なら,ジャンパーが世界にどのくらいいるのかも不明。さらに「大昔からジャンパーを見つけては殺していた」というパラディンがどういう組織なのかも全く描かれていません。わずか数人で世界中に散らばっているジャンパーを探しているらしいのですが,パラディンはジャンパー能力は持っていないようですから,ジャンパー相手にそれは無理だろうと,誰しも思うはずです。

 それと問題なのは,映画の作り手が「デヴィッドの犯罪」をどう考えているのかがわからない点です。デヴィッドは要するに,犯罪意識がまるっきりない銀行強盗であり,それ以外にも犯罪行為を重ねています。ジャンパーとしての能力に目覚めてしまったアホですからしょうがないと言えばしょうがないのですが,だからこそ,こういう「アホジャンパー」と殺して回るパラディンが必要になるんですよ。
 どうも映画の作り手は,「恋人を守ろうとする超能力デヴィッド」 vs 「悪の殺戮者パラディン」という図式を考えているようなんですが,どうみてもおかしいのはデヴィッドの方で,まともなのはパラディンです。何しろジャンパーは捕まえても拘束する手段がありませんから,見つけ次第殺すしかないからです。このあたりの作り手側のスタンスには違和感を感じます。

 それと,ストーリーが中途半端なまま終わった感じです。これで「ジャンパー vs パラディン」の闘争はおしまいでいいの? 多分,続編でも作らないと物語として完結しないような気がします。

 ちなみに,デヴィッド君の逃走先には東京もあり,ラーメン店の内部とどっかの地下鉄駅(丸の内線と銀座線と思われるマークがちらっと映る),そしてその駅前の風景が映し出されます。この駅,どっかで見たことがあるんだけど,どこだっけ?

(2009/07/17)

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