ジャン=クロード・ヴァン・ダム(JCVD)はベルギー出身のアクション俳優である。これまでに主役として登場した作品を列記すると《キックボクサー》(1989),《ブルージーン・コップ》(1990),《ライオンハート》(1991),《ダブル・インパクト》(19991),《ハード・ターゲット》(1993),《ストリートファイター》(1994),《タイムコップ》(1994),《マキシマム・リスク》(1996),《ダブルチーム》(1997),《ノック・オフ》(1998)あたりがある。ちなみに,シュワルツネッガー主演の《プレデター》(1987)のプレデターはヴァン・ダムが演じていたらしい。
そして,この作品名を見て,ああ,あの映画ね,とピンと来た人はかなりのアクション映画ファンだろうと思う。かくいう私は《ダブルチーム》しか見たことがないし,「NBAのロッドマンが出ていたアクション映画だっけ?」くらいしか覚えていない。要するに,作品としての印象が希薄なのだ。
アクションスタートしては空手を基にしたマーシャルアーツ系の格闘技を駆使した派手なアクションを得意とする俳優なのだが,シュワルツネッガーやスタローンやジャッキー・チェンの後塵を拝し,21世紀になってからはほとんど忘れられた過去の俳優となってしまった。いわば,ハリウッドから戦力外通告を受けたようなものである。
そんな彼でも生きていかなければいけない。48歳になり,肉体は既にアクションをこなすだけでもやっとなのに,彼に舞い込む仕事は依然として十年一日にごときワンパターンのアクション映画ばかりなのだ。おまけに私生活もトラブル続きときている。
そんなヴァン・ダムが現実に起きた事件に巻き込まれていく,という虚実入り混じった作品がこれだ。これまで,アクションはいいが俳優としての演技はちょっと,と言われてきたヴァン・ダムの,演技派俳優としての一面が垣間見られる面白い作品として仕上がっている。
ストーリーはこんな感じ。
映画はいきなり激しい息も付かせぬ迫力があり切れのあるアクションシーンの連続から始まる。さぁ,ここからクライマックス,というところで出演している俳優が小道具を壊してしまい,カットの声! すっかり息の上がった主演俳優が「俺はもう48歳なんだぜ。こんなアクションの連続を長回しで撮るのは無理だ。勘弁してくれ」と監督に文句をつける。それがヴァン・ダムだった。90年代にはハリウッド・アクション映画を風靡していたがすっかりその芸風は飽きられ,舞い込む仕事も少なくなっていった。一発逆転を狙った新作映画の主演の座も「チョンマゲを切ることに同意した」スティーヴン・セガールに奪われてしまった。妻には離婚され,娘には「パパが出た映画が放送された翌日,友達にからかわれるのはもう嫌なの」と嫌われている。48歳のアクション俳優の悲哀が痛々しい。
そんなヴァン・ダムでもベルギーに戻ればハリウッドスターであり誰一人知らぬものはない。久しぶりにベルギーに戻ったヴァン・ダムの携帯電話が鳴るが,それは弁護士からで「弁護費用支払いの小切手が不渡りになった。今日中に費用を支払わなければ裁判は続けられない」というものだった。クレジットカードも使用不能となっていたヴァン・ダムは近くの郵便局に駆け込む。金を引き出して送金するためだ。
しかしその郵便局には強盗一味が押し入っていて,まさにそこから逃げ出そうとしていた。それにヴァン・ダムが鉢合わせし彼は人質になるが,たまたま駆けつけた警官に窓越しに顔を見られたために犯人一味に見間違われてしまう。何しろ,町を歩いているだけで「ヴァン・ダムさんですね」と声をかけられる有名人なのだ。やがて警察が郵便局内に電話をかけてきて,「強盗一味の有名人」ヴァン・ダムを交渉役として指名する。
強盗のリーダーはヴァン・ダムを一味と思わせたまま,人質を使っての身代金交渉をせしめようと計画を変える。一味の中にヴァン・ダムのファンがいたことから,ヴァン・ダムはなんとか人質を開放するように説得するがうまく行かない。やはり,いくらアクション俳優といってもスクリーンの中だけでのスーパーマンであり,現実に銃を構え,話が通じないキ●ガイには通用しないのだ。そして次第に追い込まれていた犯人側はついに・・・という映画である。
盛りの過ぎたアクション俳優が巻き込まれる事件の主人公を,アクション俳優として戦力外通告を受けているヴァン・ダムが演じる,というのはアイデアとしては非常に面白い。通常ならここで,「中年になってしまったアクション俳優が得意の格闘技で犯人側を一人で倒し,ヒーローとして返り咲く」というストーリーがすぐに浮かぶ。《ロッキー》などの路線であり,新鮮味はないがスカッとした後味の作品が作れそうだ。
しかし,この映画はその路線はとらなかった。スクリーンの無敵の勇士とは無関係の,等身大の48歳の中年男として描いていくのだ。そして,アクションスタートして一世を風靡したがために,俳優として提示される役柄は依然としてアクションばかりという現実や,既に肉体の盛りを過ぎてしまっているのに監督の要求するアクションシーンを演じ続けなければいけないが,それしか生きる術がないという悲哀がスクリーン全体から迫ってくる。これは恐らく,ヴァン・ダムと同年代の人間なら誰でも感じている悲哀であろう。
そしてこの映画はヴァン・ダム主演なのにアクションシーンはごく短いものが数箇所あるだけなのだ。映画の一番の見所は,ラスト近く,ヴァン・ダムが(恐らく)自分自身の過去について語る8分にも及ぶモノローグのシーンだ。薬に溺れてしまう話や,自分より才能がある人間が認められない不合理さへの怒りなど,胸に迫ってくる部分である。実際のヴァン・ダムも一時期,コカインに溺れ,更生施設に入所していたことがあるというので,ここは恐らく彼は真実を語っているのだろうと思う。恐らくここで彼は,新たな「演技者としての可能性」にも挑戦しているのではないだろうか。
そしてこのモノローグのあと,映画は怒涛の結末に向かうが,それでもヴァン・ダムは得意のアクションを可能な限り封印し,この郵便局強盗事件が実際に起きた事件であるかのようなリアルさで締めくくっている。普通ならここで,「人質として銃を突きつけられて郵便局の外に出たヴァン・ダムだが,犯人の隙を見て銃を叩き落して回し蹴り一発で倒し・・・」となるのだろうし,そういうシーンも挿入されるが,実際の結末はそんなに格好よくないのである。この決着の付け方をどう思うかで,この映画の評価が左右されそうだが,わたしはこれでよかったと思っている。ついに英雄にならない(なれない)ヴァン・ダムもまたいいし,だからこそラストシーンが切なくていい。
唯一の問題点は,最初,「ヴァン・ダムが郵便局に入ってすぐに発砲があり,警察が彼を犯人と思ってしまう」というシーンがあり,そのあとで「実は郵便局内部ではこんな事件が起きていたのだ」と謎解きをするのだが,ほとんど同じシーンが「郵便局の外からと内から」2度繰り返されるために,ちょっと冗長なのだ。ここはもう少し切り詰めた方が全体が引き締まったと思う。
いずれにしても,「そういえば,昔こんな俳優いたよね。今,何をやっているんだろう?」という存在になりつつあるヴァン・ダムに改めて興味を持たせる作品だと思うし,あのモノローグの「演技」をもっと見たいと思う。死ぬまでアクション俳優にこだわって老醜を晒すのも人生なら,俳優としての新たな可能性を見つけて挑戦していくのも人生,新たな可能性に挑戦したのに全く芽が出ずに消えてしまうのもこれまた人生だ。
(2009/10/20)