映画好きとしては避けて通れない作品らしいので見ちゃいました。時々,この映画を紹介していいもんだろうかと本気で悩む作品がありますが,この《ボラット》はまさにそれです。一種の疑似ドキュメンタリー・コメディー映画なんですが,度を超えているというか,悪ふざけにしてもここまでやるかというか,ここまでやっちゃうと笑うに笑えないよというか,そういう作品なんですね。
とりあえず,「どんな映画でも,見たからには感想を書く」というのを基本スタンスにしているので感想を書きますが,普通の映画ファンは間違っても「面白そうな映画だな。見てみるかな」とは思わない方がいいです。地雷原みたいな映画なんで,近づかないのが何よりです。また,見るにしても他の人と見るのは絶対に避けた方がいいです。あまりに下品なギャグに,絶対に気まずい雰囲気になりますから・・・。
内容は簡単でストーリーはあってないようなものです。国営カザフスタン放送の記者のボラット(サシャ・バロン・コーエン)が世界最強の国,アメリカの文化を学ぶためにアメリカに派遣され,様々な人や団体にインタビューを敢行するんだけど,カザフスタンとアメリカのあまりの文化の違いに戸惑い,衝突を繰り返します。
そして,雑誌で見たパメラ(パメラ・アンダーソン)に一目惚れし,彼女逢いたさに仕事を忘れてニューヨークから彼女の住むというカリフォルニアに行こうとするんだけど,ますます騒動は広がり,ついにはカメラマンとも大喧嘩。怒ったカメラマンはパスポートを持ち逃げしちゃいます。果たしてボラットは無事にパメラに会えるのか,そして帰国できるのか・・・ってな映画でございます。
映画の冒頭,ボラットが自分の故郷のカザフスタンの村,自分の家族と隣人たちを紹介するんだけど,このシーンからすでに「この映画はヤバい」というヤバ臭が強烈に臭ってまいります。
何しろ,自分の妹を「カザフスタン娼婦コンテストで4位入賞」と紹介し,母親を「この村一番の長老・・・42歳だけど」,「カザフスタンでは馬の小便を飲んでます」・・・ってなあたりはまだ,「このギャグ,ちょいヤバくね」程度ですが,その次の「この村では一年に一度,ユダヤ人追い祭りが開催されます」って紹介があって,村人が巨大なユダヤ顔の被り物を追い回し,そのユダヤ人人形が産んだ「ユダヤ人の卵」を子どもたちがぐちゃぐちゃにしちゃうという映像はシャレになりません。うわあ,この映画をイスラエルで上映したら,イスラエルは絶対にカザフスタンに宣戦布告しちゃうぜ。
おまけにこの「ユダヤ人ネタ」はまだまだ続き,アメリカで途方に暮れたボラット一行を助けてくれる親切なユダヤ人夫婦も悪魔扱いで,夫婦が提供してくれた食事をこっそり吐き出したりします。それ以外でもユダヤ人とジプシーに対する強烈な差別意識満載の映像が満載です。
その他にも,ゲイに対する強烈な差別意識(例えば,映画の中で2度繰り返される「カザフスタン国歌」の歌詞はすごいよ。「世界で最高 カザフスタン それ以外の国の指導者は 全員ホモ野郎」・・・ってんだから)とか,「女の脳みそは男より小さくて動物並み」発言とか,「障害者は役に立たないので笑いものにするのがカザフスタン・ジョークです」発言とか,シャレにならないんですよ。
ところが,この映画はドキュメンタリーの皮を被った偽ドキュメンタリーなんですね。
まず,ボラットを演じているのはイギリスの人気コメディアンのサシャ・バロン・コーエンであり,コーエンの名前からわかるように彼はユダヤ人であり,情報によると「敬虔なユダヤ教徒」らしいです。要するに,ユダヤ教徒が映画の中で「このユダ公の豚ども!」って悪口雑言を吐き散らしていたんですね。
そして,国営カザフスタン放送制作,ってのも大嘘。作成したのはアメリカの映画会社で,しかも冒頭の「カザフスタンの村」はカザフスタンと縁もゆかりもないルーマニアの寒村で撮影したらしいです。ちなみに,この映画が公開された直後,カザフスタン政府は「ユダヤ人追い祭りなんてしていない! この映画は事実無根の国辱物だ」と激怒し,一時,国際問題に発展したそうです。そりゃ,当たり前だろうな。アメリカ映画の中に「日本の〇〇村では▲▲人追い祭りを毎年しています」と説明するシーン(▲▲にヤバそうな国の名前を入れてみてください)があったら,日本政府が絶対に怒るって。
あるいは,アメリカで最初に宿泊したホテルで部屋に案内するベルボーイと一緒に乗ったエレベータを宿泊する部屋と勘違いして荷を解こうとするシーンとか,水洗トイレの便器の水で顔を洗うシーンとか,いくらカザフスタンの田舎から出てきたとしても,絶対にありえないですよね。「カザフスタン人,便器の水で顔を洗ってしまいました。田舎者はおかしいですね〜」では済まないよなぁ。
シャレで済まないといえば,この映画の出演者の大多数もボラットの犠牲者だったのですからひどすぎます。この映画に出演している本物の俳優は数人に過ぎず,その他は素人というか,善意で出演した人らしいのです。彼らは映画の「真の趣旨」を知らされないまま「映画が公開されても訴えません」という契約書にサインしてしまい,本物のカザフスタンからのTVリポーターだと勘違いして,善意から映画に協力したらしいのですが,公開された映像のあまりのひどさに大半の出演者が映画プロデューサーを告訴したそうです。というか,告訴しない人の方がおかしいです。
特に悲惨だったのは,ボラットを本物のカザフスタンジャーナリストと勘違いしてテレビ出演させたテレビ・プロデューサーです。彼はなんと会社から解雇されたそうです。これをシャレや冗談で済ませようとしても無理ですよ。その他にも,ボラットを親切心からロデオ大会に招いた主催者がつい口からもしてしまう「あの発言」にしても,パスポートをなくしたボラットを助けてくれる大学生たちが酔っ払って叫ぶ「あの発言」にしても,すべて,彼を仲間だと思って向かい入れた末の失言(?)ですから,それを公開されちゃ,たまらないです。芸人をネタにした「ドッキリカメラ」は許されますが,この場合は素人を対象にした「ドッキリ」ですから悪質さの度合いが違います。よく,オフレコ発言が表に出て問題になることがありますが,この映画が仕掛けた罠はそれより明らかに悪質であり,この作品の善意から出演した人たちのその後の人生がメチャクチャにされていないことを祈るばかりです。
あと,下品さもハンパないです。「ウンチ,オシッコ,オナラ」ネタはアメリカ人大好きネタですから,アメリカの下品コメディ映画にはつきものですが,この映画は下品の限度を超えてます。中でも,パメラの写真を見ながらカメラマンのおっさん(単なるデブの中年おっさん)がベッドで全裸で「息子ちゃん」をシコシコしていて,それを見た風呂上りのボラットが激怒して取っ組み合いになるシーンがあるんだけど,そこから5分以上,全裸姿のオッサン二人のくんずほぐれつの醜い喧嘩シーンが続きます。どう見てもゲイさんたちの「あの行為」としか見えないシーンもあります。一応,チンチンはぼかしていますが(当たり前だって),今年見た映画の中でもっとも見たくなかったシーンでございます。しかも,ふたりともフルチン姿でホテルの廊下を疾走し,パーティー会場に乱入するんだからすごいです。いうまでもありませんが,パーティーの参加者は二人の乱入は知らされていませんし,皆さん,善意の協力者です。私がパーティーの主催者なら泣きます。
チンチンといえば,その前のシーンで「私の息子の写真です」とボラットが上品なおばさまに見せるシーンでは,「息子さんの息子さん」がぼかしなしではっきりと写っています。うわぁ,見たくねえ! ここはしっかりとぼかしを入れておいて欲しかったです。
というわけで,この映画は要するに,頭がガチガチのカザフスタンからやってきた田舎者の非常識発言に対し,普通のアメリカ人がどう反応するかという映画なんですが,わざと相手を怒らせるようなボラットの発言に対し,忍耐強く「それは間違っています」と対応するアメリカ人がかなり多いのが救いです。私なら絶対に怒りだしているような発言に対しても,一応は話を聞いてあげるんですね。特に,あのユダヤ人老夫婦の善良な笑顔と優しそうな態度とか,ゲイさんたちのフレンドリーさとか,見ず知らずの人間を助けようとする学生たちとか,ちょっと感動的です。この映画の一服の清涼剤と言えましょう。これを見ていると,アメリカ人っていい奴じゃん,って思っちゃいます。
まぁ,映画史上に残る怪作だとは思うので,そこら辺をしっかりフォローしておこうという奇特な方のみ御覧下さい。それ以外の人はスルーしていいと思うよ。
(2009/12/18)