《アブソロン》★★ (2002年,カナダ/イギリス)


 2002年公開というのが信じられないくらいダメダメな「設定だけSF映画」です。物語りとしての基本設定はそれなりにいいのに,それがまったく生かし切れていないというか,生かす気がないというか,そういうのが見てすぐに観客に伝わってくるショーモナイ映画になっちゃいました。


 ストーリーはこんな感じです。

 2002年,人類をNDSという恐ろしいウイルスが席巻した。それは空気感染し,しかも治療法もなく,感染後数日で死亡してしまうのだ。それに環境破壊も加わり,世界中で50億人が死亡した。生き残った人類が見つけた希望の星,それがユニファイ社が開発したアブソロンという薬だった。アブソロンは治療効果はないが,NDSの進行を食い止めることができるのだ。しかしそのためには常に一定時間ごとにアブソロンを投与する必要があり,人類はアブソロンなしには生きられなくなり,ユニファイ社は莫大な富を得,国家組織と結託して世界を支配していた。

 しかし,アブソロンの開発者レイナ博士が何者かによって殺されるという事件が起き,スコット刑事(クリストファー・ランバート)が事件を担当することとなり,事件の重大性に関心を持つWJD(世界司法省?)から派遣されたウォルター捜査官(ルー・ダイアモンド・フィリップス)が彼と接触し,捜査協力を申し出る。

 スコットはレイナ博士のオフィスを操作し,殺害される直前に隠したデータが暗号化されたディスクを発見し,ユニファイ社の女性研究員ウィテカー(ケリー・ブルック)にデータ解析を依頼し,同時に,レイナの研究助手ダニエルから「博士はNDSの治療薬の開発をしていた」と知らされる。しかしその時,研究室に2人が侵入し,ダニエルを射殺し,スコットの間で銃撃戦となる。からくもスコットは脱出するが,なぜか警察からレイナとダニエル殺害犯として指名手配され,WJDからも追われることになり,窮地に陥る。

 そんな彼を救ったのはウィテカーだった。彼女はダニエルがスコットに第1の治療薬を託したのだと説明する。研究室で出されたお茶が実は治療薬だったのだ。しかし,治療のためには第2の治療薬が必要で,その保管場所を記したのが例のディスクだった。そして,第2の治療薬を3日以内に服用しないと彼は死んでしまうのだ。

 スコットはWJDに執拗に追われるが,WJDを裏で操っているのはユニファイ社の社長マーチソン(ロン・パールマン)だった。そして,人類の未来をかけてのスコットとWJDの壮絶な戦いが幕を開ける・・・ってなお話でございます。


 という感じなんですが,全体に物悲しいくらいのチープ感たっぷりです。

 まず駄目なのは,背景となっている社会の状況がまるっきり描かれていないことです。NDSが発生したのは2002年でそれで50億人が死亡した,というのは分かりますが,この事件が起きたのはそれから何年後なのか不明です。画面の中の街の様子はまるっきり20世紀後半と同じで「未来っぽい」部分がまるでありませんから,せいぜい2010年とか2020年ころと思われます。

 50億人死んだということは世界の人口の8割がいなくなったわけなんですが,この映画を見る限り,人間は今と同じくらいいるようだし,ライフラインも正常で社会も正常に機能しています。つまりどう見ても,わずか20年の間に世界の人口は元に戻ってしまったようです。どんだけ繁殖力が強いんだよ,人間は! まずこの時点で,映画監督は「50億人死亡」の意味がわかっていなかったことがよくわかります。


 チープといえば,ウィテカーが使っているノートパソコンが初代のダイナブック,98ノートより分厚いのが笑いを誘います。何しろ,厚さ5センチくらいあるんですぜ。この辺りからも「未来っぽくない」感がヒシヒシと伝わってきます。

 チープといえば,最後の時限爆弾のシーンもひどかったなぁ。なんと,外に出ているリード線をニッパーで切っちゃうだけで止まるんだもの。一体いつの時代の時限爆弾だよ。そして,その前のシーンの爆弾をめぐってのスコットとウォルターの格闘シーンもひどかったな。スコットは銃を持っているのに撃とうとせずに銃で殴りかかるし,ウォルターもせっかく銃を持っているのにとどめを刺そうとしないし(その前まではスコットを殺してはいけない,という命令があったけど,あのシーンでは一緒に爆弾で吹っ飛ばそうとしているんだから,普通ならスコットを殺すと思いますよ),一体何を考えているんだか,まったくわかりません。


 そしてさらに悪いのは,NDSというウィルス疾患がいったいどういうものなのかが画像で示されないため,NDSの恐怖がまるっきり伝わってこない点です。確かにこの作品は「ウイルスパニック映画」ではないんだけど,NDSそのものについてもっと説明してくれないと困ります。

 この映画は「残り3日のうちに第2治療薬を発見する」というタイム・リミット型の闘争と追跡を描いたもので,映画の中でもご丁寧に「残り56時間」という感じで残り時間を表示してくれるのですが,なぜか映画を見ていると緊迫感ゼロです。第1治療薬のために次第に体調が悪くなっているはずなのに,スコット君はのんびりとシャワーを浴びたり,のんびりとエッチしたりします。睡眠も十分に取っています。あと3日で死んじゃうのに,全然焦っていません。


 さらに笑わせてくれるのが,ウォルター捜査官役のルー・ダイアモンド・フィリップスだ。フィリピン系のハーフだったかクォーターの俳優さんだったと思うが,この人の顔が映った途端に「ああ,こいつは悪い奴だ。チンピラやくざだ」ってわかっちゃうんだもの。しかも,のんびり行動するスコットをいつも逃がしちゃうし・・・。WJDとユニファイ社は余程人材不足と見えます。

 そういえば,一番最初にレイナ博士を殺したガスマスクで顔を隠した暗殺者って誰だったの? 途中で監視カメラの映像から「茶色の目でそのわきに黒いほくろがある」ことが明らかになり,スコットはある登場人物の目と同じだということに気がつくんだけど,こいつが本当に犯人だったかどうかは最後まで不明。レイナ殺しの犯人って誰だったのでしょうか?

 そういえば,最後に博士が発明した治療薬の正体と,そもそもアブソロンとは何なのかという謎ときがあるんだけど,これってNDSの説明と思いっきり矛盾してますよね。最後の種明かしが正しいとしたら,そもそもNDSで50億人が死んだのはなぜ,という問題にぶつかってしまいます。たぶん,脚本を書いた人はそのあたりを全然考えていなかったんでしょう。もちろん,「治療薬として投与された薬が実は○○だった」というのはよくある話なんだけど,この説明じゃ駄目ですよ。


 というわけで,思いっきり時間と金をドブに捨てたい人にだけオススメする駄目映画でございました。

(2009/12/29)

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