《ウォンテッド》★★★★ (2008年,アメリカ)


 アメリカのグラフィックノベル(Wikipediaによると「長く複雑なストーリーを備えた、しばしば大人の読者が対象とされる、厚い形式のアメリカン・コミック」のこと。/ちなみにアメリカでコミックといえば通常はお子様向けのものを指します)を基に作られた映画で,全編に「マトリックス」ばりの凝ったスローモーションが多用され,格闘シーンやカーチェイス場面も迫力満点,という作品である。しかも,ジェームズ・マカヴォイという実力派若手俳優を中心に,アンジェリーナ・ジョリーとモーガン・フリーマンという2大大御所が脇を固めるという豪華布陣で,総制作費6500万ドル(・・・ってことは65億円!)という豪華作品です。

 暴力的シーンがちょっと半端でないためR指定になっていますが,細かいところを気にしなければ100分間,十分に楽しめるはずです。ただ,基本的な設定のところでちょっと無理があるので,緻密さはないですけど・・・。そういう意味で,ハリウッドによくあるタイプの娯楽作品ですね。

 ちなみに,この作品のように「なんの取柄もない普通の人間だと思っていたら,実は超能力の持ち主で・・・」という映画は以前からありましたが,ここ数年,次々と作られていますよね。これも「時代の何か」の反映なのかな?


 ストーリーはこんな感じ。

 一人の男が高層ビルのオフィスにいつものように出勤しますが,向かいのビルの屋上にスナイパーがいて彼を狙い,彼の放った銃弾は彼の秘書の額を撃ち抜きます。秘書を殺された男は廊下を逃げたかと思ったら,いきなり振り返り,廊下を猛ダッシュ! そして窓を突き破って向かいのビル屋上目掛けて大ジャンプ! そして空中で3人を撃ち殺し,無事に屋上に着地し,助かった,と思ったその時,彼の頭を銃弾が撃ち抜きます。

 一方,シーンは変わり会社で顧客管理の仕事をする若者ウェスリー(ジェームズ・マカヴォイ)登場。トロくてやる気もない男で,上司のメタボおばさんからは嫌味を言われ続けていて,同僚たちからも軽く見られています。おまけに一緒に暮らしている女性ともうまくいっていなくて,彼女はウェスリーの友人とエッチ三昧! ちなみにウェスリーの父親は彼が生まれて7日目に家族を捨てて家出しています。

 そんな彼の前に一人の女性(アンジェリーナ・ジョリー)が登場したかとおもうと,いきなりスーパーの店内で銃を取り出して自分たちに銃口を向けている男に発射し,銃撃戦になります。逃げる男を追ってカーチェイスになり,激しい銃撃戦が続きますが男に逃げられます。呆然とするウェスリーを連れて女性はある縫製工場に連れていき,スローン(モーガン・フリーマン)と名乗る男は,自分たちは1000年前から存在する暗殺集団「フラタニティ」だと明かします。なんとウェスリーを捨てた父親はその組織の一員で優秀な暗殺者だったが,数日前,ビルの屋上で組織の裏切り者であるクロスという男に殺されたと告げられます(映画冒頭で殺されたのはこの父親だったわけね)。そして,クロスはその息子であるウェスリーも狙っていると教えられます。

 ヘタレのウェスリーは最初,「それは人違いだ!」と泣きべそ状態ですが,極限状態に置かれたその時,彼の眠っていた能力は目覚めます。そして父の敵であるクロスを倒すために殺人マシンとなるべく過酷な特訓が始まり,父から受け継いだ恐るべき能力を発揮し始め,彼は能無しと文句を嘲られ,尻軽彼女との怠惰な生活から抜けだします。

 ウェスリーはさまざまな殺人技術を学んでいきますが,一方でクロスからフラタニティへの攻撃は続き,仲間たちは犠牲になっていきます。そして,クロスの手がかりをつかんだウェスリーは自分自身を囮に使ってクロスをおびき出し,返り討ちにするという計画を立て,ヨーロッパのフラタニティの発祥に向かいます。そしてクロスとの死闘が始まりますが,そこでクロスから驚きの真相が告げられ・・・という映画です。


 もともとがコミックだったこともあり,「そんなのありえねぇ!」というシーンが連続します。冒頭の「隣のビルに大ジャンプ」なんてのは序の口で,「銃弾を曲げて撃つ技」はあるし(どうやら念力みたいな能力を発揮して曲げちゃうみたい),銃弾は空中で正面衝突するし,銃弾をナイフで叩き落したり(おまえは斬鉄剣か?),なんでもありです。しかも,どんなに重傷を負ってもパラフィン浴槽みたいなのに入れば傷はすぐに治っちゃうし,動体視力を鍛えれば高速で動く機織り機の部品も掴めるようになります。オイオイ,マンガかよ,って言いたくなるようなノリなんですが,原作はマンガでしたね。でも,ここまで面白く見せてくれたんですから,許しちゃいましょう。

 主要登場人物の3人,それぞれ魅力的です。アンジェリーナ・ジョリーのアクションシーンはどれも迫力があり,特に最初の方の「ボンネットに仰向けになり,足でハンドルを操作しながら後ろの敵を撃つ」というシーンはかなりのもんです。背中と両腕に刺青があり,多分何かの過去があったのかなと思わせるように意味ありげなんですが,実は彼女の過去とは無関係でした。それなら,刺青のない綺麗な背中を見せて欲しかった,という気もしてきます。また,モーガン・フリーマンは珍しく(?)悪役でしたが,名優というのは悪役をやってもうまいことがよくわかります。存在感抜群,ってやつですね。

 そしてなにより,ウェスリー役のマカヴォイがよろしいです。最初の方のヘタレ青年の頃はどう見ても頼りないひ弱青年で,終始おどおどしていて,口癖が「すみません」という役なんですが,本当に役者オーラが全く出ていません。それが,フラタニティに加わり,過酷な訓練を経て,眼光鋭い暗殺者に進化し,画面に登場するだけでオーラ出まくりです。まさにこのあたりは,一種の成長物語といった感じで,見事に演じています。


 とまぁ,ここまではいいのですが,不満点も幾つかあります。

 まず,フラタニティという組織についての説明が不足しすぎ。どうやら,1000年前に機織り業者があるきっかけで暗殺集団になったらしく,映画の中では

「織物の縦糸に間違っている部分(通常なら横糸の下を通っていなければいけないのに,横糸の上をまたいでいる)があるのに気がついた職人が,それが一種の暗号であることに気がつき,解読して言ったら人名になった。それが神から命じられた暗殺リストだった」
という風に説明されているんですよ。実際に映画の中では,「間違っている部分を1,そうでないところを0」として2進法コードに変換し,そこからアルファベットを解読するんだけど,これだけだと,なぜ織り目の間違いが神からの暗殺指令だとわかったのか,なぜその織物だけに着目したのかが全然わかりません。何より,機織り職人さんたちがいきなり暗殺者集団として目覚め秘密結社を作るというのも,無茶苦茶といえば無茶な展開だしなぁ・・・。

 おまけに,百歩譲ってそれが神からの命令だとしても,同姓同名の人間なんていくらでもいるじゃないですか。それとも,名前を聞くと「ああ,あいつね」というごく狭い範囲だけの暗殺指令なの? 少なくとも暗殺組織として1000年にわたって受け継がれてきた職業(?)集団なんですから,もうちょっと明確に指令してくれないと困っちゃうんじゃないでしょうか。

 おまけにこの「織物」,フラタニティ全員の名前まで暗殺リスト入りさせているんだと。それじゃ,組織として1000年間存続してきたのは無理ではないかと・・・。途中でフラタニティは絶滅しているんじゃないかと・・・。


 フォックス(アンジー)は自分の辛い過去から,「一人の暗殺を躊躇ったために,その後もっと多くの人が殺された。だから,殺害を躊躇してはいけない。一人を殺して1000人を救うのよ」とウェスリーに説明します。もっともな説明なんですが,その後の「ウェスリー vs クロス」の戦いの場が矛盾しちゃいませんか。何しろこの場面,クロス一人を倒すために満員の特急電車を崖を渡る鉄橋のところで脱線・落下させるんですぜ。しかもそれでもクロスはまだ死んでいませんから,まさにこの場面は「1人を殺すために1000人を殺す」です。そうそう,初っ端のカーチェイスにしても,あれだけ派手にやったらどれほど死人が出ているんだか・・・。
 アンジー,言ってることとやってること,違いすぎます。


 という部分はありますが,基本的にはスカッとしたアクション映画ですし,何より映像的に斬新でフレッシュです。多少の暴力シーン・凄惨なシーンがあっても大丈夫,という人にだけオススメとしておきましょう。

(2010/01/01)

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