《バンク・ジョブ》★★★★ (2008年,イギリス)


 イギリスで1971年に実際に起きた銀行強奪事件をもとに作られたクライム・ムービーだが,これがすごく面白いのだ。派手さはないが,銀行の貸し金庫にあった大悪党どもの秘密を手にしてしまった小悪党が頭脳戦を仕掛け、大悪党どもを互いに潰し合いさせようと仕掛ける一世一代の渾身の罠は息をのむほどスリリングで見事だ。後述するようにこの解決方法は、四面楚歌、八方塞がりの状況の中で唯一の正解であろう。

 この映画の元となった事件について説明すると,1971年にロンドンのベイカー街にあった銀行で,地下トンネルから貸し金庫の床に穴を開け,貸し金庫の中身がごっそりと奪われるという大事件が起きた。新聞は連日,その事件を報道したが,なぜか数日後,事件の報道はパッタリと途絶えてしまい、いつの間にか迷宮入りとなってしまう。実はこの時、イギリス史上,数回しか発令されたことがないと言われているD通告(国防機密報道禁止命令)が出され,鉄壁の報道規制が敷かれたのだ。なぜD通告が発令されたのか。それは,犯人たちが盗み出した貸し金庫の中身がイギリス王国とイギリス政界などを揺るがす大スキャンダルに発展しかねない証拠の品々だったからだ。

 現在も公にされていないこの事件について,当時の関係者から綿密な聞き取りを行って再現したのがこの映画であるが「9割以上は真実」と言われている。


 映画は,南国の海でトップレスで男たちと戯れる若い女性の姿で始まり,3人はベッドで痴態を繰り広げるが,それを隠し撮りする男がいる。隠し撮りされたベッドの女性はなんとイギリス王室の若き王女マーガレットだった。そしてそのフィルムは一人の黒人活動家マイケル・Xの手に渡る。彼は黒人活動家という表の顔を持っていたが実は麻薬密輸が本業であり,王女のセックス写真を持っているために警察も裁判所も手が出せず,逮捕されても常に無罪だった。

 そして,地下の秘密セックスクラブに出入する男たちと彼らをもてなす女主人がいる。彼女も自分の身を守るために顧客である国会議員や貴族たちのあられもない姿を隠し撮りしていた。
 同様に、警官に賄賂を渡しているマフィアもまた,いつ,誰に,どのくらい金を渡したかを克明に帳簿に記録していた。
 彼らは皆,その秘密の写真や帳簿をロイズ銀行の頑丈な地下貸し金庫に預けていた。そこがもっとも安全な秘密の保管場所だったからだ。

 一方,ロンドンの一角で中古車点を経営するテリー・レザー(ジェイソン・ステイサム)は経営がうまくいかず,借金の取り立てに怯える冴えない中年男だ。そんなある日,幼なじみで過去に付き合ったことがある女性,マルティーヌから銀行強盗の計画を持ちかけられる。彼女が現在付き合っている男がふとしたことから,ロイズ銀行の防犯装置の交換のために警報装置が解除されたままになっていると漏らしたのだ。これを狙わない手はない。マルティーヌはテリーをけしかかる。

 若い頃はつまらない犯罪に手を染めたこともあるテリーだったが,いまでは妻と二人の娘を愛する良き家庭人だ。しかし,会社の経営はうまくいかず、借金取りの取り立ては日々厳しくなっていく。その生活から抜け出すためにマルティーヌの話に乗ることを決め,仲間たちを集め,着々と準備を整えていく。銀行から2軒離れた空き店舗を借り,そこから穴を掘って地下から金庫に侵入しようという計画だ。

 ところが,見張り役の仲間との連絡に使っていたトランシーバーの会話をアマチュア無線家が傍受してしまう。彼はそれをロンドン警察に通報するが,そのトランシーバーがどこで使われているかが分からない。必死の捜査が続く中,テリーたちの掘った穴は見事に地下金庫の床をぶちぬき,彼らは300万ポンドを超える現金と宝石を手に入れる。新聞がこの事実をすっぱ抜き、事件は皆に知られることになる。そして,ロイズ銀行の貸し金庫の100番から400番までが空にされたことがわかるが、それは、決して人に知られてはいけない「秘密」も一緒に盗まれてしまったことを意味した。

 イギリス当局はやがて,盗まれたものの中に,国会議員や貴族がSMプレーにふける写真が含まれていたことを知り,D通告を発令しそれ以後マスコミ報道はパッタリと途絶える。だがその裏では,なんとしても秘密帳簿を取り戻したいマフィア,王女のセックス写真を入手したいイギリス諜報機関(MI-5,MI-6)とマイケル・X一味,そして銀行強盗を捕まえようとするロンドン警察の必死の捜索が始まっていた。

 そしてわずかな手がかりからテリーの仲間の一人がマフィアに捕まり,凄惨なリンチを受け,ついに口を割ってしまう。日々迫る包囲網にテリーはついに・・・という映画だ。


 この銀行襲撃に加わったのはテリーとマルティーヌを含め7人である。彼らはせいぜい小悪党程度であって「プロの銀行強盗」ではない寄せ集め集団だ。それが,幸運の連続(掘っていた穴の下にすでに500年前に掘られた穴があって・・・など)で大金を掴むが,そのためにプロの犯罪者たちに追われるという物語だ。うまく行き過ぎ,という感じの部分もあるが,「実際にあった事件の再現」とあるのだからそれを信じるしかないだろう。

 また,7人の性格もそれぞれ細かく描かれていて,非常に丁寧な作り方だと思うし,犯人たちとそれを追う者たちの心理も克明に描かれている。そして何より,冒頭から結末まで,だれることなく観客の興味を引き続けるように工夫された脚本が素晴らしい。場面転換のタイミングと各シーンの緩急の配分が見事なため,派手なカーチェイスも爆破シーンも格闘シーンもなくてもこんなに面白くてサスペンスフルないい映画が撮れるという良い見本である。


 それにしても,テリーが最後に編み出した解決法は見事だ。秘密帳簿をマフィアに持っていかなければ拉致された仲間が殺されるが,帳簿を渡したからそれで許してくれる相手ではないし、いずれ家族も割り出されて危害が及ぶはずだ。王女のセックス写真はイギリス諜報機関とマイケル・Xが追っていて,「どちらかに渡す or どちらにも渡さない or どちらにも渡す」という選択肢はなく、ましてマイケル・Xは人殺しを屁とも思っていない凶悪野郎だ。また,それらを解決できたとしても銀行強盗版であるという事実は消えないし,捕まったら死ぬまで刑務所暮らしとなり愛する家族はバラバラになる。まさに八方塞がりだ。

 そういう状況の中で,テリーはおそらく最善の一手であろう解決策を見つけ出す。映画を見終わって,もう一度状況を冷静に見直してみたが,どう考えてもこれしか方法はないだろうという見事な作戦なのだ。マフィアとマイケル・X一味という犯罪者集団からの脅威を取り除き,イギリス王室に恩を売って便宜を計ってもらい,なおかつロンドン警察にも貸しを作って犯罪の訴追から逃れてしまうのだ。

 この解決法での唯一の「犠牲者」は貸し金庫現金や宝石を盗まれた人だが,彼らにしても,それらは「表に出せない,隠しておきたい現金や宝石」であり,実際,映画のエンドロールによると,盗まれた人の中で「私が貸し金庫に入れていた現金は〇〇ポンドです」と申し出た人は100人もいなかったらしい。おそらく,申し出て税務署に財産を把握されるより,盗まれたままにしておいた方が得と判断したのだろうか。


 それにしても,この映画のジェイソン・ステイサムの格好よさったらない。ステイサムといえばリュック・ベッソンの《トランスポーター》シリーズなどのお馬鹿アクション映画にばかりでているアクションスターという印象が強かったが,この映画は全く違っている。おそらく,今まで彼が出演した映画の中で一番いいんじゃないだろうか。この作品ではアクションは極力封印し,家族に楽な暮らしをさせようと銀行強盗に加担していく冴えない中年男の役をしているが,これがなんとも渋いのである。最後の最後にちょっと格闘シーンがあるが,スーパーマンでない男が怒りを爆発させている感じがすごく自然なのである。そろそろステイサムもこういう渋めのシリアス路線でも十分にいけるという気がする。


 普通に考えれば,こういう「素人集団の重大犯罪実録映画」はコメディタッチで描かれることが多いと思うが,この映画はそういう路線はとらず,かといって重厚路線もとらない。全体の感じが非常に軽やかなのだ。最後の場面,あれで本当にいいのか,テリーの奥さんもこれで納得しているのか,という疑問もあると思うが,私はこういう軽い感じの映画が好きなんで,この結末でよしとしたい。

 一箇所,凄惨なリンチシーンがあり,床に倒れている男の額を銃で撃ち抜くシーンもあるため,そういうのに弱い人にはちょっと辛いかも知れないが(それでも,最近の凄惨系映画に比べたらおとなしいもんだが),それを割り引いても、あのテリーの解決法は一見の価値があると断言する。

(2010/01/02)

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