2008年6月にお亡くなりになられたスタン・ウィンストン監督の最後の作品がこれです。ウィンストンって誰かというと,《ターミネーター》や《エイリアン2》の特殊メイクを担当した人らしいです。どうやら,クリーチャーというかモンスターを作るのが心底好きだった人のようです。で,この映画を撮影している時は,よもやこの作品が自分の遺品となるとは考えてもいないわけで,頭の中はクリーチャーの造形で一杯で,その他のことはどうでもよかったようです。でも途中で,それじゃあんまりだよね,いい大人なんだし・・・ということにも気がつき,「愛こそ全て」「愛があるから詰まらない日常も光輝くのさ」というのをメインテーマに据えました。そうやって出来上がったのがこの遺作です。
そういうわけで必然の結果として,箸にも棒にも引っかからない,見るだけ時間の無駄,一体この映画って何なんだよ,というものになっちゃいました。いかにも重そうで深そうなテーマを盛り込もうにも,肝心のお皿が小さすぎて乗り切らずに,中身は全てはこぼれ落ちて何も残っていません・・・という感じでございます。料理を盛りつける前に皿の大きさを確認しておこうね,という新しい諺ができちゃいました。ま,ショウモナイ映画ってのは大体こんなもんですけどね。
ストーリーはこんな感じ。
イアン・ストーンは大学のアイスホッケーチームの花形選手で,恋人ジェニーもいて順風満帆な生活を送っています。ところがある試合で,終了直前に彼の放ったシュートがゴールに突き刺さるその寸前,試合終了のホイッスルが響き,試合に負けます。しかし,会場の時計は試合終了2秒前で停止していて,イアンは審判に抗議しますが受け入れられません。帰宅の途についたイアンは雨の道路で死体のようなものを見つけ,助けられるかと思って近寄りますが,いきなりそれが動き出して襲いかかってきて,彼は殺されます。
そこで彼は目が覚めます。そこはごくありふれたオフィスで彼はサラリーマンをしていて,ジェニーは同僚ですが恋人ではないようです。普通に仕事を終えて帰宅し,翌日またいつものように会社に向かいますが,その途中で見知らぬ初老の男に呼び止められ,男は「イアン,君は狙われている。逃げるんだ」と言います。そしてその時,初老の男は何者かに襲われ,そしてモンスターが襲ってきて彼も殺されます。
そこでまた彼は目が覚めます。今度はタクシー運転手をしていて,お客のジェニーを乗せています。ジェニーを自宅に送り届けた帰り道,またも「奴ら」が・・・という映画です。
えーと,このあらすじを読んだだけでは「何がなんだかわからない紹介文だよ。もっとわかるように説明して」と思われるでしょうが,実はこの通りにストーリーは展開するのです。
映画の最初の方では「多次元タイムスリップSF映画かな?」という感じなのですが,その時すでに「腕の先が蟹のハサミの片方になっている何か」の姿が見えてますから「何,こいつ?」という感じになり,次第に「これってもしかしたらモンスター映画になっちゃうんじゃないの」という不安が募ってきます。観客が呆気にとられている間にもストーリーはどんどん進み,後半のイアン君はホラー映画のようなメイクで登場! もう,訳が分かりません。監督の暴走を誰も止められません。
何より悪いのは,この映画の世界の基本ルールが何一つわからないことです。イアンを襲ってくる「蟹ハサミ片方だけ」の連中が何なのかは何となくわかるし,それと人間との関係も何となくわかります。そして,この連中がイアンを裏切り者としてつけねらう理由も理解できます。わからないのは,なぜイアンを毎回殺さなければいけないのかです。例の蟹ハサミで刺し殺せるのですから,何もこんなに手の込んだことをしなくてもいいはずです。また,ジェニーがイアンの希望の星というのなら,さっさとジェニーを殺しちゃえばいいだけのことで,そんなの簡単だろうと思うのです。要するに,この連中の「目的」と「手段」の関連性というか,「その目的のためになぜこの手段を選ぶ?」という疑問ばかり浮かびます。
「死ぬたびに新たな場所で新たな人生が始まり,それを繰り返す」という設定は映画や小説では珍しくありませんが,それらの作品では「死んだのに新たな人生が開始したら人間はどうなるのか」という思考実験とか,「もしも生き返って新しい人生を送れたら,あなたはどんな人生を望むのか」といった哲学的問いかけを投げかけてくるのが普通ですし,それがあるからこそこんな非現実的な映画を作る意味があるわけです。
ところがこの作品では,イアンは殺されて別の生活を送るだけで,前の人生で何かを得て成長するわけでもありません。中身が変わらず,衣装と職業だけを取り替えただけです。
おまけに最悪なのは,「あの連中」に対して次第に弱くなっていく点にあります。最後は捕まって,身動きできないように拘束され,その状態が延々と続きます。ここから先,ストーリーはさらに一段と単調になります。手も足も出せないこんな弱っちいヘタレ君をいじってどうするつもりなんだ,と文句を言いたくなります。最後の最後に,イアンの手も「蟹ハサミ片方だけ」になってボスキャラを倒しますが,とってつけたような終わらせ方です。
といわけで,DVDジャケットを見るとタイムスリップ型SF映画のように見えますが,これに騙されないでくださいね。実体は「訳わからん」系のクズ映画です。
(2010/02/)