《ピエロの赤い鼻》★★★★★ (2003年,フランス/ルクセンブルグ)


 第二次大戦中のフランスの片田舎で実際に起きた事件をもとに作られた,人間の勇気と誇りと尊厳を軽快なタッチで描きつくす感動作。


 舞台は1960年頃のフランス。学校の教師であるジャック(ジャック・ヴイユレ)は毎週日曜日のお祭りのたびにピエロとして舞台に上がっていた。そんな父親の姿を14歳の息子リュシアンは疎ましく思っている。好き好んで笑いものになる父が嫌いなのだ。そんなリュシアンにジャックの古くからの親友のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)がそっと声をかけ,会場の外に連れ出し,「なんで君のお父さんがピエロをやっているか,知らないだろう。教えてやろう」と話しだす。それは1940年,フランスがドイツに占領されていた頃の物語だった。

 当時のフランスはナチス・ドイツに占領されていた。だが,まだ少し自由はあったためレジスタンス運動は散発的なものであり,教師のジャックと帽子工場を経営するアンドレにとってはレジスタンスは無関係な世界の出来事だった。そんな二人が酒場の花,ルイーズに恋をしてしまう。
 そんなある日,ラジオからレジスタンスを呼びかけるイギリスからの放送が流れる。それを聞いた二人は彼女に格好いいところを見せて歓心を得ようとし,鉄道の切り替え所の爆破をしようと計画する。二人にとってそれは「レジスタンスごっこ」のようなノリだったが,引くに引けなくなってしまい,本当に爆破してしまう。

 二人は爆破現場から逃げ出したが,翌日,ドイツ軍がやってきて村の男全員を連行し,その中から四人を選び出す。そして,本当の犯人が自首してこなければ翌朝,この四人を射殺すると告げた。そして四人の中にジャックとアンドレも選ばれてしまい,四人は深く掘った穴の中に突き落とされる。

 自分たちが犯人だと名乗り出れば二人は殺されるが二人は助けられる。名乗り出なければ四人とも射殺される。二人は穴の中で「実は俺たちが爆破したんだ」と真相を打ち明けるが,お前らにそんな大それたことができるわけがないだろうと,残りの二人は笑うばかりで本気にしない。
 しかし,時間は刻々と過ぎ,四人を空腹と喉の渇きが襲ってくる。そんな時,一人のドイツ兵が穴の中を覗き込み,おどけた仕草をする。俺たちを馬鹿にするのか,といきり立つ四人の前で不思議な行動に出た・・・という作品である。


 第二次大戦中のレジスタンス物というとどうしても重厚・長大な大作映画になってしまうが,この映画はすごく軽やかでユーモラスで程よく肩の力が抜けている。それなのに,戦争の不条理,戦争の野蛮さと暴力は観る者にひしひしと伝わってくる。全体が軽く明るいタッチで描かれているため,逆に暗い部分は容赦なく重く迫ってくる。

 そんな軽さと悲しみの象徴がピエロだ。泣いているようにも見えるピエロの顔は,深い悲しみがあっても笑って生活していくしかない人間の姿の象徴であろう。西原理恵子の『ぼくんち』のなかで,かのこ姉ちゃんが弟に「苦しくて悲しかったら,無理にでも笑え」と張り倒すシーンがあったと記憶しているが,ピエロの顔のメイクを見ていてなぜかこのシーンを思い出してしまった。


 ジャックとアンドレの行動はどうしようもなく短絡的で子どもじみたものだ。動機も不純なら計画もへったくれもなく軽率の極みである。鉄道施設(軍にとって鉄道と道路はもっとも重要なものだ)を爆破されてドイツ軍が黙っていないであろうことは大の大人ならわかっているはずだ。いずれドイツ軍が村をしらみ潰しに調べにやってくるはずだから,少なくとも自分が暮らしている村でこんな事件を起こすのは馬鹿である。

 そして案の定,ドイツ軍がやってきて,男たち全員を連行して四人を選び出し,犯人が自首しなければ身代わりとして四人を殺す,というジャックとアンドレには思いもよらない行動にドイツ軍は出る。それまで,ジャックとアンドレが考えていた「牧歌的レジスタンス運動」とはかけ離れた冷徹な「戦争の論理」が二人に突きつけられ,彼らは事態の深刻さを初めて思い知るのだ。

 もちろんこの二人の行動は浅はかの極みだが,実は戦争ってこういうものではないだろうかと思う。それまでの日常をいきなり断ち切るように戦争は襲いかかってくるが,その場に巻き込まれた人間にとっては「戦争前」と「戦争中」に明確な区別があるわけでなく,気がついたらいきなり生活の話が戦場と化してしまう。だから私は,この二人の行動はとても笑えない。「冗談が通じない」相手の筆頭格が軍人であり戦争なのだ。


 だからこそ,穴に落とされた四人の心を和ませようとするピエロの演技をする男の勇気,そして,四人を助けるために犯人として名乗り出て銃口の前に引きずり出される老人の勇気,そしてその夫の最後の意志を成就させるためにドイツ軍に「夫は犯人ではない。しかし,犯人だと言っている」と告発する妻の勇気に感動する。

 戦争とは一種の狂気だろう。狂気に最も邪魔なものは冷静な判断だ。そして,人間を冷静にするもの,それが「笑い」だ。笑いの脱力は狂気の維持の邪魔になる。だから,ピエロの仕草を見て笑うことで穴の四人は冷静さを取り戻すと同時に,ピエロの軍人はドイツ兵にとっては排除すべき異物となる。

 その他にもこの映画にはいろいろな忘れられない場面がある。穴の中の四人の会話もなかなかいいし,重傷を負った老鉄道員が妻に自分の決意を告げるシーンも目頭が熱くなる。また,最後に息子のリュシアンが眩しそうに父親を観る眼差しもいい。そして何より,戦争が終わってから老鉄道員の未亡人に会いに行った二人にこの女性が告げる言葉が深く感動的だ。人間の善意を信じている映画っていいな,と思う瞬間だ。


 もちろん,映画として穴がないわけではないし,もう少し掘り下げて欲しかった部分(例:人間としてのピエロを演ずるドイツ兵の人間描写とか)はあるが,欠点より美点がはるかに凌駕している作品だと思う。

(2010/03/02)

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