《チョコレート・ファイター》★★★★★(2009年,タイ)


 久しぶりに映画を見て泣きました。感動しました。まさか,アクション映画で泣かされるとは思ってもいませんでした。このタイ映画はすごいです。

 監督はこれまでも《マッハ!》や《トム・ヤム・クン!》などの傑作アクション映画を発表してきたピンゲーオです。彼は徹底して人間の肉体のすごさを追求していて,「ノーCG,ノー・ワイヤーアクション」を貫いています。この作品でも,主演の美少女,ジージャーを4年間の厳しい訓練で鍛え上げ,さらに撮影に2年を費やしてこの作品を作ったそうです。このあたりで既にそこらの安っぽいアクション映画を圧倒しています。

 何しろ4年ですよ,4年! その間,この映画のために修行をしたんですよ。しかも,ローティーンの女の子が全身生傷だらけになりながら特訓をしたんですよ。彼女の4年間を思うだけで私は感動してしまいます。

 最後のメイキング映像を見ていると,あの最終場面の落下シーンでは,スタントマンが怪我をして首を固定されて担架で運ばれていることがわかりますし,その他のシーンでも怪我は絶えなかった様子が伺えます。ジージャーちゃんもマジで涙目になっています。そこまでして,こういう映画を撮りたかったんだという監督の強い意志が伝わってきます。そのようにして作られた手抜きのない肉体のぶつかり合いの連続だけに,アクションシーンの完成度が半端でなく高いです。生まれて初めてブルース・リーの映画を見た時の感動が蘇ります。

 とにかく,まだ見ていない人はすぐにレンタルショップに走り,DVDを借りましょう。絶対に泣きます。


 ストーリーは単純明快。

 タイ・マフィア幹部を父とする娘が日本人ヤクザ(阿部寛)を愛してしまうが,父親に二人の間は裂かれてしまい,タイに残された彼女は子供を生み,ジージャーと名付ける。数年後,ジージャーが知的障害(おそらく自閉症)があることがわかるが,母親は彼女に惜しみない愛を与え懸命に育てていく。

 そんな彼女が二つの才能を開花させていく。目で見た人間の動きをそのままコピーできる能力,そして類まれな身体能力だった。そして彼女は,同時に左右から投げられたボールを瞬時に掴む芸で家計を助けていく。

 しかし,そんな母親を病魔が襲う。白血病だった。髪の毛の抜け落ちた母親の姿を見てジージャーは反狂乱になる。治療を続けるためには多額の費用が必要だった。

 そんなとき,ジージャーと兄弟同然に育ったいとこがジージャーの母親の荷物の中から借用書の束を見つける。だが,金を貸した相手はいずれもマフィアに関係のある相手で,とても一筋縄で返してくれる相手ではない。そして,母を救うためにジージャーは立ち上がり・・・という映画だ。


 とにかく,ジージャーの姿に涙,涙です。

 自分より遙かに大きい相手,武器を持った相手に怯むことなく立ち向かっていき,鍛え上げられた肉体が力を解放する様に胸が熱くなります。相手の不当な言いがかりや卑怯な策略に一歩も引かず,真正面から勝負を挑む様子に感動します。どんな不利な状況でも死中に活を求めて決して諦めない姿に勇気づけられます。また,武器を持った相手であっても素手で戦い,相手の武器を利用することはあっても自分から武器を持つことはしない,あるいは,武器を持つにしてもより原初的なものしか使わないという姿勢を貫いているのも感動的です。強い敵ほど正攻法で戦おうとする姿を見ていて,これが人間の矜持というものかと喝を入れられる思いです。

 そして,ジージャーの素敵なこと! 美少女は掃いて捨てるほどいますが,一本芯が通った凛とした美しさです。そして何より品(ひん)があります。もちろん,アクションのすごさは超人的ですが,演技も素晴らしいです。特に,知的障害の様子を怖いほどリアルに演じています。要するに,全ての点において「手抜き」がありません。

 「主人公は知的障害があるが,見た動きをコピーする能力がある」という設定もうまいです。格闘技のテレビゲームの動きそのままに相手を倒すシーンもすごいですが(・・・形容詞として「すごい」を連発していますが,これ以外に表現法がありません),途中で登場する変な動きをする敵の動きに戸惑いながらも,瞬時に相手の動きをコピーして相手の技で倒すシーンなんて最高です。

 そんな彼女が戦いが終わって子供みたいに泣くんですよ。このシーンもまた胸にグッときます。今までにないアクション映画のヒロイン像といえます。


 映画はほとんどがアクションシーン,格闘シーンです。感じとしては8割がたは格闘の連続だったような気がします。しかし,そのアクションシーンがそれぞれ工夫されていて,全く飽きさせません。あの氷工場での格闘シーンにしても食肉工場のシーンにしても,惜しげもなく次々とアイディアが披露されていきます。ジージャーにしかすり抜けられない細い隙間を利用する様子も,様々な備品を利用する様子も見事としか言いようがありません。アクション映画にはまだこれほど可能性が残されていたのかと感動します。

 これだけでもすごいのに,ラストの「地上4階の高さ,窓の下の20センチくらいの出っ張り」での死闘が延々と続くのです。これまで幾多のアクション映画を見てきましたが,これには驚かされました。しかも,ノーワイヤーなんですぜ。落ちたら絶対に骨盤骨折か頚椎損傷です。洒落にならないアクションの連続です。そんな危険なアクションをいたいけな美少女がこなしているのです。とにかく,このシーンだけでも一見の価値があります。このシーンの完成度の高さは尋常ならざるものです。


 日本人ヤクザ役の阿部寛が最高に格好いいです。「日本人なら日本刀だよね」というノリで日本刀を振りかざして恋人と自分の娘を救いに,戦いの場に乗り込むんだけど,その格好いいこと,格好いいこと。しかも華麗な剣劇ではなく,力で相手の体をぶった切るような力任せの斬り方で,往年の東映のヤクザ映画を彷彿とさせます。
 そして,そんな「父親」の日本刀の動きを見て瞬時に体得し,両手に刀の鞘を持って敵を倒していくジージャーがまた凄いです。

 ジージャーの母親役の女優さんも凛とした気品のある美しい人で,演技も素晴らしいです。特に,抗ガン剤の副作用で毛髪が抜け落ち,それを見たジージャーが反狂乱になるシーンで,ジージャーを必死に抱きしめて落ち着かせようとしている姿は胸に強く迫ってきます。短いシーンですが胸に残る名シーンでしょう。


 思い起こせば,《ドラゴン危機一発》が公開されたのが1971年でした。この映画に登場したブルース・リーの姿はまさに圧倒的でした。それと同時に,人間の体はここまで鍛え上げることができ,ここまで美しく,ここまでしなやかで,そして強いものなのだということを教えてくれたのはこの映画です。だから私たちはブルース・リーの新作映画を心待ちにしました。

 そして「カンフー映画」というジャンルが確立し,ジャッキー・チェン,ジェット・リーなどのスターが次々と生まれていき,ハリウッドにも進出するようになります。しかし,より激しくより華麗なアクションを追求していくうちに生身では応えられなくなり,ワイヤーアクションが考案され,CGが取り入れられていきます。もちろんそれは,観客側の要求でもあったのでしょうが,アクション映画から次第に「生身の肉体の躍動」は姿を消していきました。

 そんななかで,2003年公開の《マッハ!》は衝撃的でした。「ノーワイヤー,ノーCG」を掲げて作られたこの映画の主演の動きに私たちは息をのみ,圧倒されました。オリンピックの選手の演技やピアニストの指の動きと同様,人間は人間に対して感動するのです。CGで作られた動きは所詮,生身の人間の動きが生み出す感動にはかなわないのです。それがこの《マッハ!》でした。


 そしてこのジージャー主演映画は,人間は人間に感動するのだ,人間を感動させるのは人間だ・・・ということを改めて教えてくれます。

(2010/05/07)

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