新しい創傷治療:ブラックバード・フォース

《ブラックバード・フォース "Radio West"★★(2003年,イタリア)


 内戦終結後のコソボで国際安全保障部隊(KFOR)として参加したイタリア人兵士の様子を描いた映画なんですが,「なんだよこれ」感が強いというか,一体この映画は何なのかがわかりません。アクション映画でもないしサスペンス映画でもないしホラー映画でもないし,まして戦場を舞台にしたヒューマンドラマでもありません。というか,どのジャンルに入る映画なのかもさっぱりわかりません。

 それ以上にわからないのは,この映画の監督は何を訴えたくてこの映画を作ったのか,何のためにこの映画を作ったのかです。「あとは見る人の判断に任せましょう」という映画の作り方もあるだろうけど,それならもうちょっと考える手がかりというか判断の手がかりを提示してくれないと困るんだよね。


 映画はこんな感じ。

 1999年にコソボ紛争は終結したが,血で血を洗う抗争を続けてきたアルバニア人とセルビア人の間には対立感情とお互いに対する恐怖感と憎しみは消えておらず,そこかしこに対立の火種があった。そういう両者の衝突を避けるためにKFORは活動していたが,彼らは絶え間ない緊張状態におかれ,精神を病むものもいた。そんな彼らにとって,ラジオから流れる "Radio West" の陽気な番組は慰めの一つだった。

 そんなイタリア兵士の部隊に移動命令が下るが,移動の途中,急遽ルートを変更するようにという指令が本部から入る。彼らは地図で迂回路を探して進むが,地図に載っていない鄙びた村に到着してしまう。地図が古く,役に立たないのだ。村人たちに話を聞くと,どうやらそこはアルバニア人の村らしい。

 何とか道を聞きだして出発しようとした時,一人の若い女性が車列の前に飛び出してきて,イタリア人兵士たちに「私を連れ出して! ここにいたらアルバニア人に殺される」と必死に訴えかける。しかし,彼女の夫と名乗る男は「彼女はセルビア人ではなく,戦争のショックで頭がおかしくなっただけだ。これは家庭の問題だ」と彼女の言葉を否定する。イタリア兵は彼女の言葉を確かめるべく彼女の案内で歩いていくと,そこには半ば白骨化した死体の山があった。そしてイタリア兵は彼女を保護し,同行させることにする。

 彼らは数台の車に分乗して進むが,先頭車がトンネルに入ったところでトンネルが崩落し,部隊は二つに分断されてしまい,それぞれ目的地を目指すことになる。トンネル後方に取り残された兵士3人と女性の乗った車は細い道を古い地図を頼りに進むが,道は左右に分かれていた。地図によると左に進めばいいが,女性は「左に進むと元の村に戻ってしまう。右に進んで」という。彼女の言葉に従って右の道に入るが,そこで突然,爆発が起こり,車は横転する。地雷による事故だった。

 車を失った彼らは一軒の小屋を見つけ,そこで援軍が到着するのを待つことにする。しかし,女性ユリアナはそこでも不可解な行動を続ける。やがて夜になるが,外から赤ん坊の泣き声が聞こえ,ユリアナは自分の子供だという。赤ん坊を助けるためにイタリア兵が向かうが,そこで銃撃戦となる。一方,小屋の中のユリアナを守るために小屋に残ったイタリア兵に対し,ユリアナは「あの子は私をレイプしたアルバニア人にそっくり。あなたは何もわかっていない」と言い,いきなり兵士に向かって発砲し,逃げ出してしまう。そして,赤ん坊を抱いた兵士が小屋に戻ったその時,小屋に手榴弾が投げ込まれ・・・という映画である。


 映画の流れをかなり忠実にまとめたつもりだが,これを読んでどういう映画かわかる人はいるだろうか。多分,いないと思う。

 個々の事件(ユリアナと村人の言い合い,トンネルの崩落,銃撃戦など)はリアルなのだが,その事件の間の関連性というか背景が全く説明されていない上に,映画全体の方向性が全くわからないからだ。イタリア兵たちは,何がなんだかわからないままに事件に巻き込まれて右往左往するのだが,観客も同じ状態なのだ。
 もちろん,実際の戦場というものはそういうものかもしれないが,この映画の「訳のわからなさ」はそういう次元のものではないのだ。この「訳のわからなさ」は悪夢のようなというか,錯乱状態の脳裏に浮かぶ風景のようなというか,そういうのに近いのだ。要するにこれは,ホラー系,オカルト系の風景だ。そういう筋立てと,戦争という極めてリアルな世界がまるっきり噛み合っていないのだ。

 たとえば村人がイタリア兵に村の名前を教え,村長(?)が後で「何で名前を教えたんだ」とすごい剣幕で叱りつけるシーンがあるが,それがなぜなのかは全く説明されていない。村に何か秘密があるような感じなのだが,秘密があるかどうかすら不明だ。

 謎の美女ユリアナの言動も意味不明というか,そもそもセルビア人なのかアルバニア人なのかも不明だ。夫と名乗る人物が本当の夫なのか,なぜ彼女が夫(?)から逃げようとしているのか,なぜソーセージを食べないのか(イスラム教徒かもしれないが,あの村には豚小屋があるので,イスラム教徒とは考えにくい),赤ん坊を取り戻したいのか捨てたいのかもわからない。イタリア兵に一人ずつモーションを掛けていく理由も,「あなたは何一つ理解していない」と銃をぶっ放す理由もわからない。一体全体,こいつは何をどうしたかったんだろうか。

 トンネル崩落も地雷の爆発も偶然の事故とは思えないタイミングの良さだから,当然,ユリアナが罠にかけたと思われるのだが,彼女がなぜへ医師たちを罠にかけるのかも最後までわからない。

 もちろん,世の中には「訳が分からない」系映画は幾らでもあるが,この《ブラックバード・フォース》が致命的にダメなのは,映画として絶望的につまらないことだ。訳が分からなくても面白い映画ならそれなりに許せるが,この作品は映画として面白くないのだ。というわけで,この映画は見る価値なしと断言・断罪する。


 さて,せっかくですのでコソボとコソボ紛争について,ちょっとまとめてみます。

 まず「コソボ」はバルカン半島の中央部の地域です。この地域はさまざまな民族が活動の場としていますが,セルビア人が居住するようになったのは12世紀頃で,セルビア王国が作られていますが,建国後すぐにオスマン帝国(1299 - 1922)が占領し,以後長らくこの地を支配します。

 17世紀に入り,セルビア正教信者がドナウ川の対岸に移住したため,ムスリム教徒であるアルバニア人がこの地に入植し,コソボ地域はアルバニア人が多数派を占めるようになります。

 19世紀後半,世界的な民族意識の高揚からアルバニア人にも独立機運が高まり,バルカン戦争(1912年)の時期に独立を宣言しますが,翌年,列強の介入により,コソボはアルバニアから分離してセルビア王国の一部となります。

 第二次大戦後,この地域はユーゴスラビアとなりますが,1950年代から独立運動が盛んになり,やがてこの地域はアルバニア人を中心とするコソボ自治州となります。しかし,「コソボはセルビアの一部」と考えるセルビア人にとってはコソボ独立運動は許しがたい裏切り行為と映ります。

 1989年にセルビア大統領に就任したミロシェヴィッチはセルビア人至上主義者であり,セルビア人を中心とした国家設立を目指し,各自治州(=非セルビア人居住地域)の自治権を抑圧する政策を打ち出しますが,これがアルバニア人の反発を招き,1995年にセルビア人とアルバニア人の衝突が起こります。やがて,アルバニア人主体の「コソボ解放軍」がこの地域を支配するようになり,セルビア人の国外脱出が始まり,これがいわゆる「民族浄化」の始まりとなり,コソボ解放軍の攻撃対象は次第に,アルバニア人以外の少数民族に向けられるようになります。1997年にセルビアの隣国アルバニアで大規模な経済混乱が起こったこともあり,1998年,コソボ全域が紛争地となり,これがコソボ紛争です。

 この結果,アルバニア人の隣国への脱出,難民化が問題となり,1999年3月にNATOがセルビアに対し空爆を開始し,その結果,セルビア軍はコソボから撤退を始め,セルビア政府に代わって国連が統治することとなり,NATOを中心としたKFOR(この映画のイタリア兵が属しているのはこれ)が駐留することになります。しかし,それ以後もコソボ解放軍残党によるセルビア人などに対する攻撃が続いていて,平和とは程遠い状況らしいです。

(2010/06/15)

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