《フェイク シティ ある男のルール "Street King"★★(2008年,アメリカ)


 つくづく,俳優には当たり役とそうでない役があるんだなぁ,と再認識してしまいました。この映画のキアヌ・リーヴスは後者でございます。なんでまた,キアヌ・リーヴス主演でこういう映画を撮っちゃったんだろうか,彼以外の役者を使ったらもっとマシな映画になったんじゃないだろうか,キアヌ・リーヴスにはこういう役柄は全然合ってないよ・・・という残念感ばかり強かったです。

 それにもまして,この映画の作り手がなぜわざわざこういう陳腐な素材の映画を作ったのかがよく判りません。「警察内部の腐敗,出世のためには手段を選ばない汚職警察官,そしてそういう不正が許せない熱血刑事」の物語なんて,これまで腐るほど作られてきました。何を今さら,というくらい定番中の定番と言ってもいいと思います。

 もちろん,定番でも構わないのですよ。しかし,「警察内部の腐敗告発映画」という定番映画を2008年に作るのであれば,やはり目玉が必要だと思うのです。腐敗を摘発するのがアンドロイド刑事だったとか,内容はないけど派手な銃撃戦が連続するとか,やけに色っぽくてセクスィーな女性刑事が活躍するとか,そういう「何か」が必要はなずです。この映画の「何か」はもちろん,「キアヌ・リーヴスが出てるよ」ということなんですが,肝心の彼が「腐敗に対し怒りを爆発させる熱血刑事」役に全然合っていないのです。終始無表情で,感情が全く出ない(出せない?)ため,「サイボーグの刑事がプログラムに従って行動し,それに巻き込まれた周囲の刑事たちが次々と不幸になっていく映画」にしか見えないんですね。やはり,キアヌさんは「人間じゃない役」の方が合っているみたいです。


 ストーリーはこんな感じ。

 ロサンゼルス市警の刑事,トム・ラドロー(キアヌ・リーヴス)はジャック・ワンダー警部(フォレスト・ウィッテカー)の下で覆面捜査などに当たっている刑事だ。正義感が強くいささか暴走気味だが,誘拐監禁されている少女を助けるためなら容疑者宅に踏み込む事も躊躇せず,敵を全員射殺することすら厭わない。そんな彼の行動は同僚にはスタンドプレーに映り,快く思わない者も多く,かつての相棒ワシントンも彼から離れ,今では彼と対立している。しかし,どんな困難な汚れ仕事もうまくこなすラドローを上司のワンダーはかばい続けていたが,警察内務調査部のビッグスはラドローの行動に目を付けていた。

 そんなある日,ワシントンがコンビニに入ろうとする姿を見たラドローは一発殴ってやろうと後を追って店に入ったが,その店に二人の男が押し入ってきて銃を乱射し,店主とワシントンは射殺される。ラドローも応戦するが二人を取り逃がしてしまう。捜査線上に二人の男が浮かび上がるが,ラドローが二人の隠れ家を急襲すると二人は既に死体になっていた。やがてラドローの前に,警察に巣食う巨大な悪が姿を表してくる・・・という映画でございます。


 恐らく,この映画の作り手は「キアヌ・リーヴス主演の警察を舞台にした本格サスペンス・アクション映画」を作ろうと考えていたと思われますが,見事に狙いが外れてしまい,絵に書いたような「B級映画」になってしまいました。ストーリーの展開が荒っぽすぎるし,都合良すぎる展開が続くし,登場人物の性格も行動も類型的です。おまけにどんなハードな銃撃戦があってもキアヌ・リーヴスには傷ひとつつきません。このあたりはスティーブン・セガールのB級アクション映画と同じ設定で安っぽくてナイスです。

 ストーリー展開も最後の方で二転,三転とどんでん返しが続きますが,これもかなり最初の方で読めてしまいます。登場人物の外見がいかにもいかにもという感じだからです。例えばワンダーはラドローのことを最大限に褒めちぎって彼の過激な行動をかばい続けますが,それがあまりに大袈裟すぎるため,よほど勘が悪い人でも,「こいつ,本当は陰で悪いことしているんじゃないか?」って疑うはずです。逆にビッグスはいかにも陰険で腹に一物持っていそうで,何かとワンダーとラドローの邪魔をしますが,これもワグナーがあまりにも「いい人」役をして胡散臭いため,途中で「本当はいい奴なんじゃない?」と感づいちゃうのですよ。ラドローと対立する同僚刑事たちも,いかにもいかにも,という言動を繰り返すため,途中で正体がバレバレです。

 最後のワンダーの大演説(?)も大袈裟すぎてお笑い一歩手前になっています。「生きていくため,組織を維持するためには金が必要なんだ。正義のためには力が必要なんだ」なんていまさらそんなに力説されてもなぁ・・・。こういうところの演出が下手というか,安っぽいんだよね。フォレスト・ウィテカーってこんな大根役者だったっけ,とのけぞってしまいました。ウィテカーさん,出る映画を間違えたようです。彼ならではの重厚な演技はこの映画にあってはギャグにしか見えません。

 ちなみに,この安っぽいシナリオを書いたのはジェームズ・エルロイです。これまで取り上げた作品だと《ブラック・ダリア》も彼の脚本で,これまた杜撰なプロットで見るものを混乱させましたが,今回の映画に比べるとまだ《ブラック・ダリア》の方がまともっぽかったなぁ,という気がします。


 キアヌ・リーヴスもひどいもんでした。もともと表情豊かな演技ができる人じゃないし,無表情の美しさ,見栄えの良さで映画に登場している俳優さんなので,《地球が静止する日》の宇宙人クラトゥ役では何の違和感もないのですが(・・・そうそう,この映画も駄作だったな),本作が要求する「正義感の塊で上司の不正にも立ち向かう熱血漢だが,実は妻の不幸な死という過去から逃れられず酒浸りになっている」という刑事役は最初から無理だったような気がします。彼の表情からはそういう熱さも苦悩も一切伝わってこないからです。
 ポケットサイズのウォッカをいつも飲んでいるのですが,酔っ払うシーンが一つもないし,第一,奥さんの死(不倫の最中に突然死し,病院の前に捨てられたらしい)に悩んでいるようにも見えません。いつ何時にも表情を変えないラドロー刑事が主役のため,本来はスリリングな展開の映画のはずなのに,メリハリが無く平板な感じになってしまいました。

 可哀想だったのは,ラドローに巻き込まれていつの間にか「コンビ」として行動する羽目になったディスカント刑事ですね。鑑識課なんかの仕事が本来業務の人みたいで,ドンパチ係ではないような印象なのですが,無理矢理な理由からラドローと一緒にギャング(?)の巣窟に乗り込み,挙げ句の果てに簡単に殺されちゃいます。ラドローが間違ってワシントンに撃ち込んだ拳銃の弾の鑑識さえしなければ,死ぬことはなかったんですよ。ディスカントにとってラドローは死神みたいなもんですね。


 というわけで,キアヌ・リーヴスの自己陶酔映画なんで,キアヌ・リーヴスのファンなら見た方がいいと思いますが,それ以外の人はとりあえずパスしといていいよ。

(2010/06/29)

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