《ベティ・サイズモア Nurse Betty★★★★(2000年,アメリカ)


 「そんなの,ありえねぇ!」という展開の連続でストーリーは無茶苦茶なんだけど,ここまで面白ければ文句はない。先が読めないというか,ことごとく観客の予想を裏切る方向に,主人公に都合よく出来事が連鎖していくのだが,全体に漂う品の良さがあるため,「こりゃ,やられたな」感はあるものの,「これは卑怯だよ」感は全くない。これほどハチャメチャな内容をここまで緻密に計算し尽くした脚本に昇華させるとは脱帽物だ。


 カンザスの小さな町に暮らすベティ・サイズモア(レニー・ゼルウィガー)は町にカフェで働いている。夫のデル(アーロン・エックハート)は中古車販売業をしているが,粗野で教養がなく,しかも女癖が悪いときていて,夫婦の間は冷えきっている。そんな現実から逃げるようにベティはテレビの昼メロ『愛のすべて』にのめり込んでいた。それは天才脳外科医デヴィッド(グレッグ・キニア)を主人公とする愛憎ドラマだが,彼女にとってデヴィッドは理想の男性そのものだった。実はベティは2ヶ月だけ看護学校に通ったことがあり,テレビの中のデヴィッドの甘い言葉を,まるで自分に対しての言葉のように夢中になっていた。

 ある夜,ベティが自宅で『愛のすべて』のビデオを観ていると,2人の客を引き連れたデルが帰ってくる(ちなみにベティはテレビに夢中で帰ってきたことに気がつかない)。実はその二人,チャーリー(モーガン・フリーマン)とウェズリー(クリス・ロック)は殺し屋でデルが盗んだ大量の麻薬を取り返しにきたのだ。デルは麻薬の隠し場所を白状するが,ちょっとした手違いからデルは殺されてしまう。そしてその光景をドアの隙間からベティが見てしまった。殺し屋たちが立ち去った後,惨殺された夫の姿に強いショックを受けたベティは「これは現実じゃないの。これは夢なのよ」モードに突入し,夢の世界に逃避してしまう。

 彼女は自分を看護師と思いこみ,数年間,離ればなれに暮らしていた初恋の相手デである脳外科医ヴィッド(ドラマの中では1年前に奥さんを事故で亡くしていることになっている)との愛を成就させるため,生まれて初めてアリゾナを出てビュイック(実はこのトランクに麻薬が隠されていた)に乗って一路ハリウッドを目指す。一方,二人の殺し屋は麻薬を隠したビュイックを見つけられず,突然町から姿を消したベティが横取りしたものと考え,わずかな手がかりから彼女を追う。

 ベティはひょんなことからデヴィッド役の俳優ジョージと会うことができるが,彼はベティを「演技力を認めてほしくて『愛のすべて』のシーンを演じる俳優の卵」だと思いこんだことから,話はとんでもない方向に二転・三転。そして二人の殺し屋も合流し・・・という映画である。


 普通に考えれば,ベティはテレビドラマと現実の区別が付かない「可哀想な人・イタい人」である。別の言い方をすると,テレビ俳優に対する単なるストーカーである。ぺ・ヨンジュンに会いに行くなら話は分かるが,「冬のソナタのカン・ジュンサン」に会いたいのとなるとこれは「韓国に行く前に病院に行った方がいい人」である。いずれにしてもおバカさん,あるいは気の毒な人である。

 ところが,ベティを見ていると最初のうちはおバカさんぶりにイラついてしまうが,次第に「こういうのもありかな?」と思えてくるのだ。なぜか。ベティ役のゼルウィガーの演技が余りに見事だからだ。決して超美人という役者ではないのだが,はにかむような表情とキラキラした少女マンガのような瞳を見ていると,次第に「地上に降り立った天使」みたいに見えてくる。彼女の渾身の名演技があるからこそ,この「ありえねぇ」荒唐無稽な話が,なんか変だけど最後は感動話になったのだ。なんとも見事な演技である。


 パーティー会場で「デヴィッド」に出会ったベティはもちろん,本物のデヴィッド医師だと思って「イタい」会話をしていくんだけど,それに対して俳優のジョージたちは「愛のすべて」のあらゆる台詞を暗記し,なおかつ,即興で過去の「架空の出来事」を作っていく(ように見える)ベティの演技力に舌を巻く・・・というあたりも見事だ。「デヴィッド,なぜあなたを他の人はジョージって呼ぶの?」と質問するところなんて,一歩間違うと「すごく可哀想な人」にしか見えないところだが,ベティはもちろん,目の前にいるのがデヴィッド先生だと信じているわけである。だから,ジョージもディレクターもそれを「迫真の演技」だと信じ込んでしまったのだ。このあたりもうまいなぁと思う。

 そんなベティを追う殺し屋(モーガン・フリーマン)が,彼女の屈託ない笑顔に「恋する少年」状態になってしまう。もちろん「ありえねぇ」展開なのだが,それを不自然に感じさせないのも,ベティの写真を見るフリーマンの表情が自然に変化しているからだ。このあたりもお見事である。


 もちろん,ツッコミを入れようと思えばいくらでもツッコメる。たとえば,隣の部屋で夫と殺し屋たちがあれだけ大騒ぎしているのにベティが全く気が使いなんて,いくら何でもおかしいし,看護師免許を持たないベティをあれだけの理由で雇っちゃう病院も絶対にありえない。ベティとの会話で「こいつ,おかしいんじゃないの?」と気がつかないジョージも絶対におかしい。というか,おかしくない部分が圧倒的に少ないくらいだ。そういう「ツッコミどころ満載」は確信犯的なものであり,ツッコミを入れる暇もないほどストーリーが展開していくため,もうどうでもよくなってくる。


 そんなわけで,まだ見ていなかったら見て損はない作品である。

(2010/09/15)

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