《キッチン・ストーリー》★★★★(2003年,ノルウェー/スウェーデン)


 変な例えだが,ほうじ茶のような味わいの映画である。そして多分,見る人を選ぶ映画であり,万人向きの映画ではないと思う。10人中2人か3人くらいは面白いと感じると思うが,3人か4人は退屈で途中で見るのを止めちゃう・・・という感じだろうか。とにかく地味だからだ(だから「ほうじ茶」)。登場人物は中年以降の男が4人か5人だけ,大きな事件も起きなければ恋愛も殺人もなし,舞台となるのはさして広くないキッチンだけである。恐らく,ハリウッド映画のワンシーンより少ないお金しかかけていないんじゃないだろうか(こう言うところも「ほうじ茶」的だな)

 でも,いい映画なのである。見ず知らずの中年スウェーデン男とノルウェーの老人がゆっくりと友人になっていくまったりとしたテンポがいいのである。そして,途中で二人がわずかな言葉で説明していく戦争中のエピソードが,これまた深いのである。

 ちなみに,1940年代後半にスウェーデンで行われた「主婦は台所をどのように動いて家事をしているのか」という家政学の「動線調査研究」をヒントにして作ったのが,この映画ということだ。
 ちなみに,私たちが日々暮らしているマンションや一戸建て家屋の「台所システム・キッチン」は,この動線調査が元になって基本設計が決まったらしい。


 1950年代初頭,「主婦の台所における動線研究」が成果を上げたスウェーデンの研究所が,独身男性での台所の動線研究に着手するところから映画が始まる。そして,隣国ノルウェーの独身男性の家庭を調査対象に選び,調査対象として選んだ家の隣にトレーラーを横付けし(このトレーラーを引いたボルボの車列が国境を越えていくシーンから始まるのはそのため),台所の隅に高い椅子を置いて座り,男性たちが台所をどのように移動して家事をするのかを調査しようと言う計画だ。そして調査員たちは調査対象の男たちの生活に影響を与えないよう,一切言葉を交わしてはいけないと命じらる。

 調査員フォルケが担当したのは老農夫のイザックだった。だがフォルケが声をかけてもイザックは家の中から出ようともせず,家の中にも入れてくれない。実は「調査に協力してくれたら馬がもらえる」という約束で協力したのに,フォルケの元に届いたのは馬は馬でも,スウェーデンの民芸品の馬の置物だったために怒っていたのだ。

 何とか家に入れてもらい調査が始まったが,イザックは一向に台所で料理をしようとせず,調理のいらないものしか食べない。また,イザックの家を訪れる知人たちの態度もよそよそしい。

 だが,イザックが不在の時に,フォルケが台所にあった塩をちょっと借りて持参したサンドイッチに振りかけたことから,二人の間に禁じられていた会話が生まれてしまう。やがてイザックはフォルケのためにコーヒーを入れるようになり,フォルケはスウェーデン特産の鰯をイザックにプレゼントし,トレーラーの中にイザックを招き入れて彼の誕生日を祝ってやる。

 だが,イザックの古くからの友人は二人が仲良くなっていくことに苛立ちを募らせ,一方,この研究の立案者は調査員と調査対象が仲良くなっていることを知ってしまい・・・という映画である。


 これはいかようにも受け取れ,いかようにも解釈できる寓話だろう。例えば,「物言わぬ監視者に常に見張られている現代社会の縮図」として受け取るのも可能だし,「監視者として調査対象と没交渉であり続けることは不可能。人間同士である以上言葉をかけあうのは自然の感情であり,言葉さえ掛け合えばお互いが理解できる」とも受け取れると思う。さらに「観察することで相手の行動は変化し,観察による影響を完全に排除することは不可能」となれば,これは初期の量子力学の不確定性原理の考えそのものになる。


 イザック役とフォルケ役の二人の俳優の演技は本当に見事だ。調査員という役目を忠実にこなそうとしてイザックと没交渉に徹しようとするフォルケ,そして,ちょっとした思い違いから調査を受け入れてしまったため,最初からフォルケに反感しか持たないイザック,こういう設定が実に自然に描かれているし,フォルケが最初に言葉を発せずに身振り手振りでイザックに「塩の在処」を伝えようとするシーンも何だかとてもいい。

 同様に,イザックの茶飲み友達でトラクターを乗り回す男の演技も完璧である。イザックとフォルケが次第に打ち解けてくるのが面白くなくて,一種の「三角関係」に陥り,(恐らくフォルケを殺そうとして)トレーラーを線路に置き去りにしてしまうシーンはとても怖い。そして,ラスト近くで彼が見つけたものの衝撃性,その後の彼とフォルケの関係も面白い。映画はすべてを語らずに見る人に解釈を委ねているが,何がどうなったかは恐らく誰にも明白だろう。それにしても,トラクターの男はフォルケに,かつて自分がしたことを告白するのだろうか,それとも生涯隠し通すのだろうか。

 家族が誰もいないイザックと,スウェーデンに戻っても一人の叔母しか身内のいないフォルケという設定も泣かせる。恐らく,トラクターの男も家族には恵まれていないのだろう。そしてその背景には恐らく戦争があるのだろうということも見えてくる。


 このように,登場する人間たちの感情や行動の描写については非の打ち所のない傑作だと思うが,この映画を見ただけでは絶対にわからない謎がある。それは「なぜこの台所動線調査をスウェーデンでなくノルウェーで行ったのか」という最初の設定部分だ。恐らくここにはスウェーデンとノルウェーというお隣同士国家の歴史的背景とか,国民性の違いとか,お互いの文化に対する感情とか,そういうのが絡んでいると思われるが,それが私にはわからないのだ。

 この調査を立案・実施したのはスウェーデンの研究所であり,それは独身男性にとって使い勝手のよいキッチンとは何かを知るためだ。それならスウェーデンの独身男性でまず調べればいいのに,なぜわざわざノルウェーで行うのだろうか。スウェーデンでは独身男性が少なくてノルウェーでは多いからだろうか。スウェーデン独身男性は調理しないがノルウェー独身男性は調理するという事前調査でもあったのだろうか。

 同様に,スウェーデンからノルウェーの国境を越えるシーンで,「右側通行から左側通行に切り替えるとき,必ず気持ちが悪くなる」というセリフがある。現実の両国の交通事情もそうなっているのだろう。しかし陸続きの隣国同士で右側通行と左側通行では不便じゃないだろうか。これにも何か歴史的背景があるのだろうか。

 それと,両国国民の相手国に対する意識も決して良好なものではないように描かれている。直接的には,第二次大戦中の立場(中立国と参戦した国)があることは映画の中で説明されているが,それ以前から両国には複雑な感情が存在しているように感じ取れる。この映画を見る限り,スウェーデン人がノルウェー人を見下しているような感じなのだ。「先進的工業国スウェーデン vs 昔ながらの漁業国ノルウェー」という構図である。もしかしたらこれが,独身男性台所調査をスウェーデンでなくノルウェーで行った最大の理由ではないかと想像してしまったが,もちろん憶測でしかない。


 多分このあたりがよくわからないから,「とても面白いんだけど,どこか隔靴掻痒でもどかしい」という感じが拭えないのだろう。そしてそのあたりが「万人向けの映画でない」理由なのだろうと思う。

(2010/09/17)

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