新しい創傷治療:彼女を見ればわかること

《彼女を見ればわかること "THINGS YOU CAN TELL JUST BY LOOKING AT HER"★★★★★(1999年,アメリカ)


 完璧な脚本と完璧な演出,女優たちの完璧な演技が融合して作り上げられた素晴らしい傑作映画である。私は映画を見たら必ず感想を書くことにしているが,そのためどうしても,重箱の隅をつついたり,ストーリーの欠点を探したり,他の人が気がつかない矛盾点を見つけたりと,そういう意地悪な見方をしがちである。そういう私をしても,この映画には非の打ち所がないというか欠点が見つからないのだ。しかも,内容は深くて感動的であり,何一つとして声高に主張していないのに監督が訴えたいことはしっかりと観客に伝わってくる。まさに非凡な傑作だと思う。

 ちなみに,この脚本を書いたのはロドリコ・ガルシアだが,彼はあの『百年の孤独』で有名なノーベル賞作家,ガルシア・マルケスの息子である。様々な映画の撮影監督を務めてきたが,これは彼の処女脚本であり,その見事さに女優のキャシー・ベイカー(本作にも出演している)が惚れ込み,その素晴らしさを周囲の女優たちに話したことからハリウッドの演技派女優が一同に集い,この傑作が作られることになったという。

 当初,この映画は内容が地味ということで本国アメリカでは劇場公開が見送られたが,第53回カンヌ映画祭で「ある視点」部門でグランプリを獲得し,その後世界各国で上映され,絶賛を浴びることになった。地味,というだけで劇場公開を諦めるあたりが,いかにもアメリカ的といえばアメリカ的かもしれない。


 映画は短いプロローグと5つの独立した話からなるオムニバス形式のもの。6人の女性の日常生活と,彼女たちの周囲の人間模様が淡々と描かれるが,6人を取り巻く人間たちが少しずつ重なり合っていることが明らかになり,やがてそれは6本の糸が絡み合うことで1枚の緻密な織物を織りあげていく。

【プロローグ】
 女性刑事キャシー・フェインバー(エイミー・ブレネマン)が死体発見現場に向かっている。それは自殺と思われたが,死体はキャシーの高校時代の同級生,カルメン・アルバだった。彼女は2週間前にこの街に引っ越してきたばかりで,自殺の原因は不明。そして物語の舞台は彼女がまだ生きていた頃のロサンゼルス郊外のサン・フェルナンド・ヴァレー(第二次大戦終結後,ロサンゼルスの郊外としてもっとも早く開発された地域で,アメリカン・ドリームの代名詞だった。しかし,1980年代には衰退が始まり,この映画の舞台となった時代には,アメリカでもっとも離婚率の高い地域であった)に移り,この街で暮らす女性たちの姿が赤裸々に描かれていく。

【第1話:キーナー医師の場合】
 中年の女性産婦人科医,エレイン・キーナー(グレン・クローズ)は母親と二人暮らしをしている。彼女は仕事をしながら母親の介護をしているが,認知症の母親との間で意志の疎通はできない状態だ。そんな彼女は病院に電話をかけ,同僚の男性医師に連絡してほしいと,何度も伝言を伝える。どうやら彼に好意を抱いているようだが,彼からの電話はかかってこない。そんな時,タロット占いを依頼した占い師のクリスティーン・テイラー(キャリスタ・フロックハート)が訪れる。初対面のクリスティーンはタロットカードから,エレインの心が満たされていないことを言い当て,やがて彼女が若い男性と出会い,恋に落ちると予言する。そしてそれは,現在つきあっている男性ではなく,未知の男性だという。

【第2話:レベッカへの贈り物】
 レベッカ・ウェイモン(ホリー・ハンター)はその街の銀行の支店長をしている39歳の独身女性。彼女はあるビジネスマンと3年越しの不倫関係にあったが,ある日,彼女は自分が妊娠したことを知る。産婦人科の主治医は「年齢的に最後のチャンスだ」と告げるが,不倫相手はもちろん出産を望まず,彼女は中絶を決意する。そんな彼女が駐車場でタバコを吸っていたところ,ホームレスの女性が「タバコをくれないか」と声をかけ,彼女はレベッカの心中を見透かしたかのように話を続ける。そして中絶前夜,彼女は同じ銀行の部下である副支店長ウォルターと,勢いで関係を持ってしまう。翌朝,同じ車に乗っている二人を見たホームレス女性はレベッカに「お前はヘビのような嫌な女だ」と話す。ウォルターはホームレス女性の言葉を制しようとするが,なぜかレベッカはもっと話してくれと言う。その日の午後,中絶手術が終わるが,レベッカは待っていた不倫相手を部屋に入れない。

【第3話:ローズのための誰か】
 ローズ(キャシー・ベイカー)は教師をしながら童話を書いているシングルマザーで,15歳の息子ジェイと暮らしている。そんな時,長らく空き家だった向かいの家に新しい住人が引っ越してくる。その住人は小人症のアルバートだった。ひょんなことからアルバートに声をかけたローズは,彼の控えめで知的な態度に好意を持つが,彼が障害者であることもあってかそれ以上踏み出せない。しかし,そんな母親の心を見透かしたかのように,ジェイはガールフレンドとセックスしたことをあからさまに明かす。今まで子供だったと思っていた息子が突然「男」になったことに戸惑いながらも,ローズは小人症の隣人が気になってしょうがない。

【第4話:おやすみリリー,クリスティーン】
 第1話で登場した占い師のクリスティーンはレズビアンの恋人,リリーと暮らしていたが,リリーに末期ガンが見つかり,彼女は余命幾ばくもない状態だった。クリスティーンは他人の未来を見通すことができるのに,自分とリリーの未来がやがて絶たれることを受け入れることができない。死を受け入れたリリーはクリスティーンと話したがったが,クリスティーンは会話を続けることができない。

【第5話:キャシーを待つ恋】
 プロローグに登場した女性刑事キャシーは盲目の妹キャロル・ファーバー(キャメロン・ディアス)と二人で暮らしていた。仕事一途で恋人がいない姉と違い,キャロルは恋愛に奔放で,今は銀行の副支店長をしているウォルター(彼の娘は盲目で,キャロルはその点字の先生だった)とつきあっている。しかし,キャロルの生徒(=ウォルターの娘)は「私のパパは熱しやすくて冷めやすいの」と話す。そんなある日,キャシーは妹にかつての同級生カルメンが自殺したことを語り,それに対し妹は,姉の話すわずかな手がかりから「カルメンは愛のない人生に絶望したから死を選んだのだ」と説明し,見えない目から涙を流す。自由奔放に人生を楽しんでいると思っていた妹の涙にキャシーは驚く。

【エピローグ】
 キーナーは酒場である男性と出会い,レベッカは男と別れ,ローズの自宅の窓に花束が掲げられ,クリスティーンは決断し,キャシーは勇気を奮って一歩踏み出す。


 この映画に恐らく解説は要らない。映像を見,登場人物たちの会話やモノローグを聞き,さりげない身振りや表情を見ているだけで,この映画が何を語ろうとしているのかは完全に伝わってくるからだ。もしも,一度見ただけではわかりにくかったら,もう一度,二度と繰り返してみればいいだけだ。そうすれば,女優たちが全てをあなたに語りかけてくるはずだ。要するにこの映画は,映像で何を伝えられ,会話で何が伝わり,演技で何を伝えるべきかを知り尽くした男が脚本を書き,それに賛同した女優たちが自発的に集い,脚本家がメガホンをとって作り上げた作品なのである。

 父親のガルシア=マルケスが彼の想像で作り上げた世界を文字だけで構築して他者に伝えたように,その息子は自分で作り上げた世界を映像と会話だけで他者に伝えようとし,その試みは完全に成功したのだ。まさに恐るべき父子であり,驚くべき能力の類まれな遺伝と言えるのかもしれない。

 そんな,無名の脚本家の作った脚本に,一人の大女優が目を留めて熱狂し,彼の映画作りを後押しする。もちろん,ハリウッド大資本と無関係の低予算インディペンデント作品だ。それなのに,キャメロン・ディアスを筆頭とする売れっ子女優たちが無理を重ねてスケジュールを調整して撮影現場に集い,短時間で演技派女優としてのあらん限りの力を発揮して最高の演技を決め,撮影現場を後にしたという。そのようにして,宝石のような5つのエピソード,そしてプロローグとエピローグが撮影され,一つの作品として結実した。長い映画の歴史の中でも,この作品が「奇跡」と言われる所以である。


 だから,これ以上解説は書かないことにする。これほどの完璧な傑作にグダグダと説明をするのは,野暮と言うものだろう。もしもこの文章に目を留め,この映画を見てみようと思った人が一人でも二人でもいたらそれで十分だ。そして,この奇跡的ともいえる脚本の完成度と,女優たちの一世一代の名演技に酔いしれて欲しい。映画でしか得ることができない至福の体験を約束する。

(2011/03/17)

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