《ディファイアンス》★★★★★(2008年,アメリカ)


 第二次大戦中のユダヤ人を襲った未曾有の悲劇(ホロコースト)については嫌というほど語られてきたが,これは第二次大戦下のベラルーシを舞台に,ホロコーストを逃れて森に逃げ込んだユダヤ人たちが団結して共同生活を送り,ドイツ軍に抵抗する「ユダヤ人自身によるユダヤ人救出」の経緯を描いた異色の作品だ。実話に基づいており,『ディファイアンス ヒトラーと戦った3兄弟』(ネハマ・テック,1993)という研究書を元にしている。1,000人を越す着の身着のままでやってきたユダヤ人たちをまとめあげ,生き延びるための手を次々に打っていく3人の兄弟の姿が感動的な作品である。


 舞台はナチスによるユダヤ人狩りが本格化する1941年のソビエト領のベラルーシの森。ここにドイツ兵により両親や同胞たちが虐殺されたピエルスキ家の4兄弟が逃げ込む。長男のトゥヴィア(ダニエル・クレイグ),次男のズシュ(リーヴ・シュレイバー),三男のアザエル(ジェイミー・ベル),そして四男のアロン(ジョージ・マッケイ)である。長男と次男はすでに大人で,三男はようやく成人を迎える頃,そして四男はまだ子供だった。彼らは幼い頃からその広大な森を遊び場として隅々まで知り尽くしていて,そこで生き延び,両親の仇を討とうと決意する。そして,そんな彼らに,同じように難を逃れてきたユダヤ人たちが合流する。

 トゥヴィアとズシュは彼らを守りつつ,より安全な森の奥に移動し,そこを生活の場とすることを決める。倒木や木の枝を組み合わせ雨露をしのぐ屋根を作り,逃げ出す際に持ち出した食料を拠出しあって食料とし,何とかその日,その日を生き延びていく。

 しかし,同様にユダヤ人狩りを逃れて森をさまようユダヤ人たちがそのキャンプに合流したことから,集団は予想以上の規模に膨れ上がってしまう。食料も足りなければ,ドイツ軍と戦うための武器もない。

 そこで,成り行きから彼らのリーダーとなってしまったトゥヴィアはキャンプのルールを定め,それを守れないものは追放すると宣言する。トゥヴィアは役割分担して生活の基盤を整え,武闘派の次男ズシュはドイツ兵をゲリラ的に襲って武器を調達し,ドイツ軍に協力している住民たちを家に行っては脅して食料を調達する。そうして,彼らは森の隠れ家で何とか生き延びていく。

 しかし,あくまでも皆を助けることを第一に考えてドイツ軍との戦闘を避けようとするトゥヴィアと,ドイツ軍への抵抗を最優先にするズシュの間で路線対立が起こり,ズシュとその同調者はキャンプから離れてロシア人主体のレジスタンス組織に加わる。

 トゥヴィア率いるキャンプに残るユダヤ人の中にも怠け者もいれば,厳格なトゥヴィアに反感を持つ者もいる。そしてキャンプ内に「トゥヴィアは女は抱き放題で,俺たちは飢えているのにトゥヴィアは美味いものをたらふく食っている」と,リーダーを誹謗中傷する噂も流れるが,トゥヴィアはそれを何とか力で押さえつける。

 彼らは力を合わせて厳しい冬を乗り切り,曲がりなりにも生活は軌道に乗っていくが,そんなある日,上空から飛行機の爆音が聞こえ,ドイツ空軍がキャンプ爆撃を開始する。何とか地下壕などで爆撃から助かったとトゥヴィアたちはさらに森の奥深くに移動するが,彼らの目の前に広大な沼地が広がっていた。まさに前門の虎,後門の狼,絶体絶命である。皆は口々に「トゥヴィア,一体どうするんだ。何とかしてくれ!」と迫るが,トゥヴィアにはもうどうしていいかわからなかった。彼は余りに疲れ切っていた。

 その時,三男のアザエルが立ち上がり,号令をかける。「ロープやベルトで互いを結びつけ,皆で手をつないで渡ろう。体の弱いものは強いものが助けよう。神はモーゼのために海を割って下さったが,今は我々が自分たちの力で渡るしか道はない。さあ,前に進もう!」と。

 そして彼らはついに沼地を渡るが,皆は疲労困憊で倒れ込んでしまい,もう動けなかった。しかし,ドイツ軍は彼らが渡りきるのを待ち構えていて,ユダヤ人たちに銃弾が浴びせられる。まさにその時・・・という映画である。


 とにかく面白い映画である。よくぞ,奥深い森の中でこれだけの数の人間が2年以上生き延びたなと感動する。何しろ,肉体労働を全くしたことのないジャーナリストもいれば,年老いた老教師もいるし,力仕事とは無縁の女性も多いのだ。建物を建てようにも建材もなければ工具もない。ないない尽くしである。その中で,成り行きでリーダーになってしまったトゥヴィアは見事な戦略を立て,日々を生き延びていく。見事なサバイバル映画である。

 そして,いろいろ工夫を重ねながら生きていき,恋愛もし,カップルは結婚するのだ(さすがに妊娠だけはトウヴィアが禁じたが)。そして結婚式では歌い,踊り,新郎新婦を祝福するのだ。その様子が何とも感動的だ。

 もちろん,ユダヤ人といっても千差万別。楽もしたいし,自分だけは働きたくない。他の皆が飢えても,とりあえず自分だけは何かを口にしたい。できれば女も抱きたい。キャンプのそこらに小悪党がいて,彼らの不満は日々膨れ上がっていく。そういうキャンプをまとめあげるトゥヴィアの苦労は想像を絶するし,少なくとも私はこういう連中をまとめるリーダーにはなりたくないなぁと思う。


 そしてなんと,ベラルーシからドイツ軍が撤退して「森のユダヤ人」が解放された時,なんと1,200人が生き延びていたそうだ。もうこうなるとキャンプというよりは村である。1940年代のベラルーシにどれほど深い森が広がっていたのか驚くと同時に,1,200人もの大集団が森の中で生き延びるためにどれほど巧みなマネージメントをし,組織としての意思を統一していたという事実に圧倒される。

 何しろ生存者が1,200人というから,最大でその倍くらいの人が集っていたんじゃないだろうか(原作を読んでいないので何ともいえないが)。その人間がそこらにウジャウジャ暮らしているのである。排泄の問題一つとっても想像を絶する大変さである。しかも,ユダヤ人狩りを至上命題とするドイツ兵(もちろん最先端の武器を装備している)やドイツ軍への協力者が森の外にいるのだ。生き延びるのだって大変なのに,彼らは最終的に学校や病院まで作っていたそうだ。なんという逞しい連中だろうか。さすがは旧約聖書の「出エジプト記」を生き延びた民族は強いのだ。事実に基づく映画はたくさんあるが,この映画の元になった「事実」は想像を絶するレベルなのである。

 そして,映画のエンドロールでトゥヴィア,ズシュ,アザエルのその後の人生が紹介されるが,これまたいい。現実に生きていた生身の人間がこれほどのことをやってのけたという事実に素直に感動し,心が熱くなる


 この映画で唯一の失敗は,相当な飢餓状態に置かれていたはずなのに,画面に登場する人物がほとんど痩せていなかったこと。とりわけ,トゥヴィアに思いを寄せる女性は血色もいいし,ちょっときれいすぎ。これはちょっとリアリティを欠いてしまった。

 それと同時に,彼らの生活の苦労は描かれているがその描き方がちょっと軽い。もちろん,3年間の苦闘を描くには2時間10分は短か過ぎるし,それに加え,トゥヴィアとズシュの路線の違いを描いていったために印象が散漫になったのは否めない。可能であれば,トゥヴィアの視点から描いた物語,ズシュの視点から描いた物語の二部構成にすべきだったと思う(・・・もちろん,贅沢な望みだが)


 いずれにしても,第二次大戦秘話としても,類まれなサバイバル映画としても水準以上の作品である。瑕はあるがそれは些細なものだ。こんなにも困難な状況に置かれていながら,人間としての尊厳を失わずに逞しく生き延びた人々がいたという事実に勇気づけられる。この映画はまさに雄渾な人間賛歌である。

(2011/03/23)

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