《BUG/バグ》★★(2007年,アメリカ)


 週末の新幹線や飛行機移動の際に映画を見ては感想を書くようにして,今までに500編ほどの映画のレビューを書いていると思う。傑作感動映画からクズ映画まで満遍なく(?)見ては感想を書いているが,もちろんその中には,「こんな映画,どうやって感想を書けって言うんだよ」と毒づきたくなるほど内容スカスカのものもあったが,レビューというのは書こうと思えば書けるものなのだ。

 というわけでこの映画を見たわけだが,レビューをどう書こうかと悩み続けて1週間が経過してしまった。なぜかというと,映画のストーリーにも登場人物にも感情移入できず、ただの一点も共感できる点がなかったからだ。

 この映画は丁寧に作られた映画である。脚本は見事だし,主演の二人の鬼気迫る演技は背筋が寒くなるほどである。二人の会話シーンばかりで舞台はほとんどモーテルの一室に限られているのに,これほど緊張感を持続させる手腕は見事だと思う。でも,もう一度観たいかと言われたら絶対に観たくないのだ。


 舞台は現代アメリカのオクラホマ。アグネス(アシュレイ・ジャッド)の夫ジェリーはDV野郎で,彼が詰まらない罪で捕まって服役している最中に彼から逃れるため,安モーテルに隠れるように暮らしながらウェイトレスをしている。しかし,その夫がどうやら刑期前に釈放されたらしい。なぜなら,毎晩のように無言電話がかかるようになったからだ。こんなことをするのはジェリーしか考えられない。

 ある晩,ウェイトレス仲間のRCがピーターと名乗る男(マイケル・シャノン)を連れて彼女の部屋にやって来た。RCはレズビアンだったが,人のよさそうなピーターをみて彼なら安全とアグネスに引き合わせたのだ。彼は天涯孤独らしく,影のある表情をしていて無口だったが,やがてアグネスとピーターはベッドイン。お互いの過去の出来事を打ち明け,ピーターは湾岸戦争に参加した兵士で,帰国後,軍の病院に収容されていたことを明かす。

 ところが、ピーターはいきなり「虫に刺された」と騒ぎ出す。アグネスには虫は見えないが,ピーターの腕には虫に噛まれた痕があった。昆虫に詳しいピーターは,噛んだ虫はアリマキだという。だが,アグネスにとって虫はどうでも良かった。ピーターと二人でいられるだけで幸せだったからだ。アグネスには彼無しの生活は考えられなかった。

 しかし,絶えず虫を探すピーターの様子にさすがにアグネスも不安になるが,ここで初めてピーターは自分の正体を明かす。ピーターは実は軍の人体実験の被験者であり,生物兵器として開発された昆虫を感染させられ,なんとか病院から逃げてきたのだ。当然,彼の行方を軍とCIAが追っていて,見つかれば病院に逆戻りだ。そして,アグネスも虫に刺されるようになり,二人は虫から逃れるために必死になる。部屋中にアルミホイルを貼り(虫が出す電波を散乱するため),天井から無数のハエ取り紙を吊るし,殺虫剤を部屋中に噴霧する。そして,身体から取り出した「卵嚢」を顕微鏡で見ては,自分の身体の中でどんどん虫が増えていっていることを確信する。そんな二人の前にムショ帰りのジェリーが帰ってきて・・・という映画である。


 これはもともと,2004年に公開されたオフ・ブロードウェイの舞台劇で,それを映画化したものらしい。その舞台の主演を務めたのがマイケル・シャノンで,彼はこの映画のピーター役を演じている。舞台作品ということで,映画の舞台はほとんどアグネスの住むモーテルの中に限られて,ほとんど予算がかかっていないんじゃないかと思われるほど質素な映画だ。しかも,セリフのある登場人物は10人以下で,シーンの大半はピーターとアグネスの会話シーンである。逆に言うと,これだけの条件で140分間,緊迫した映画にするのだから,どれほど脚本が優れているかがわかると思う。

 映画のピーターが噛まれる「虫」だが,上述の映画の粗筋を読んだだけで,勘の良い人はその正体がわかると思う。もちろん虫の正体は〇〇だ。その〇〇に次第にアグネスも噛まれていく過程が変にリアルで怖い。何より,絶えず顔の周りの虫を追い払おうとする二人の演技がヤバイくらいにリアルだ。特にピーターの演技は,こいつ,本当に▲▲なんじゃないか,と思わせるほどの異様な迫力だ。

 そして,効果音の使い方がまたうまい。虫の羽音,電話のベル,そして次第に近づいてくるヘリコプターの回転翼の音が恐怖をそそる。途中のヘリコプターの爆音に部屋が包まれるシーンで「あれ? これって変だよね」というところがあり,多分このあたりでほとんどの人は映画の仕掛けがわかると思う。逆に言うと,このタネ明かし的シーンは余計だったかもしれないな,とも思う。


 こういう所を見るとすごい映画なんだけど,私はピーターにもアグネスにも感情移入できなかったし,なんでアグネスはこんなに馬鹿なんだろう,常識を持てよ,と言いたくなってしょうがなかった。

 最初にピーターが虫に噛まれるシーンで,ピーターは「アリマキが噛んだ」と大騒ぎするんだけど,昆虫に詳しい人でなくてもアリマキは植物の師管液を吸う虫であって,ヒトを刺したり噛んだりしないことは常識だと思う。だからこのシーンのアリマキにこだわるピーターを見て,「ああ,こいつは〇〇なんだ」って正体がわかってしまったのだ。正体がわかってしまうと,ピーターの行動は全て納得が行くものばかりだ。要するに,ピーターは●●にいないといけない人間であり,外に出てはダメな人間である。

 常識的に考えたらピーターの異常さにはすぐに気が付きそうなものだし,実際,RCもジェリーも一目で正体を見抜く。それなのに,なぜかアグネスにだけはピーターの異常さに気がつかない。アリマキだ,アリマキだとピーターが騒いでいたら,本当にアリマキが人を刺すかどうかを調べたらいいじゃないか。何でそんなこともしないで,人の意見を鵜呑みにする? おかしいと思ったら疑えよ。おかしいと思ったら自分の頭で考えろよ。それを一途な愛,愛の盲目と呼ぶ人もいるだろうが,私は単に馬鹿だと思う。

 そんなわけで,その後の二人の行動はまさに予定調和。〇〇と,〇〇の言動を盲信するおバカさんの末路そのものである。映画監督はこの作品をラブストーリーだと語っているらしいが,私にとってはあまりにアホらしい展開にラブストーリーであることすら気がつかなかったくらいだ・・・監督には悪いが・・・。

 そんなわけで,ピーターが登場するまでは悪くない映画だと思う。ここまで疲れ切った中年女の顔をさらけ出してアグネスを演じるアシュレイ・ジャッドも偉いと思う。だが,ピーターが「アリマキ」と断定したシーン以降は全く駄目だ。面白くもなければ怖くもない映画だ。もちろん,アグネスがピーターの言動を信じるためには「ピーターは異様に虫に詳しい」という設定が必要だったことはわかるが,それだったら人を刺してもおかしくない虫を持ち出せばよかっただけである。


 この映画、特にアグネスの行動を見ていて感じた不快感は何かに似ていると思ったら、あの連合赤軍のリンチ殺人事件の当事者や、麻原彰晃の空中浮遊を頭から信じ込んでいるバカ(熱心な信者とも言う),あるいは教科書やCDCガイドラインを盲信するだけの医者と看護師に対して感じる不愉快さと同じだ。自分で考えずに他人の考えに引きずられるだけの人間を見たときに感じる嫌悪感と同じだ。だから私はこの映画を見てもアグネスの行動や内面の変化に感情移入できなかったし,最後まで不愉快な映画だったのだ。


 というわけで,CDCのガイドラインは絶対に正しい,他人の書いた論文は絶対に正しい,学会のガイドラインは神聖犯すべからざる真理だ,統計処理がきちんとされているデータは正しいと信じ込んでいるオメデタイ医者や看護師にこの映画を捧げよう。君たちはこの映画のアグネスと同じだ。

(2011/03/25)

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