《アイガー北壁》★★★★★(2008年,ドイツ/オーストリア/スイス)


 魔のアイガー北壁を舞台にした感動的傑作山岳映画。同種の映画は他にも幾つかあるが,これはその中でも出色の出来ではないかと思う。「実話を元にしたとあるけれど,どの程度正確なのか疑問」とか,「オーストリア人の描き方があまりに一方的に悪く描かれている」とか,難癖をつけようとすれば幾らでも付けられるだろうが,垂直の壁に吹きすさぶ嵐の凄まじさ,落石の破壊力,それに立ち向かう若きクライマーたちの姿を見ていると,そんなことはどうだって良くなってくる。そして,多くの挑戦者たちの命を飲み込む魔の絶壁の前では,人間ってなんてちっぽけで頼りなげなのだろうかと,自然への畏敬の念を覚えるばかりだ。

 この映画をこれから見ようとする人は,いわゆる「ネタバレ系解説」は絶対に読まないで観た方がいい。予備知識をあまり入れずに観た方がいい。その方が絶対に楽しめるからだ。そして120分間,一時も画面から目を離せない迫力あるシーンの連続に酔いしれるはずだ。


 舞台は1936年7月。この年,ナチス政権下のドイツではベルリンオリンピックの開幕を控え,国威発揚のため,前人未到のアイガー北壁への初登攀をドイツ人の手で達成しようと望む声が高くなり,登頂者にはオリンピックで金メダルが授与されることになった。そこで白羽の矢が立てられたのは優秀な登山家,トニーとアンディのコンビだった。冷静沈着なトニーと陽気で行動的なアンディはそれまで,幾つかの未踏峰を制覇していたからだ。そして二人はアイガー北壁の麓(ふもと)に向かうが,同様に初登攀を狙うオーストリアの登山家チーム(ヴィリーとエディ)たちがキャンプを張っていて,登攀開始のタイミングを狙っていた。

 一方,ドイツ人登山家によるアイガー北壁制覇の記事を他社より早くネタにしようとする新聞社の記者は,その会社で働く女性のルイーゼとともにアイガーの麓のホテルに向かう。ルイーゼはトニー,アンディと同じ村で育ち,彼らをよく知っていたからだ。そのホテルには,初登頂の様子をひと目見ようとヨーロッパ各地の金持ちたちも集まっていた。

 当初,ドイツチームとオーストリアチームはライバル心むき出しで登攀を開始したが,途中でオーストリアのヴィリーが落石で怪我をしてしまう。相棒のエディは下山を勧めるがヴィリーは頑として登頂を目指そうと言い張り,登山は続けられるが,やがてヴィリーは動けなくなってしまい,ここから4人の運命の歯車が狂いだす。

 ヴィリーが自力で動けなくなったことを知ったドイツチームは彼らに合流するが,選択肢は,登って安全な南側のルートから下山するか,このまま降りるか,二つに一つだ。結局彼らは初登頂を諦め,下山することを決断する。しかしこの時,嵐が彼らを襲って強風と激しい雪が彼らを翻弄し,魔の北壁が牙を向いて襲いかかる・・・という映画だ。


 とにかく,人を寄せ付けようともしないアイガー北壁の姿が凄まじい。この映画では実際のアイガー北壁でロケが行われたそうだが,岩の壁がほとんど垂直に屹立している様子に言葉を失ってしまう。わずかな亀裂や小さな岩のくぼみにしか人間が身を隠す場所がない。ビバークしようにもその場所すらない。そして,垂直の壁でないところは雪田となっていて,これまた人間の行く手を阻んでいる。そして,岩の壁は脆く常に落石の危険をはらんでいる。

 そして,この標高差1,800メートルという巨大な岩の壁を登る人間のなんと小さく,頼りないことだろう。アイガー北壁において,人間なんて絶壁のシミでしかないのだ。おまけに,当時は登攀用具は手作りであり(実際,トニーたちが鍛冶屋のように鉄を溶かしてピッケルなどを作っているシーンがある),着ている防寒具は私たちの目からすれば「東北地方の冬の普段着」より粗末であり,そもそも防寒具と呼べないような軽装である。

 そんな装備で彼らは祖国の威信をかけてアイガー北壁に挑むのだ。とりわけ,ケガをして動けなくなったヴィリーを守りながら下山する様子は,見ていて息が苦しくなるほど迫真的だ。しかも,降りても降りても垂直の壁は続き,そればかりか,雪と極寒が襲いかかるのだ。まさに身震いするほどの怖さだ。よくも,こんな恐ろしい映像が撮れたものだと思う。


 女性新聞記者のルイーゼは最初,御世辞にも美人ではないし,最初に登場するシーンでは野暮ったくて女性としての魅力に欠ける。だが,恋人トニーを救おうとして必死に行動するあたりから,彼女は俄然,魅力的になるのが不思議だ。特に,宙吊りになって動けないトニーのそばに一歩でも近づこうとし,必死に声をかける彼女は神々しいばかりに美しい。

 一方,初登頂を見物するために集まった金持ちたちや記者たちは,望遠鏡で彼らの姿を見ては暖かいホテルに戻り,夜毎にパーティーを開いている。食料も水もなく極寒に震える挑戦者たちと正反対に,見物客たちは酒と食べ物の山に囲まれ,暖炉はあかあかと燃えている。まさに,ローマの貴族たちが奴隷とライオンを戦わせて見物をしていたかのように,彼らは安全なところからシャンパン片手に必死の登頂を見物しているのだ。そして,トニーたちが途中で登頂を諦めて下山しようとしていることがわかると,彼らは「見世物は終わった」と言わんばかりにさっさと帰っていく。挑戦者と見物客の様子が交互に映されるため,その対比は強烈であり,観客の口の中がなにやら苦くなってくる。そしてそれは,遭難寸前のトニーたちを助けようと呼びかける声に「私は関係ない」と応える金持ちの姿で頂点に達する。命のやりとりですら,金持ちには退屈な見世物でしかないのだ。


 アイガー北壁への挑戦の歴史は死屍累々たるものだ。この映画に描かれている北壁は荘厳であり,崇高であり,壮麗であり,人を容易に寄せ付けない偉容を誇っている。そして同時に,圧倒的に美しい。だからこそ,人間はそれに惹かれ,取り憑かれ,不可能な登攀に挑戦したのだろうと思う。個人的な名誉のためだろうと,国の名誉のためだろうと,ヒロイズムと冒険心の発露だろうと,そんなことはアイガー北壁にはどうでもいいことなのだろう。剥き出しの大自然の前では,人間なんて吹けば飛ぶようなちっぽけな存在なのだから。


 最後に,アイガー北壁についての知識をまとめておく。

 アイガーは3,970mの高さを持つヨーロッパ・アルプスの名峰であり,北部の岩壁(北壁)は高低差1,800mという圧倒的な岩の絶壁であり,グランドジョラス北壁,マッターホルン北壁と並び,登山の歴史の中で頑として人間の挑戦を跳ねつけてきた3つの北壁の一つだった。

 山頂への登頂そのものに成功したのは1858年(作曲家のシューマンが死んだ2年後)であり,19世紀のうちに南西稜,南尾根からの登頂ルートが開拓された。1921年には日本の登山家,槇有恒が世界で初めて北東山稜からの登頂に成功している。しかし,垂直の岩壁が連続する北壁だけは難攻不落の要塞であり,人間の挑戦を退け続けていた。

 史上初のアイガー北壁挑戦をしたのは1934年のドイツ隊だったが,彼らは途中で滑落死,全員死亡する。翌年,マックスとカールが再挑戦したが,頂上まで600メートルの第3雪田で動けなくなり凍死。以後,第3雪田は「死のビバーク」と呼ばれることになる。

 1936年,ドイツのアンドレアス・ヒンターシュトイサーとトニー・クルツ,オーストリアのエディー・ライナーとヴィリー・アンゲラーが挑戦(これがこの映画である)。アンドレアス(アンディ)が第1雪田のトラバースに成功し,以後,このルートは「ヒンターシュトイサー・トラバース」と呼ばれることになり(トラバースとはザイルを使って横に振り子のように移動する技術のこと),彼らは「死のビバーク」も乗り越える。しかし,ヴィリーの負傷から下山を決意するが,悲劇が彼らを襲う。これ以後,北壁登攀が禁止される。

 1938年7月,別々に登攀を開始したドイツチームとオーストリアチームが,途中で一つのパーティーとなり,初登頂に成功し,アイガー北壁はついに神の北壁から人間の領域となる。

 日本人では,1965年の高田光政が北壁を初登頂していて,その様子は新田次郎により『アイガー北壁』という小説に描かれている。

 ちなみに,私が一番最初にアイガー北壁という言葉を知ったのは,ボブ・ラングレーの冒険小説『北壁の死闘』だった。今ではもうストーリーもうろ覚えだが,アイガー北壁に追いつめられた主人公が極寒の垂直の壁に挑む姿に身震いしながら読んだ事を覚えている。

(2011/03/31)

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