《運命を分けたザイル "Touching the Void"★★★★★(2003年,イギリス)


 凄絶な再現型ドキュメント映画である。実在するイギリスの二人の登山家,ジョー・シンプソンとサイモン・イェーツが南米ペルーにある未踏峰,標高6600メートルのシウラ・グランデ西壁ルートを初登攀したものの事故に見舞われ,奇跡的に生還する様子を描いた作品だが,ジョーの陥った状況は後述するように,困難とか危機的状況とかいう言葉が甘っちょろく感じられるほど絶望的なものだったのだ。ジョーが生きて帰れたことは最初から観客には判るのだが,その状況はどうみても,絶対に生きて帰れないはずの状態なのだ。映画で見ればなおさら,彼が生きていることが不思議に思えるほどだ。

 そして,シウラ・グランデの荒ぶる西壁の凄まじさには言葉を失う(撮影は本物のアンデス山脈で行われ,撮影自体が困難を極めたという)。まさにそれは人間が足を踏み入れてはいけない神の領域なのである。天空に屹立するシウラ・グランデの広大無辺な雪原の前では,人間はまさにケシ粒同然なのだ。


 1985年,イギリスの若きクライマー,ジョー(ブレンダン・マッキー)とサイモン(ニコラス・アーロン)はアンデス山脈の未踏峰シウラ・グランデに挑戦する。しかも彼らは,ほぼ垂直の岸壁が連続する西壁の登攀を狙う。

 二人は,ベースキャンプを設置せずに最小限の食料と機材だけを持って一気に登頂するアルパイン・スタイルを選択する。つまり,限られた時間内に登攀しなければいけない。二人は予想外の事態に次々と遭遇するが,あらん限りの体力と技術を駆使し,着々と頂上に近づいていく。そして3日目,ついに彼らは難攻不落の西壁を登りきり,初登頂に成功する。二人は疲労困憊していたが,後は,比較的楽な南稜を降りていくだけだった。

 しかし,シウラ・グランデはその時を狙いすましたように二人に牙を剥き,二人を生きて帰すまいと意図しているかのように次々と猛攻撃をしかけ,体感温度マイナス60℃の極寒が二人に襲いかかる。突然,先頭を歩くジョーの足下が崩れる。雪庇だったのだ。ジョーは数十メートル滑落し左足を強打し骨折してしまい,動けなくなる。しかも飲料水も食料も燃料も底をついている。だが,冷静なサイモンは二人で下山することを諦めなかった。

 サイモンは二人の体を45メートル,太さ9ミリののザイルで繋ぎ,ジョーを45メートル下まで降ろし,そこでジョーに確保してもらって自分も降り,さらにジョーを45メートル降ろし・・・という気の遠くなるような方法を考え出す。しかし,二人が助かるにはそれしか方法はない。だが,何度目かの下降の時,雪の斜面と見えたのはまたも雪庇だった。ジョーは宙吊りになり,動けなくなってしまう。サイモンに呼びかけるが猛烈な風に声はかき消されてしまう。

 一方,サイモンは45メートル下のジョーがどういう状態なのかわからないが,ジョーが体を確保できていないことだけは明らかだった。そして,大声で呼びかけてもジョーからの返事は返ってこない。おまけに,雪は新雪で体を確保するのに不向きだ。事実,足場の雪は次第に崩れ始め,彼自身が下に引っ張られ始めてしまった。

 一方,ジョーはサイモンに引き上げてもらうこともできず,助かるためには自分自身の腕の力だけで45メートルのザイルを登るしかなくなってしまう。しかし,指はかじかみ,まともに動いてくれない。それでもジョーは何とかザイルを登り始めた。

 その時突然,彼は宙に投げ出されてしまい,猛烈な勢いで落下する。自分の体も確保できなくなったサイモンがついにザイルを切ってしまったのだ。

 意識が戻ったジョーは自分が深いクレバスの中に落ちていることを知る。クレバスの入り口は数十メートル上で,自力で登ることは不可能。そして体のすぐ脇には真っ暗な亀裂が口を開けていて,それはどこまで続いているか見当もつかない状態だった。そして,サイモンと連絡を取ることもできず,水も食料もなく,ヘッドランプの電池も残り少なくなっていた。おまけに片足を骨折している。

 だが,それでもジョーはまだ諦めていなかった。彼はあくまでも生還しようとする。自分を哀れみ,不運を嘆きながら死ぬのはいやだ。座して死を待つのでなく,行動し前に進もう。それで死ぬのなら納得できる。そして彼は生きて帰ろうと決断し,折れた足を引きずりながら前に進んでいく。動くたびに激しい激痛が襲い,気が遠くなる。しかしそれでも,彼は前に進み続けたのだ。
 ・・・だが,それはまだ,その後ジョーを襲う様々な苦難の前触れに過ぎなかった・・・という映画である。


 映画はジョーとサイモンが交互にナレーションをし,それに再現映像が組み合わさって進行する。つまり,ジョーもサイモンも生きて帰れたことは最初からわかっている。だが,ジョーがクレバスで意識を取り戻した状況はすでに,どう足掻いても助かりそうにない状態なのである。彼は片足を骨折して歩けず,移動手段は二本の腕しかないのである。おまけに食料も水もなく,装備も必要最低限なのである。しかもクレバスの壁は断崖絶壁のようにそそり立っているのだ。幸運にもその氷の壁を2本の腕だけで登りきったとしても,待っているのは吹き荒れる嵐の荒涼たる雪原だ。これでどうやって助かるというのだろう。1%の奇跡を信じて・・・という言葉はよく使われるが,ジョーの陥った状況はどう考えても助かる確率0%なのである。

 だが,ジョーは気力と根性と体力で,その死のクレバスから抜け出る。だがそれで助かったわけではない。ところどころにクレバスが口を開けている広大な氷河の上に出ただけだったからだ。何とかそこを抜けるが,今度は大きな岩がゴロゴロ転がっているガレ場である。

 しかしそれでもジョーは諦めない。目印となる場所を決め,そこに20分以内に到達するという目標を立てるのだ。そしてそこに到着できたら,また次の目印を定め,そこに20分かけて到達しようとする。骨折の激痛に耐え,喉の渇きと空腹に耐え,それでもジョーは20分のノルマを自分に課す。絶えず諦めて休もうとする自分を,もう一人の自分が鬼のように駆り立てる。何という男だろうか。

 一方,ザイルを切って助かったサイモンは何とかベースキャンプにたどり着く。もちろん彼は,ジョーが生きていないことを知っている。自分が殺したからだ。ベースキャンプで彼らを待っていた男(全く見ず知らずの男で,たまたま麓の町で声をかけて数日間,テントを守ってもらった)は何が起きたのか直感する。サイモンの手指は凍傷で黒くなり,すぐにでも病院に行くべきだと主張するが,サイモンはなかなか動こうとしない。そして5日後,ジョーに別れを告げ,翌日出発しようとしていたその夜,奇跡が起こる。


 帰国後,サイモンは登山協会やマスコミに自分が生きるためにザイルを切ったことを正直に告白し,そのため彼は非難の的となり,罵詈雑言を浴びせられる。しかし,ジョーは最後まで「サイモンの判断は正しかった。逆の立場だったら自分もザイルを切っていた。彼のことは恨んでいないし,今でも最高の友人であり,命の恩人だ」とかばい続けたという。何というすごい男なのだろうか。

 帰国当時,ジョーはもう二度と歩けないと医者に宣告される。だら,彼はその後,6度の足の手術を受け,9ヶ月間ギブス装着後,厳しいリハビリを乗り越えて,再び歩けるようになり,それどころか登山の世界に復帰するのである。もうここまできたら,言葉を失うしかない。


 ちなみに,この映画は『死のクレバス』という本を元に作られているそうだ。

(2011/05/20)

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