画家の人生を題材にした映画は多く,秀作がそろっているが,これは中でもとびっきりの傑作,感動作である(・・・とは言っても,私は音楽系や美術系映画には点数が非常に甘いのだが・・・)。41歳から絵を描き始め,50代にして初めて世に知られることになった女流画家セラフィーヌ・ルイ(1864-1942)の後半性を描いた作品だが,セラフィーヌを演じるヨランド・モローの鬼気迫る迫真的演技と,スクリーンに登場するセラフィーヌの生命力溢れる絵画の数々に圧倒されっぱなしだった。
「あなたは絵を描きなさい」という天使の言葉に従って神に仕えるが如く独特の絵を生み出していく画家と,彼女の稀有な才能にいち早く着目した画商のタッグにより,彼女の絵は次第に世に知られていくが,そんな二人を第一次世界大戦,そして世界大恐慌という時代の悲劇が襲い,激流に飲み込まれてしまう。救いようのない悲劇の中でセラフィーヌの人生の幕が閉じるかに思えたその時,奇跡のラストシーンが舞い降りる。大きな木とその根本に座るセラフィーヌの姿だけのラストシーンは何も語らない。なんて素晴らしいシーンなのだろうか。まさに至福の一瞬である。
舞台は1912年のフランス郊外にあるサンリス県。貧しい独身の中年女性セラフィーヌは掃除婦,家政婦をしながら何とか糊口をしのいでいた。そんな彼女は人知れず絵を描いていた。人に頼まれたわけでもなく,人に見せるためでもなく,天使に命じられて心のままに描いていた。正式に絵の勉強をしたこともなければ,師匠について学んだこともない。そして,絵の具も碌に買えないため,教会の灯明の油を盗んで動物の血と混ぜたり,野草を摘んできてはすり潰して色素を取りだして絵の具にしていた。
そんなセラフィーヌが家政婦として働くデュフォ婦人の家にドイツ人画商のヴィルヘルム・ウーデが妹と一緒に引っ越してくる。彼はピカソの才能をいち早く見抜き,全く無名の画家アンリ・ルソーに着目した画商であり,その審美眼は一流だった。そしてある夜,デュフォ婦人宅での絵画愛好家の集まりに参加したウーデは,部屋の片隅に無造作に捨てられている一枚の絵に目が釘付けとなり,その小さな絵画の持つ荒削りだが不思議な魅力に圧倒される。そして婦人から,それがあの家政婦の作品であることを知る。
ウーデから「あなたの絵の才能はゴッホ級だ」と告げられてもセラフィーヌはからかわれているとしか考えなかった。だが,ウーデはセラフィーヌの他の絵を全て買い取り,個展を開くことを約束し,援助を申し出る。
だが2年後,第一次世界大戦がフランスに及び,ドイツとフランスは交戦状態になる。財産没収を恐れたウーデと妹は辛くもスイスに逃げるが,セラフィーヌはまたも掃除婦に逆戻り。だが,ウーデの「もっと勉強が必要だ」という言葉を胸に,彼女は赤貧の中,鬼気迫る形相で創作を続けていく。
1927年,平和が戻ったフランスにウーデは再び戻ってきた。そして彼の目にある新聞記事が飛び込む。サンリス県在住の画家の展覧会が市役所で開かれるという記事だった。もう既にセラフィーヌはこの世にいないかもしれないとウーデは考えていたが,一縷の望みをかけてその展覧会に出かけ,そこでセラフィーヌの絵画と再会する。それは対戦前の彼女の作品をさらに進化させた恐るべき大作だった。彼女は苦難の時代にも修練を怠らなかったのだ。
ウーデはセラフィーヌをゴッホやルソーと並ぶ天才として世に送り出し,彼女の絵は絶賛され,彼女は極貧状態から抜け出すことができた。60代半ばにして初めて,彼女は画家として世に認めらる。
ようやく彼女は,金の心配をせずに画材や絵の具が買えるようになるが,その頃から奇行が目立つようになる。結婚相手もいないのに高価なウェディングドレスを注文し,豪華な邸宅を購入しようとしたのだ。ウーデならこの位の金を出してくれるはずだからだ。
だが彼女は,ニューヨークで株が大暴落しヨーロッパにも波及してきたことを知らなかった。1929年の世界大恐慌である。ウーデは破産して財産は差し押さえられてしまい,もう金を出せないことをセラフィーヌに伝えるが,彼女にはその言葉が理解できない。そして彼女の中で何かが音を立てて崩れる。
ウーデからの電話にセラフィーヌは「結婚式には天使が皆来てくれることが決まっている。もう予定は変えられない」と怒鳴り,電話を切ってしまう。翌日,純白のウェディングドレスに身を包んだ彼女は素足で道を歩いていた。その姿を見た住民たちが警察を呼び,彼女はついに精神病院に収容され・・・という映画である。
とにかく,映画の中で紹介されるセラフィーヌの絵が凄い。私は絵画については全く詳しくないのでそちらについては言及しないが,画面全体を埋め尽くす花や果実が圧倒的な迫力で描かれていることはわかる。精緻でありながら大胆不敵,幻想的であり,どこか不気味ささえ漂う絵だが,細かく描かれた花弁の一枚一枚に命が宿り,木の葉からは葉ずれの音が聞こえてきそうだ。血を混ぜて作り上げられた赤の色は,生命感と躍動感に満ち,見る者に迫ってくる。
そして,みすぼらしいアパートの一室で,ローソクの灯りだけを頼りに絵の具を調合し,花びらや葉でキャンバスを埋めていく姿はまさに鬼気迫るものがある。恐らく,この時,彼女の耳には,「あなたは絵を描きなさい」という天使の言葉しか聞こえていないのだろう。画家セラフィーヌは彼女にしか聞こえない天使の言葉を,無心でキャンバスに写し取っていたのだ。そして,絵を描く彼女は常に賛美歌を口ずさむ。そんな彼女の表情は聖女のようであり童女のようだ。まさに彼女にとって,絵を描くことと神を奉じることは同義なのだ。
モーツァルトやシューベルトが労せずに次々と新しいメロディーを生み出していったように,ラマヌジャンが目覚めるたびに数論の定理を生み出していったように,セラフィーヌは何者かに導かれるように楽々と絵を描いていく。
だが,彼女の絵が知られ高額で買い取られるようになってから,絵を描く彼女の口元から賛美歌が消える。ただ神のために描いていた絵が,何か別のものに変わってしまったのだ。そんな変化を名優モローは恐ろしいばかりの迫真性で演じ分けていく。
果たしてセラフィーヌにとって「絵が売れる/画家として知られる」ことは幸福だったのだろうかと思う。彼女は「天使の声が聞こえてきて」絵を描き始めたが,もともと精神的に危ういところがあったのではないかと思う。彼女にとって絵を描くことは現実世界とは一切関係がない内面世界のものであり,家政婦として掃除をしたり川で洗濯物を洗ったりすることが,恐らく現実世界との唯一の接点だったのではないだろうか。その接点が小さかったから,彼女は彼女なりに現実社会で生きていけたのではないかと思う。
しかし,彼女が画家として知られるようになった時,現実の社会が彼女の内面社会に土足で踏み込んできた。しかも,それに第一次大戦と大恐慌という大波が加わるのである。これでは彼女の精神はひとたまりもなかったと思う。
ちなみに,彼女の絵は国内には一点のみ存在し,世田谷美術館に所蔵されているそうである。
(2011/06/01)