《扉をたたく人 "The Visitor"★★★★★(2007年,アメリカ)


 心に残る傑作映画だ。有名俳優や美人女優が出るわけでもなければ,大きな派手な事件が起こるわけでもない地味な映画である。初老の大学教授と彼がたまたま出会った2人の不法移民との数日間の交流を描いていただけの映画なのに,なんと素晴らしい作品に仕上がっていることだろうか。

 ちなみにこの作品は,余りに地味な内容のために最初は4館のみで上映されただけだったが,その素晴らしさが評判を呼び,6週間後には全米興行収入でトップテン入りし,最終的には6ヶ月間のロングランとなったそうである。いい話である。


 初老の経済学の大学教授ウォルター・ヴェイル(リチャード・ジェンキンス)はコネティカットの大学で教鞭をとっていた。しかし,ピアニストをしていた妻を数年前に亡くしてからは抜け殻のような生活だった。大学の講義にも身が入らず,論文も書いてもいなかった。亡き妻の思い出をたどるようにピアノの練習を始めてみたものの一向に上達せず,ピアノの先生もお手上げ状態。

 しかしある日,どうしてもニューヨークの学会に出席せざるを得なくなり,嫌々ながらニューヨークに行き,かつて仕事場として使っていたアパートに向かった。しかし,その部屋には先客がいた。若いカップルであり,知人に騙されてその部屋を借りたのだった。ウォルターは二人を追い出したが,行く宛もない二人を不憫に思い,二人に「次の部屋が見つかるまでいてもいい」と申し出る。そして,シリア出身のタレク(ハーズ・スレイマン),彼の恋人でセネガル出身のゼイナブ(ダナイ・グリラ),そしてウォルターの生活が始まる。

 タレクは民族楽器のジャンベ(アフリカの打楽器)の演奏者であり,ゼイナブはアクセサリーを作って路上で売ることで生活していた。そして,人なつこく,礼儀正しいタレクにウォルターは次第に心を開くようになり,彼が演奏するライブハウスに誘われたことから,躍動するアフリカのリズムに次第に心が高揚していく。やがてタレクはウォルターにジャンベの叩き方とリズムの取り方を教えるようになる。

 しかし,たまたま地下鉄でタレクが無賃乗車の疑いをかけられ,警官に捕まってしまう。もちろん,一緒にいたウォルターはその疑いを晴らそうとするが,警官は聞く耳を持たず,タレクは拘留される。実はタレクは不法移民だったのだ。そして彼は不法移民収容所に収監されてしまう。ウォルターはタレクを助けようと奔走するが,「9.11」で移民を厳しく取り締まるようになったアメリカの法の壁は厚く,どうしようもできなかった。

 そこに,タレクと連絡が取れなくなって心配した母親のモーナ(ヒアム・アッバス)がミシガンからウォルターの部屋にやってくる(もちろん,タレクは自分の部屋としてその住所を母親に連絡していたから,彼女はこの部屋にやってきたわけだ)。実はモーナ自身が7年前にシリアからやってきた移民だったのだ。そしてモーナはウォルターに,夫(=タレクの父親)はジャーナリストでシリア政府を非難する記事を書いたことから獄中に入れられ亡くなったことを伝えられる。

 ウォルターとモーナは次第に親しくなっていくが,しかし数日後,タレクはいきなりシリアに強制送還されてしまう。その知らせを聞いたモーナは自分も帰国することを決心する。しかしそれは,二度とアメリカに帰って来れないことを意味していた。そして飛行場にモーナを送っていったウォルターはついに彼女への思いを打ち明けるが・・・という映画である。


 とにかく,細部に至るまで心が行き届いた作品である。どんなワンシーンにも心がこもっていて,意味のない台詞は一つもない。全体を通して見るとそれがよくわかる。

 そして何より,ウォルターを演じるリチャード・ジェンキンスが素晴らしい。彼はこの年のアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたが,魂が抜けたような無気力な男が熱く行動する男に変貌する様子を感動的に,そして完璧に演じている。彼は長年,脇役として多数の映画に出演していて,確かこの作品が初の主演作品だったと思うが,主演男優賞を受賞しなかったこと自体が信じられないほどだ。それほど彼の演じるウォルターは素晴らしい。

 スクリーンの中のウォルターは62歳,つまり,今の私はあと8年で彼の年齢に達する。ウォルターは恐らく長年経済学の教授を務め,恐らくあと1年か2年で定年だ。経済学の新しい概念を打ち立てるほどの学者ではなかったかもしれないが,経済学を学ぶ学生に学問の基礎をきちんと教え,同僚からアドバイスを求められれば適切に答え,何冊かの専門書を出版できている。学究の徒としては理想の人生と言える。その彼が,最愛の妻に先立たれてしまう。62歳になってから新しいことに挑戦するのは難しいし(・・・だから,ピアノのレッスンを始めてもウォルターはピアノをうまく弾けるようにはならない),自分自身にいつ死が訪れてもおかしくない。だから彼は孤独の中に心を閉ざし,周囲の人たちとの接触も避けている。現在54歳の私にとっては他人事ではないのである。


 だが,そういうウォルターの堅く閉ざされた「心の扉」をタレクが叩く(この意味で,"The Visitor" という原題を《扉をたたく人》という邦題にした配給会社のセンスは素晴らしいと思う)。そして,タレクの叩くジャンベのアフリカン・リズムがウォルターの心の琴線に響き,やがて共鳴していく。タレクがウォルターに単純な基本リズムの叩き方を教え,それに乗ってタレクが複雑なリズムでセッションするシーンは初老の男の魂の躍動を感じさる。

 同様に,公園で即興のセッションをするミュージシャンの演奏にタレクが加わり,勇気を奮ってウォルターも加わって演奏するシーンもいい。若いミュージシャンたちに混じって,頭の禿上がったスーツ・ネクタイ姿の初老の男が加わるのである。違和感ありまくりである。だが,その初老の男が無心で叩くジャンベの打音はリズムセッションに溶け込んでいき,ウォルターの心は解き放たれていく。そんなウォルターの表情の変化が感動的だ。

 そして,すべてに無関心で無気力だった62歳の男は一人の不法移民を救うために奔走し,怒鳴り,当局の形式的で冷たい対応に憤怒し激高する。腑抜け老人の心の奥底には,まだ熱いものが残っていたのだ。そういうウォルターの変貌に,私たちの心もまた熱くなる。


 母親のモーナを演じるヒアム・アッバスの凛とした美しさが圧倒的だ。背筋がピンと伸び,強いまなざしが見る人の目を捉えて離さない。内面の美と輝きが彼女の目を見ているだけで伝わってくる。まさに希有の女優である。

 そしてタレクもまた魅力的だ。礼儀正しくて人なつこく,彼の笑顔を見ているだけで何だか幸せな気分になってくる。音楽の仕事をしたくてミシガンからニューヨークに単身で出てきた彼を応援したくなる。なぜこんな好青年が不法移民として逮捕され,強制送還されるという理不尽さに怒りを覚えてしまう。彼は誰も傷つけていないし,何も奪っていない。

 考えてみたら,この映画には悪人は一人も登場しない。ウォルターもタレクもゼイナブもモーナも善良な人間だ。収容所の職員も職務に忠実なだけで,人を困らせるために規則に厳格なのでなく,社会の秩序を守ろうとして法を厳格に適応しているだけだ。善人が正しく生きているだけなのに,なぜか不幸な人間が生まれてしまう。そういう社会の悲劇をこの映画は静かに,そして容赦なく抉りだしていく。映像が声高に何かを主張せず,終始,言葉少なく静謐なだけにその悲劇性は余計に強く伝わってくる。


 この映画は2001年の「9.11」でアメリカ社会が変化してしまったことを描いている。それまでのアメリカは移民に寛容だった。そもそもこの国は移民が作り上げた国だったからだ。だからこそ,モーナは移民局からの通知をつい無視してしまったし,彼女の周囲の人たちも「移民の一人一人を国が追いかけてくるなんてあり得ないよ。心配ないよ」と考えていた。しかし,「9.11」でアメリカ社会は移民に不寛容な社会に変化してしまったようだ。だから,一通の通知を無視した移民を許さなかった。社会のルールが一挙に変わってしまったのだ。

 この映画は,地下鉄駅でウォルターがジャンベを叩くシーンで終わる。「自分はタレクを救えなかったし,モーナも幸せにできない」・・・そんな己の無力さとふがいなさを叩きつけるようにウォルターはジャンベを叩く。彼の無念さが痛いほど伝わってくる。
 だが,ウォルターはそれまでの行動しない無気力・無害な老人でもなければ,沈黙のチキン野郎でもない。彼は今後,何かあったら社会に対し声を上げ,行動するはずだ。社会に対して声を発することができると気づいた男に,もう沈黙はない。彼の叩くジャンベのリズムは宣戦布告の闘いの音楽だ。


 ウォルターが変われるのなら,私たちもまた変われるはずだ。この映画はそう訴えかけてくる。

(2011/06/07)

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