《運命を分けたザイル2 "The beckoning silence"★★★★★(2007年,イギリス)


 あの《運命を分けたザイル》のジョー・シンプソンが帰ってきた。前作はアンデス山脈の未踏峰初登頂に挑戦し,滑落事故から奇跡の生還を果たすジョーの姿を描いたセミ・ドキュメンタリー映画だったが,第2作目はそのジョーが少年の頃から敬愛する登山家,トニー・クルツのアイガー北壁登攀の記録を追体験するドキュメンタリー作品だ。


 ジョーはアンデスの事故で折れた足を酷使して生還したがその代償は大きかった。彼は6度に及ぶ手術を受け,9ヶ月間ギプス固定をする羽目になり,退院時,主治医は「もう2度と自分の足で歩けないだろう」と彼に告げた。6度の手術が必要だったのだから,普通の単純骨折ではなかったのだろう。何しろ彼は,その折れた足で5日以上さまよい歩いたのだ。恐らく,骨接合のトラブルだけではなく,循環傷害による皮膚のトラブルも重なったのだろうと思われる。

 しかしそれでも,ジョーの山にかける情熱を失わなかった。彼は足に負担のかからないプールでの運動から始め,次第に足が動くようになり,ついに自分の足で歩けるようになった。まさに不撓不屈の男なのだ。そしてあの事故から5年後,彼は新たな挑戦を考えつく。ジョーにとって子供の頃から憧れの登山家はトニー・クルツだったが,彼の最後の登山となった「アイガー北壁初登頂」の様子を再現するという試みである。1936年,若き天才クライマーの誇りと,ナチス政権の国家威信を懸けて企てられた不可能への挑戦だった。このクルツの死闘は先日このサイトで紹介した《アイガー北壁》という傑作映画になった。

 ジョーは実際にアイガー北壁に挑戦し,クルツらがどこから上り始め,どのルートを辿ったのかを丹念に再現していく。そして,60年前の登山家たちがどのように考え,どのように感じながら登ったのか,そこで何が起きたのかを恐ろしいほどの迫力で説明し,描いていく。
 まさに,クルツらに起きた事故が,5年前にジョーを見舞った事故そのものだったのだ。あと45メートルというところでオーバーハングで中吊りになり,身動きできなくなって進退窮まっていくクルツの姿(中吊りになった時点で,チームの他の3人はすでに死亡していた)は,アンデス山中のオーバーハングで中吊りになったジョーの姿を重なっていく。そこでクルツがどう感じたか,どういう状況だったかをジョーは淡々と説明していくが,その冷静な分析がより,事態の深刻さを浮き彫りにしていく。

 クルツの場合にはアイガー北壁のトンネル出口から救援態がやって来るが,しかし悪天候のため,クルツの体重を支えているハーケンの場所まで登攀し,彼を引き上げることは不可能だった。「助けてくれ! 見捨てないでくれ!」と子供のように哀願するクルツの声が悲痛だ。ジョーの場合は,チームを組んだ相棒が,苦渋の決断の末にザイルを切るが,そのおかげで彼はクレバスの底に降り積もっていた新雪の上に落ちて九死に一生を得たが,わずかな落下位置の違いで普通なら死亡していたはずだ。クルツとジョーの生死を分けたものは偶然だけでしかなかったのだろう。


 映画のラスト,不屈の男ジョーは「もう私には不可能に挑戦し続けたいという若い頃の情熱がなくなってしまったかもしれない。自分だけは死なない,自分だけは絶対に大丈夫という若者特有の根拠のない自信が消え失せたからだ」と素直に語っている。そして同時に,「もしも,もしもチャンスがあったら,もう一度山に登りたいという自分もいる」と語る。そして「俺はバカだ」と締めくくっている。

 若い頃は過剰なまでの自信と高度な技術からどんな困難にも立ち向かっていったジョーだが,彼は5年前の事故で「本当の恐怖」を体験してしまったのだ。だからジョーはもう5年前のジョーではあり得ない。しかしそれでも「もしもチャンスがあったら・・・」と心の片隅では考えているのだ。まだ自分は,戦いの場さえあれば戦えると思っているのだ。山に魅せられてしまった者の業を感じさせる言葉だ。


 それにしても,アイガー北壁の凄絶な美しさには息をのむ。映画《アイガー北壁》でも述べたが,この北壁は1800メートル連続する岩の壁で,その一部はハーケンさえ打ち込めない一枚岩であり,それをトラバースで乗り切ったとしても,もろい氷が張り付いた壁やオーバーハングの連続が続くのだ。だが,その北壁から見えるはアルプスの頂の連続は圧倒的に美しく,この魔の北壁を登攀した者と神々にしか見ることができないものなのだ。そういう残酷なほど美しい北壁の姿を,この映画は余すところなく描いていく。

(2011/06/23)

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