50歳を過ぎてからやたらと,ジジババが主人公の映画を見るようになった。《マルタの優しい刺繍》,《世界最速のインディアン》,《カレンダー・ガールズ》,《キンキーブーツ》,《グラン・トリノ》あたりが有名で,その他,《プレスリー vs ミイラ男》なんてのもあった。何しろ私は54歳であり,あと15年もすればこれらの映画の登場人物に近い年齢になってしまう。要するに他人事ではないのである。
そんな「ジジババ映画」のなかで,今回紹介するドキュメンタリー映画《Young@Heart》はその中でもとりわけパワフルで熱い作品だ。Youg@Heartは1982年に結成された合唱団だが,なんと平均年齢80歳,最高齢は92歳なのである。おまけに,このジジババたちが歌うのはなんとよりにもよってロックなのだ。ジェームズ・ブラウンやザ・クラッシュ,ブルース・スプリングスティーンなどをノリノリに歌いまくるのだ。しかも,歌がこれまたうまいときてる。要するにぶっ飛びジジババなのだ。「老人はこたつに入ってお茶でも飲んで,民謡か演歌でも聴いていればいいんだよ」なんて言おうものなら,このジジババに蹴りを入れられるのだ。
このロック・コーラスグループは1982年にノースハンプトンで産声を上げたという。ノリのいいロックをシャウトする爺さん・婆さんたちは徐々に人気となり,チケットがなかなか取れないほどの人気となったという。団員の入れ替わり(もちろん原因は病死や老衰だ)はあったものの,活動は現在も続けられているという。
この映画は2006年のノースハンプトン・アカデミック・シアターでのコンサートに向けての約6週間間の練習風景,各団員へのインタビュー,そして実際のコンサートの様子を納めたものだが,これが何ともすごいのだ。何しろ団員の多くが病気持ちの高齢者なのだ。鬱血性心不全患者もいれば,6度目の抗ガン剤治療が終わったばかりの患者もいるし,脊髄狭搾症患者で下肢の激痛に悩む患者もいる。それどころか,この映画の撮影の6週間のうちに2人の団員が亡くなっているのだ。要するに「天国に一番近いコーラスグループ」なのである。
しかし,彼らは仲間の死を知らされても練習を止めないし,コンサートのために全力を傾ける。お互いに「俺が死んでも音楽は中断しちゃ駄目だぜ」と約束し合っているのだ。死が身近であるからこそ,それから目を背けず,逃れようのない運命から逃れることもせず,病床にあってもステージに立って歌おうとするのだ。何しろ,一人のメンバーは数年前に病気で倒れてICUで何日も意識不明の状態だったが,意識もないのに持ち歌全曲を歌いまくっていたという病院伝説の患者なのだ。ロックにかける気合いと根性が違うのである。筋金入りの高齢パンクロッカー揃いなのだ。
しかも,このジジババたちはもとからロックが好きでYoung@Heartに入ったわけではない。クラシック音楽が好きな団員もいれば,オペラが好きな団員もいる。人前に出て何かすることなしに老人になった団員もいる。だから,後に歌われることになるSonic Youthの「Schizophrenia」という曲をボブ・シルマン(Young@Heartのプロデューサーにして創始者)に最初に聞かされた時,あまりに刺激的な響きとリズムに「こんなのイヤ! うるさい!」と耳を押さえたりするのである。
おまけに,シルマンがジジババいじめをするように,アップテンポででノリのいい曲ばかり選択し,それを彼らに課題として与えるのだ。実際,最初の練習では全然歌えないし,リズムは滅茶苦茶だ。しかも,80歳にもなれば新しいことを覚えるのも一苦労なのだろう。何度も何度も,同じところで間違ってしまう団員もいるし,歌詞は覚えられるのにリズムに乗れない団員もいる。年寄りはやはり年寄りなのだ。もう,観ている方が心配になってくるレベルの下手さ・拙さである。
ところがこのジジババたちは決してロックから逃げないのである。諦めないのである。できなければできるまで頑張っちゃうのである。わしらは年寄りだでロックなんて無理,なんて泣き言を言わないのである。
そして6週間後,「Schizophreniaは俺たちの音楽だ!」と胸を張り,コンサートで完璧にそして感動的に歌いあげるのだ。まさに不撓不屈のジジババたちであり,新たな音楽にチャレンジし続ける挑戦者なのだ。92歳の婆さんが聞いたこともない珍奇な音楽に果敢に挑戦し,見事に自分のものとするのだ。「年の割にお元気ですね」なんていったらドヤされるのだ。
能力限界ギリギリ,目一杯高めの目標を最初に設定するからこそ,挑戦のしがいがあり,それが達成できた時の喜びが大きいのだ。そして同時に,未知のものごとに挑戦するのは難儀で面倒だけどスリリングで面白いのだ。だからこそジジババたちは「なんて変てこな音楽なの?」とブツクサ言いながらも挑戦し続けたのだと思う。
そして,ジジババたちが歌うことで,ロックの歌詞が実に深い味わいのものに変貌していくのだ。たとえば,コンサートで酸素ボンベを持ちながら舞台に登場する鬱血性心不全の爺ちゃんは,死んでいった仲間たちのためにColdplayの「Fix You」を歌うが,これが感涙ものだ。ここではロックが仲間へのレクイエムとなり,そして神への真摯な祈りに変貌する。その深い歌声と豊かな声量には誰しも圧倒されるはずだ
あるいは,刑務所の慰問で彼らが歌うボブ・ディランの「Forever Young」のなんと素晴らしいこと! 静かなバラードを静かに歌っているだけなのに,圧倒的な迫力なのだ。そして彼らが歌うことで歌詞が深みを増す。彼らの歌声を聞いている囚人たちの顔には笑みがこぼれ,やがて彼らは感動し涙を拭う。そんな囚人たちの顔は柔和で優しい。そして「Forever Youg」が終わった時,自然にスタンディングオベーションの輪が広がる。このシーンには胸が熱くなり,目頭が熱くなる。
あるいは,コンサートでのブルース・スプリングスティーンの「Dancing in the Dark」も,もともとは「俺のハートに火をつけて!」という程度の歌詞だが,ジジババたちが歌うとこの歌詞が「命の炎」に変貌するのである。まさにそれは祈りであり生命賛歌だ。
とにかく,映画冒頭のザ・クラッシュの「Should I Stay Or Should I Go」を聞いてほしい。歌うのはYoung@Heartの花形シンガー,御年92歳のアイリーンである。そんな,棺桶に片足をつっこみそうな老婆が圧倒的な声量と張りのある声で歌いあげるのだ。しかも,彼女が歌うことで歌詞自体が哲学的な深みが加わるのである。まさに年輪の重みであり,彼ら・彼女たちがロックを歌う意味が明らかになる。
92歳のしわくちゃ婆ちゃんがザ・クラッシュをシャウトし,鬱血性心不全で酸素マスクをつけている爺ちゃんがコールドプレイを艶やかな声で朗々と歌う。彼らの絶唱は,人間は死ぬ直前まで前に進めるし,死ぬまで勉強できるし,息を引き取る直前まで新しいことに挑戦できることを教えてくれる。
死は避けられない。死は全てを圧倒し,ゲームオーバーの文字がいつか必ず表示される。しかし,ノーサイドの笛が吹かれるまではゲームは自分のものだ。意志がある限り,自分のものだ。このジジババたちは皆,それを知っている。だからこそ,仲間が死んでも練習を止めないし,歌うことも止めない。仲間の死は悼むが,それによって立ち止まらず,ヨロヨロしながらでも前に進もうとする。「心臓が止まるまでは自分の人生。それまでは一歩でも半歩でも前に進むぜ。立ち止まって死ぬなんて真っ平ごめん!」という彼らの意志が潔く,そして最高に格好いい。
(2011/09/07)