《運命のボタン》★★★(2009年,アメリカ)


 キャメロン・ディアス主演のスリラー映画という売り込みで2009年に派手に公開された作品ですが,1週目の興行収入が記録的に悪く,たちまちのうちに打ち切りになっちゃったという悲しい作品でございます。同時期にあのスペクタクル大作《2012》が封切られたという不運はありますが,改めてこの《ボタン》を観てみると「宜なるかな」という気がしますね。とにかくわかりにくく,最初はそれなりに面白いのに後半になればなるほど面白くなくなっていくのです。

 理由は明らかで,マシスンの短編を無理矢理2時間映画にしたからです。原作を生かしてシンプルに30分もののテレビ用映画にしたら「普通に面白い」作品になったのに,劇場公開作品にするためには2時間映画にする必要になり,そのために余計なエピソードを入れる必要が生じ,そのために人物関係を複雑にする必要が生じ・・・と,どんどん余計なものがくっついて訳がわからなくなり,いわゆる「ドツボにはまった」状態になってしまったようです。

 ちなみに,原作のリチャード・マシスンの『死を招くボタン・ゲーム』は非常に短い短編とのことで,「ボタンが贈られる」⇒「ボタンを押すと知らない他人が死ぬが,報酬として5万ドルがもらえる」⇒「奥さん,ボタンを押す」⇒「旦那が死ぬ」⇒「知らない人が死ぬって言ったじゃないの,と抗議」⇒「では,あなたはご主人のことを本当に知っていたんですか?」・・・でおしまい,というものだそうです。これで2時間映画はさすがに無理だろうと思いますね。

 それともう一つ,キャメロン・ディアスが「どうしちゃったの?」と心配になるくらい気の毒なオバチャン@劣化顔です。彼女はティーンエイジャーの子供を持つ母親,という役柄なので30代終わりくらいという設定と思われるのですが,どうみても旦那様の方がかなり年下に見えます。もちろん,いつものように演技は上手いし,ラストの緊迫したシーンでの演技は見事なんですが,ちょっと残念です。


 1967年のある日の早朝,高校教師のノーマ(キャメロン・ディアス)と夫で宇宙飛行士を目指しているアーサー(ジェームズ・マースデン)の家の前に見知らぬ箱が届けられ,それを開けると大きなボタンの付いた装置と「夕方,スチュワートが訪問します」という紙が入っていた。夕方,アーサー宅を訪れたスチュワート(フランク・ランジェラ)は顔面に醜い傷跡(左頬部〜下顎部〜頸部が大きくえぐれ,瘢痕治癒している)があり,ノーマに「このボタンを押せば世界のどこかであなたの知らない誰かが一人死ぬ。押せば報酬100万ドルを差し上げる。期限は24時間以内。夫婦で相談してもいいが,第三者に打ち明けたら権利を失う。あなたが押さない場合,このボタンは次の人に贈られる」という驚くべき提案を持ちかける。

 ノーマとアーサーは悩むが,ノーマは勤めている学校から手当の打ち切りを宣告され,一方,アーサーは火星飛行の宇宙飛行士に選ばれず,正式職員にもなれない状態であり,二人の生活は経済的に逼迫しようとしていた。そしてついにノーマはボタンを押してしまう。やがて二人は100万ドルを渡される。

 アーサーはスチュワートの身元を割り出そうとして車のナンバーを記録し,警官をしているノーマの父親に捜査を依頼。一方,ノーマの妹の結婚パーティーがありアーサー夫妻も参加するが,そこでアーサーの行動がすべてスチュワートに筒抜けであることが明らかになる。ノーマもアーサーも監視されていたのだ。

 やがてノーマとアーサーはこの事件の背後に隠された恐るべき陰謀の真相に近づいていくが,その時,一人息子が捕らえられ・・・という映画でございます。


 この映画の最大の弱点は,「ボタン」を勝手に送りつけ,ボタンを押した人間に100万ドル(2011年9月初旬のレートで7600万円。ちょっと前までは1億円だったのに・・・!)を提供するのは誰かというミステリー的要素と,「どこの誰ともしれない人間が死ぬならボタンを押してもいいのか」という倫理的な要素があって,なんだか両者がうまく噛み合わないままストーリーだけが勝手に進んでいく,という点にあります。

 まず最初の「ボタンを贈ってきたのは誰か」と問題ですが,相手の行動を四六時中監視し,結婚式の最中まで夫婦の行動を見張っているという設定なので,もうこうなると政府の陰謀とか,悪魔の仕掛けとか,宇宙人が何かの目的でとか,そういう可能性しか残りません。そして,アーサーが宇宙飛行士候補という設定から「黒幕は宇宙人」というのは早い時期に想像がついてしまいます。


 そうなると,「いくらお金のためとは言え,このボタンを押してもいいの? 誰か知らない人が死ぬのはいいの?」という倫理的な問いかけが薄っぺらくなっちゃうのです。だって,「地球人の倫理観を明らかにするための実験」だとすると今回の実験で得られた結果だけでは不十分であり,次のような追加実験が必要になります。

  1. どの金額なら誰でもボタンを押すのか?
  2. どの金額以下なら誰もボタンを押さないか?
  3. 「世界のどこかの誰か」でなく「同じ町内の誰か」という設定にしたらどうか?

・・・と,条件を変えて追加実験する必要が生じ,「ボタンを押した人への報酬」の現金をどうやって調達するんだろうか,という現実問題にぶつかってしまいます。おまけに,その現金は真札でなければいけませんからそれは造幣局が増刷したとしか考えられません。つまり,この実験を始めた時点でアメリカは猛烈なインフレ状態になります。このため,この映画をリアルなサスペンスだと言い張れば言い張るほど無理が生じます。これがこの映画の計算違いでしょう。


 さらに,スチュワートからこのような提案を受けたら,私なら真っ先に「世界でこのボタンを手にしているのは何人なのか? 死ぬのはアメリカ人だけ?」と質問しますね。もしも,ボタンを押して死ぬ対象が全人類だとすると,犠牲になるのは中国人かインド人の確率が高いわけです(何しろ,この2つの国だけで25億で世界の3割以上を占めているのだから)。そして,アメリカの人口は「中国+インド」の1/10ですから,死ぬ確率も1/10になります。これなら,ボタンを押すのもちょっと気が楽ですね。

 つまり,「どこかにいる誰とも知れない人間が押すボタンで自分が死ぬ恐怖」を実感させるためには,ボタンは100個や1000個では足りず,1000万個くらいばらまかなければ足りないはずです。当然,ボタンを押した人への報酬も莫大なものとなり,この実験は世界同時多発インフレを引き起こします。宇宙人たちが知りたいのは「命の重さと経済的報酬はどこで釣り合うのか」ですが,世界同時多発インフレが起きてしまっては実験そのものに影響が出てしまいますよね。つまり,頭のいい宇宙人ならこういうおバカな実験はしないだろう,となっちゃいます。


 ラストの場面の,アーサー夫妻の息子ウォルターがらみの二者択一も無理矢理すぎます。

  1. ウォルターは目も見えず耳も聞こえない状態になった。もちろん,治療法はない。しかし,100万ドルは夫婦のものだ。
  2. アーサーがノーマを撃ち殺せばウォルターは目が見えて耳が聞こえるようになる。この場合,100万ドルはウォルターが18歳になったら受け取る。

 ここでのノーマの親子愛と夫婦愛を揺れ動く演技はお見事ですし,突然,視力と聴力を失ったウォルター少年も迫真の演技です。問題はこの2つの選択肢が実は選択肢になっていないことです。1番目を選ぶ親は絶対にいないからです。2つの選択肢が提示されているように見えて,実は選べるのは2番目しかありません。その意味でこれは二者択一になっていません。しかも,冷静に考えると妻を撃ち殺したアーサーは殺人犯ですからそのまま刑務所行きです。となると,18歳になるまでウォルターはどうやって暮らすんだよ,という問題も生じてきます。


 そして,雷直撃で不死身パワーとか,アーサーが宇宙飛行士候補生とか,ノーマの片足が不自由になったいきさつとか,宇宙人とか,妹の盛大な結婚式とか,ノーマの不自由な足をからかう学生とか,余計なエピソードばかり詰め込んだため,本来シンプルなはずのプロットが見えにくくなってしまいました。これだったら,「金が欲しかったらボタンを押せばいい。しかし,そのためにこの町の誰かが死ぬ。さぁ,どうする?」という本来の単純明快な筋書きでいいし,その方が問題点が明確になり,問いかけもより明確になったはずです。

 さらに言えば,舞台を1967年にした理由も見えてきません。せいぜい,「四角い箱であるテレビ」という台詞のためだったとしか思えません(2000年以降を舞台にしてしまうと,テレビは「板」であって「箱」ではありませんから)。そして逆に,1967年を舞台にしたのに「NASAは火星ロケット打ち上げを計画」としたために,SF映画としてもお笑いの設定になってしまいました。火星なんて絡ませずに,宇宙のどっかからやってきた宇宙人が・・・としたほうが余程すっきりしたのにね。


 前半が緊迫した1級品のサスペンス・スリラーだったのに,後半に「黒幕は宇宙人」という種明かしがあってからは3流残念映画になってしまった作品としては,ジュリアン・ムーア主演の《フォーガットン》を思い出します。ともにヒロイン役女優さんの入魂の演技が気の毒な映画です。

(2011/09/09)

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