《ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ "Nowhere Boy"★★★(2009年,イギリス)


 若き日のジョン・レノン(1940〜1980)を描く「ビートルズ誕生前夜」を伝える伝記映画。私は世代的にビートルズはリアルタイムで聞いていた世代ではなく(ビートルズの解散は1970年で,その時私は12歳である),恐らくビートルズを一生懸命に聞いていた世代はいわゆる団塊の世代(私より一世代上)だろうと思う。もちろんビートルズの幾つかの曲"While My Guitar Gently Weeps""Norwedian Wood"など)は大好きだし,レノンの "Imagine" はいい曲だと思う。だが,ビートルズのLPやCDを買ったことはないし,特別な思い入れがあるわけでもない。だから,ジョンに「二人の母」がいたことは初めて知ったし,それが彼の "Mother" という曲の悲痛な歌詞を生んだことも初めて理解できた。そういう意味では,「20世紀の英雄にして伝説」であるジョン・レノンについて深く知るためには良い映画だと思う。

 だが,「感動的音楽映画」という訳ではないと思う。描かれるのはあくまでも1957年(奇しくも私の生まれた年だ)のジョン・レノンであり,出生の秘密に悩みながらも音楽の面白さに目覚め,バンド活動を始めたところで終わってしまうからだ。つまり,その後の私たちが知っている「ビートルズ」は登場しないし,17歳のジョン・レノンの身の上がその後のビートルズの音楽に影響を与えたかどうかも映画を見ているだけでは不明だ。要するに,人間ジョン・レノンを知るために必要な知識にとどまっているような気がするのだ。

 というわけで,青春映画としてみると普通の出来であり,音楽映画を期待してみるとちょっと肩すかしかな、という感じである。


 舞台は1957年,イギリスのリバプール。ジョン・レノン(アーロン・ジョンソン)は5歳の頃から実母でなく叔母夫婦(ジョージとミミ)に育てられ,17歳になっていた。厳格な叔母は彼に真っ当な職業につくように諭すが,不良仲間とつるむのが好きなジョンは素行不良・成績不良で,教師に「ここままでは卒業しても行き場がない(Nowhere)」と注意され、その後、停学処分を受ける。

 そんなある日,叔父のジョージが急死するが,その葬儀の場でジョンは実母のジュリアと再会してしまう。ミミ(クリスティン・スコット・トーマス)とジュリア(アンヌ=マリー・ダフ)は実の姉妹だったが性格は正反対だった。謹厳実直で厳格なミミに対し,ジュリアは社交的で自由奔放で,すでに再婚して新しい家庭を築いていた。

 停学処分を受けたジョンはそれをいいことに、息苦しいミミの家でなく,アメリカの新しい音楽であるロックンロールを楽しむジュリアの家に入り浸るようになり,彼女から楽器バンジョーの手ほどきを受け,やがて彼の興味はギターに向かっていく。やがてジョンは楽器が弾ける仲間を集めてバンド「クオリーメン」を作り,ロックンロールを演奏するようになる。そして,そのバンドに2歳年下のポール・マッカートニー(トーマス・サングスター)が加わることになり,次第に地元で有名になっていく。

 だが,ジョンの心のなかには常に「なぜ自分は叔母夫婦に育てられたのか。なぜ自分はジュリアに捨てられたのか」という思いが渦巻いていた。そしてジョンの17歳の誕生日を祝うパーティーをジュリアが開いてくれるが,その場でジョンは母親に、「本当の父親は誰なのか。なぜ自分を捨てたのか!」と詰め寄ってしまう。言葉を濁すジュリアに代わって姉のミミは妹が何をしたのか,なぜジョンをミミが育てることになったのかを打ち明けてしまうが・・・という映画である。


 これは青春映画として観るとよくあるタイプの作品である。生みの親と育ての親の間で苦悩し,自分の出生の謎と自己のアイデンティティに悩んで彷徨する不良少年がロックに出会い,自分の生きる場を見つけていく,という青春映画である。その意味では,「ビートルズとジョン・レノン」とは無関係に鑑賞すべき作品だと思う。


 それにしても,16歳のジョン・レノンは絵に描いたようなチンピラ不良少年だ。酒もグビグビ,タバコもスパスパで,周りの大人達もそれを特に咎める様子はないし,母親ジュリアはジョンの誕生パーティーでジョンの友達たちに酒をすすめているのである。多分,1957年当時のイギリスではそれが特に異常ではなく、むしろ普通だったのだろう。そういえば,15歳のポール・マッカートニーと最初に出会うシーンで,ジョンはポールに「酒を飲むか?」と訊ね,それに対してポールが「紅茶なら」と答えるところが面白い。まさに不良デビュー「ビフォー&アフター」という感じだ。

 それはともかく、自分の母親がジュリアだったらちょっと嫌だなと思うし,ジョンも大変だったろうなと思う。最も多感な時期に母親の奔放な性生活を知ってしまうのは,やはり息子としては辛いものがあると思う。しかも,ジュリアは1958年にパトカーに跳ねられて呆気なく死んでしまうのだ。これは一種の「勝ち逃げ」であり,17歳のジョンに大きな影となったはずだ。かくしてジョンは後年、マザコン男のまま結婚を重ねることになる(2度目の結婚相手のヨーコ・オノは8歳年上であり、もっと年上でもよかったとジョンはインタビューに答えていたという)

 ジョンは生涯に2度結婚し,最初の妻のシンシアとの間に息子が生まれ,その息子にジュリアンと名づけるが,これは実母のジュリアにちなんだものらしい。しかし,両親と暮らした記憶のないジョンは「普通の親子関係」を知らないため,ジュリアンに親としてどう接したらいいかわからずかなり戸惑ったと言われている。


 映画全体としてみると決して悪い作品ではないし,ジョンとポール役を含め,俳優はどれも素晴らしいし,当時のイギリスの様子も興味深いものがある。
 しかし,いまいち作品としてポイントが甘いことは否めないと思う。何が本当に描きたくて作った映画なのかよくわからないのだ。「この二人の母がいたからこそ,後年のジョン・レノンが誕生した」のか,「レノンが音楽家として成功したのは音楽好きのジュリアの影響があったから」なのか,「15歳のポールとの出会いが無かったらレノンは田舎バンドのリーダーで終わったはず」と言いたいのか,そこらへんがよくわからないのだ。
 そのあたりに不満を感じなければ,普通にいい青春映画だと思う。

 要するに、「ジョン・レノンの映画だが、ビートルズの映画ではない」というあたりを理解した上で観る映画だろう。

(2011/10/21)

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