ここ半年くらいでみた映画といえば,B級以下のホラー映画,モンスター映画か,ジジババが主人公の映画ばかりである。何しろ自分の年令が毎年毎年,着実にジジババに近づいているため,何だか他人ごとではないのである。そして何より,自分の娘や息子くらいの年齢のカップルがくっついたり離れたり,ワーワーキャーキャーしている映画を見てもそんなに楽しくないこともある。やはり,自分よりちょい上くらいの年代のジジババたちが,ちょい頑張っている映画のほうが嬉しいのだ。
というわけで今回もまたジジババ映画を見てしまったが,私の映画人生初のハンガリー製である。ツッコミどころは少なくないし,説明不足のシーンはあるし,無駄なシーンも少なくない。だけど,泣かせて笑わせてくれるとてもいい映画である。ちなみにハンガリーでは結構映画が作られているらしいが,日本への配給ルートがないためほとんど紹介されていないらしい。こんな映画,もっと見たいよ。
最初の舞台は1950年代後半のハンガリー。秘密諜報機関で働くエミル・キシュはある貴族の城館に踏み込むが,その屋根裏に隠れていた伯爵令嬢ヘディ・フェレギを発見するが,彼女を助けてしまう。やがて労働者階級出身のエミルと貴族出身のヘディは恋に落ち,結婚する。
それからはや50年,若くスラリとしていたエミル(エミル・ケレシュ)は腰痛と足の痺れに悩まされる81歳,美貌のヘディ(テリ・フェルディ)は糖尿病のインスリン注射が必要な71歳になっていた。そして,社会主義体制かで保証されていた年金精度がソ連崩壊と共に破綻し,年金はどんどん減らされ,ハンガリーの高齢者の生活は困窮し,二人もその例外ではなかった。
そして,今日もまた借金取りがやってきて,エミルが最後まで手放さなかった愛車チャイカと蔵書を持って行こうとする。それを見たヘディは夫の車と本を守るため,両耳のダイアモンドのイアリングを外し借金取りに差し出す。それは50年前の二人の運命的出会いの思い出の品であり,伯爵令嬢であったことを示す最後のものだった。
そんな妻の姿を見たエミルは立ち上がることを決意する。世の中が年寄りに冷たく当たり不当に遇するなら,こちらにはこちらの考えがある。年寄りだと思ってバカにしている連中に一矢報い,妻のダイアのイアリングを取り戻さなければ男がすたる。そして,糖尿病に悩む妻にちょっとは楽をさせてやりたい。
彼は愛車チャイカに久しぶりにガソリンを入れ,机の中にしまっておいた銃を取り出して郵便局に赴き,窓口係に丁寧な口調で銃を突きつけたのだ。そして彼はまんまと強盗に成功する。そして彼はガソリンスタンドを襲い,ここでも強盗に成功するが,防犯カメラに映っていたことと,古いチャイカ(ソ連の政府要人用の車である)に乗っていたことから犯人が81歳のエミルであることが割り出される。エミルのアパートに来た警官は「高齢で一時錯乱していたといえば罪は軽くなる」とヘディにエミル逮捕に協力するよう説得する。
エミルはヘディに電話で鉱山に来るように連絡するが,もちろん,ヘディが乗るタクシーの運転手は警官だ。しかし,エミルが自分への愛のために行動したことを知ったヘディはエミルとともに行動することを決意し,名車チャイカは警官が運転するタクシーを振りきり,逃走する。
それからも二人は銀行強盗を企てたりしたため,二人には賞金がかけられ,テレビで彼らの報道が繰り返し流れる。しかし,二人が年金受給だけでまともに暮らしていけずに,生きていくために犯行に及んだことがわかり,二人の行動を賞賛する声が高齢者の中で広がっていき,やがて模倣犯まで現れる始末だ。
しかし,警察の捜査に二人は次第に追い詰められ,二人の乗ったチャイカが走る道を巨大なトラクターショベルが封鎖していた。しかし,チャイカは一切減速しようとせずトラクターに突っ込んでいき・・・という映画である。
昔,ソ連という国があって・・・と書くとすごく昔のように感じる。ソ連崩壊が1989年だからもう20年以上前だ。「ソ連ってなんですか?」という世代も着実に増えているから,この映画の背景はすでにかなりわかりにくくなっている。
ソ連が健在だった頃,ハンガリーを含む東ヨーロッパ諸国はソ連圏の社会主義国であり,労働者は引退後,現役時代とほぼ同額の年金が保証されていたらしい。しかし,ソ連崩壊で東欧諸国も資本主義の荒波に飲み込まれてしまう。そのため,物価は上昇するのに年金は上がらず,その結果として年金生活者の暮らしは年を追うごとに苦しくなってしまった。高齢者にとっては一方的な制度改革であり,「そんなこと聞いてないよ」である。しかも,旧社会主義国だからちょっと前までは「お上(=共産党=国家)に楯突くなんて,そったら恐ろしいこと考えるでねえ!」が常識だった国である。つい数十年前まで,不満を言っただけで強制収容所なんてこともあったのだ。
そんな中でエミルは妻のために腰痛の腰を伸ばして立ち上がり,1958年製の高級車チャイカのエンジンを掛けるのだ。この車こそが,30年間,共産党幹部の運転手を務めてきたエミルの誇りであり,生きた証なのである。そんなエミルがすごく格好良いし,どんどん颯爽として,腰が伸びていく姿を見るのはこちらまで気持ちが晴れ晴れしてくる。そういうエミルの相棒であるチャイカがこれまた格好良いのである。デザインは無骨で垢抜けないけど,エミルがしっかり整備していたお陰で警察車両も追いつけないほどパワフルな走りを見せるのだ。あの鉱山のシーン,急斜面を物ともせずにグングン登っていく姿は感涙モノ!
そして,妻のヘディが夫と行動を共にするようになってから,これまたどんどん可愛くなっていくのだ。二人は50年前に劇的に出会い,身分の違いを乗り越えた大恋愛の末に結ばれたはずだが,さすがに50年経つと恋心も冷めてくる。おまけに30年前に一人息子が軍の車両による交通事故で亡くしていて,それが二人の心を微妙に隔てている。しかし,80歳のエミルがあの思い出のダイアのイアリングのために立ち上がったことを知り,そんなエミルにすっかり惚れ直しちゃうのである。恋する女性は美しいのである。高級リゾートホテルでマッサージに行った夫に嫉妬までしちゃうのである。恋する女性は本当にチャーミングなのだ。
この二人組強盗を追うのが恋人同士でもある警官(女性刑事のアギと男性刑事のアンドル)だ。こんな大事件なのに捜査にあたるのは二人だけっておかしくない,とか,老人二人を捕まえられない警察なんていくらハンガリーでもないっしょ,という声が喉から出かかっているが,ここはあえてツッコミは入れない。前半,アンドルの様子をしつこく描きすぎだよね,というツッコミも入れない。だって,後半それが生きてくるから。
アギとアンドルはかつて一緒に暮らしていたが,あることがきっかけでアギは別れを決意したらしい。そしてある事件でアギが負傷し,それをヘディが看病することになるが,看護師の資格を持っているヘディはアギが妊娠していることを見抜き,彼女を大切に扱い,お腹の赤ちゃんを気遣う。そしてヘディは自分たちの子供が死んだことを告げ,夫婦の目的地が息子の墓だったことを知る。その目的地に二人で行くために,老夫婦は手をつなぎあいいたわり合っていたのだ。その様子を見てアギもアンドルへの愛情を取り戻していき,同時に,80歳の老人が強盗しなければいけない現実を知る。このシーンがとてもいい。
ラストシーンは衝撃的! 私はこのシーンで本当に呼吸が止まってしまった。ここは観てのお楽しみだ。あれがここで活躍するとは! いいなぁ,こういうラストは。映画ってこうでなくっちゃ駄目だよ。
(2012/01/01)