《ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路》★★★(2010年,フランス)


 モーツァルトといえば一般には神童@ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトであり,クラシック音楽をほとんど知らない人でも彼の名前は知っているはずだ。それほどのビッグネームである。もうちょっとクラシック音楽を知っているとウォルフガングの父親のレオポルド・モーツァルトなんて名前も出てくると思う。「おもちゃの交響曲」を作曲したのはこのパパ@モーツァルトだ。そして,この映画では「3人目のモーツァルト」が主人公だ。ウォルフガングの3歳年上の姉,マリア・アンナ・モーツァルト(通称ナンネル/1751〜1829)である。

 二人の父親,レオポルドは筆まめな人で,多くの手紙を出してくれたおかげで二人の子供について私たちは知っているわけだが,それによると,ナンネルは7歳の時からクラヴィーア(現在のピアノの先祖に当たる鍵盤楽器)演奏を始め,当初から神童として知られていたようだ。しかし,弟のウォルフガングの名声が上がるにつれ,次第に彼女は弟の陰に隠れた存在になっていった。この映画ではそういう「陰の天才@ナンネル」の姿を見事に描き出している。


 映画は雪の中を失踪する馬車の内部に始まる。乗っているのはレオポルド・モーツァルト,その妻アンナ・マリア,そして二人の姉弟,ナンネルとウォルフガングの4人だ。父親のレオポルドは故郷のザルツブルグを離れ,自分の二人の天才児のパトロンを見つけるべく,ヨーロッパ各地の王侯貴族に子供たちを売り込もうと躍起だった。しかし,フランスのベルサイユ近郊で馬車が故障し,先に進めなくなってしまう。そこで,一家は馬車を引いて修道院にたどり着き,数日の滞在許可を求める。その修道院に隣接する館には3人の姉妹が暮らしていたが,実は彼女たちはルイ15世の娘たちだった。

 そこで15歳のナンネルは自分と歳の近いルイーズと親しくなり,ルイーズはナンネルに自分の兄(王太子ルイ・フェルディナン)の音楽教師に恋をしていると打ち明ける。しかし,ベルサイユに戻れない自分はその思いを音楽教師に伝える手段がない。そこで彼女はナンネルに恋文を託す。

 その後,モーツァルト一家はベルサイユに行き,そこで演奏会を開き,ナンネルは何とかして王太子と音楽教師に面会する手だてを取り,ルイーズの恋文を音楽教師に手渡すが,王太子はナンネル(ちなみに,王太子に会うために男装をしていた)の作曲の才能に驚嘆し,自分のために新しい曲を書くようにと命じた。

 しかしナンネルは,頭にメロディーは浮かぶものの,それを曲として仕上げる方法を知らない。父親レオポルドから「女に作曲は無理だ」と相手にされず,作曲法について教えてもらっていなかったからだ。それでも彼女は何とか曲を仕上げて楽譜を王太子に送り,ついに自分は男でないと告白する。そして二人は恋に陥る。

 そして,レオポルドは妻と息子を連れてドーバー海峡を越えてイギリスに演奏旅行に向かうが,ナンネルは一人フランスにとどまり,音楽教師をしながら自活し,王太子との愛を成就しようとしたが・・・という映画である。


 この映画を見ると,父親レオポルドは娘ナンネルの才能を「女に作曲ができるわけがない」という理由で認めようとしない頑迷な父親で,弟のウォルフガングだけ不当に溺愛した男尊女卑の権化のようなとんでもない人物,という風に見えてしまうが,これは全くの誤りだ。
 それは,『ナンネルの音楽帳』という楽譜集が残されていることからもわかる(国内でも出版されていて簡単に入手できる)。これはナンネルの教育のためにレオポルド自身が作曲したり他の作曲家の作品を集めたりして編纂した「手作り教科書」である。当時はまだ音楽教育やピアノ教育のメソードそのものが確立しておらず,教則本も教科書もなかったのだが,娘の音楽的才能を信じたレオポルドは娘のために教科書を丸ごと一冊作り上げたのだ。これは並大抵のことではないし,愛情なくしてできないと思う。そして父親の英才教育の結果,ナンネルは順調に音楽の才能を伸ばしていった。

 しかし彼女の悲劇は,弟が破格の天才ウォルフガングだったことだ。なんと3歳の弟は姉のレッスンを聞いてそれを真似して演奏し始め,5歳になったら作曲まで始めてしまったのだ。こうなるといくら娘がかわいいとはいえ,両者の才能の差は歴然としている。秀才 vs 天才である。ナンネルがいかに素晴らしい才能に恵まれていたとは言え,相手が音楽史上最高の天才では勝負にならない。
 当然,レオポルドはウォルフガングの教育にかかりっきりになり,ナンネルは二の次になる。なぜなら,そこに一家の生活がかかっているからだ。ウォルフガングとナンネル,どちらに未来を賭けるかと考えれば選択肢は一つだ。しかし,父親としてナンネルに「お前は才能がない」とは言えない。だから「お前は女だから」という言い訳をしたのではないかと思う。


 この映画の時代考証と演奏に関しては文句の付け所がないと思う。とりわけ,冒頭の馬車のシーンにしても,途中でモーツァルト一家が泊まる宿屋のシーンにしても,当時の旅行がどれほど大変で不愉快だったかがよくわかる。17世紀中頃のヨーロッパはまだ寒冷期である。凍えるような寒さの中を馬車で旅するのだが,その馬車には暖房はなくすきま風が入り放題だ。しかも狭い馬車の中では満足に休むこともできない。我々からすると,よくもまぁこれで凍え死にしなかったものだと驚いてしまう。

 同様に,当時の住居がどれほど暗かったかもよくわかる。何しろ,モーツァルト親子が宿泊する宿屋や修道院はロウソクしか照明装置がないのだ。「明るい」というより「暗くない」程度である。そういう状態で当時の人々は生活していたのである。だからこそ,後半の「ベルサイユ宮殿 鏡の間で王太子とナンネルが歩くシーン」の明るさが引き立つのだ。庶民の生活と王侯貴族の鏡の間の,光と闇の対比が強烈だ。


 音楽映画では演奏シーンが重要だが,ウォルフガング少年を演じるダヴィド・モローはバイオリニストであり,彼の演奏シーンは文句なしに素晴らしいと思う。一方,ナンネル役のマリー・フェレは監督のルネ・フェレの実の娘であり音楽家ではないが,この映画のためにピアノとバイオリンの特訓をしたということで,ナンネルの演奏シーンに違和感はあまりない。


 ここまではいいのだが,不自然なシーン,不自然な設定がこれまた多いのも事実だ。

 まず,一番笑ってしまったのが,「男装したナンネルを王太子が男だと信じ込んだ」という部分。ギャグマンガじゃあるまいし,カツラをかぶっただけの15歳の女の子を男と間違うだろうか。しかもナンネルの声は声変わりもしていないし,歌声は明らかに女声である。王太子が生まれてこの方,女性を一度も見たことがないというなら話は別だが,そうでない以上,不自然きわまりなかった。

 なぜこういう不自然な設定が必要になったかというと,そもそも二人は出会っていなかったし,二人が恋に陥ることもなかったからだ。身分も違いすぎる二人が出会うためには,「カツラをかぶせて男装」でもさせるしかなかったのだろうと思う。

 ナンネルは前述のように1751年生まれである。一方,「15歳のナンネルと友情をはぐくんだ12歳ルイーザ」だが,実在のルイーザ・マリーは1737年生まれで,ルイーザが14歳年長だ。一方,ナンネルと恋仲になる王太子ルイ・フェルディナンはさらに年長の1729年生まれでありほとんど親子の関係だ。しかも,この王太子は1745年(16歳)の時に結婚したものの程なく妻に先立たれ,1747年に再婚しているが,この時点でもまだナンネルは生まれていないのだ。要するに,そもそも年齢がまるで合わないのである。

 ちなみに,王太子ルネ・フェルディナンの父親はルイ15世であり,王太子の長男が後のルイ16世(=フランス革命の時にマリー・アントワネットとともに断頭台で死刑にされた)である。ルネが王になれなかったのは,ルイ15世の存命中に彼が死亡したためで,彼の息子がルイ16世として即位して王位を継いだわけである。


 ナンネルがルイーザに「王太子様はびっくりするほど美男子です」と手紙で伝えるシーンがあるが,これはかなり違和感を感じる。この映画の王太子は「17世紀の美男子」かもしれないが,少なくとも「21世紀の美男子」の範疇には入らないからだ。むしろ彼より「音楽教師」役の方がイケメンである。

 王太子がナンネルを拒絶するシーンも説明不足だ。その前に王太子自身がいろいろ説明しているが,肝心の彼の心境の変化が全く描かれていないため,観ている方は納得できないと思う。ちなみに,映画ではこの時点で王太子は妻帯者と説明されているが,当時の常識としては「王侯貴族が正妻のほかに愛人を持つのは常識中の常識」であり,ナンネルを愛人にしても何の問題もない。ここも詰めが甘いと思う。

 ちなみに,ナンネル役とともにルイーズ役の子役もフェレ監督の娘さんとのことだが,12歳にしては表情があまり幼すぎるため,「音楽教師に恋いこがれる」という設定が浮いてしまったと思う。


 「ナンネルは父親から作曲法を習っていなかったから作曲できなかった」というのもどうだろうか。この映画によると「5歳のウォルフガングの処女作品は,実はナンネルの作曲」ということになっているが,そのくらいの才能があれば,いろいろな曲を演奏しているうちに見よう見まねで「曲の書き方・楽譜の書き方」を学んでいくはずだし,そのくらいはできて当たり前だと思う。例えば,ハイドンのピアノソナタを5曲くらい弾いたら,「ソナタ形式とはどういうものか」は教えられなくてもわかるはずだ。ナンネルが作曲できないのは教育の有無ではなく,才能の問題と考えるべきだろう。

 ちなみに,音楽史上最初の女性演奏家はクララ・シューマンだったと思う。彼女は同時に「自作の曲ではなく,他人の曲だけで演奏会を開いたピアニスト」としても世界初である(リストも他人の曲を演奏しているが,メインはあくまでも自作曲だった)。クララは作曲の教育も受けていて,彼女の作品としては夫のロバート・シューマンの歌曲のピアノ独奏用アレンジなどがあるが(私は楽譜を持っていて,弾いたこともある),どれもこれも凡庸なピアノ曲であり演奏する価値はない作品ばかりである。

 その他,私が楽譜を持っている女流作曲家を挙げると,バダジェフスカ(ご存知,「乙女の祈り」の作曲家),アガーテ・グレンダール,テレサ・カレーニョ,セシル・シャミナード,ナディア・ブーランジェ,ジェルメーヌ・タイユフェール,エックハルト・グラマテ,ソフィア・グバイドゥーリナくらいである。グラマテのピアノ曲は非常に面白いし,技術的難易度も高いので弾いていて楽しいが,その他の作曲家の作品というと,イマイチ印象が薄い。


 ちなみに,ルイ15世は王太子以外の女児を修道院送りしているが,これは当時の常識である。何しろルイ15世にはポンパドゥール夫人を含め15人(!)の愛人がいて,子供も多かったが,子供全てを王宮に残すと宮廷運営費が高騰し,財政が破綻してしまう。そのため,王太子以外を宮廷から体よく追い出したらしい。
 これは,嵯峨天皇(側室が多く,子供が50人いた)が数人の男子を残して残りは皇籍離脱させ,その見返りとして「源」という姓を与えて「武家の頭領」としたのと似ている。


 映画のエンドロールで「ナンネルはその後,両親の元にいて結婚せず,32歳の時,父親のすすめで連れ子のいる年上男性と結婚し,晩年は貧しく失明したが,死ぬまで弟の作品の普及につとめた」とあり,これは史実に近いようだが,これも見方を変えると違って見えてくる。

 当時のヨーロッパ社会は家父長制度が強力で,父親は一家を支える暴君であり,父親の命令に従うのが子供の役割だったので,レオポルドだけが特殊な暴君だったわけではない。ナンネルは死ぬまで「父親の命令に背くなんてとてもできない」と考えていたようだが,一方の弟ウォルフガングは「父親の命令なんてクソ食らえ!」と飛び出した。事実,成人前からウォルフガングはレオポルドの命令を無視して行動し,コンスタンツェとの結婚にもレオポルドは大反対だった。このような弟の行動を姉は常識はずれとして許せなかったと伝えられる。そして彼女は最後まで父親の指示に従って行動し,父の命令で結婚したわけであり,当時としては珍しい話ではなかったようだ。
 このあたりにも「お利口さんで秀才のナンネル」の限界が透けて見えると思う。


 というわけで,この映画を「暴君の父親の犠牲になり,歴史に消えていった天才作曲家ナンネル・モーツァルトの映画」ではなく,虚実取り混ぜて作られた「おとぎ話@ナンネル物語」・・・程度に思って観た方がいいと思う。

(2012/01/19)

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