《この自由な世界で "it's a free world"★★★★(2008年,イギリス/イタリア/ドイツ/スペイン)


 すごい映画であり,いい映画である。監督はあの大傑作《麦の穂を揺らす風》の社会派映画の巨匠ケン・ローチであり,彼が取り上げるのはグローバル経済がもたらす経済格差であり,貧困層問題であり,不法移民問題だ。そういう問題をケン・ローチは一歩も逃げずに真正面から取り上げていく。それでいて説教臭いところは微塵もなく,それどころかサスペンス映画としても第一級の面白さで,最後まで目が離せない展開が続くのだ。本格的な社会派映画であり,同時に本格的な娯楽映画でもあり,要するにただ者ではないのだ。ケン・ローチはやはり凄いのだ。


 だが,映画のレビューを書こうとするととても難しい。ネットに溢れているこの映画のレビューのどれとも違う視点で何かが書けるかというと絶対に無理だからだ。なぜ書けないかというと,結論は決まっていて,しかもその結論は実現不可能だからだ。このあたりは,麻薬問題を扱った映画に似ていると思う。

 例えば,貧困は悪であり,麻薬も悪だ。往々にして,麻薬問題の根底には貧困問題がある。麻薬撲滅のためにケシ畑を焼き払っても問題は解決しない。麻薬を売らなくては生活できないからだ。だから,麻薬生産・売買以外の生活の糧があればいいが,それがないから麻薬問題は解決していないわけである。

 同様に,不法移民が危険な労働現場で安い労働力として搾取されている問題一つとっても,陸続きの大陸を国境で区切っても人間の移動を遮断することは原理的に不可能であり,合法移動と不法移動の境目は極めてあやふやなところに根本的問題がある。そしてさらに,そもそも国境を引いたことに無理があるんじゃないか,なんてことになり,それを突き詰めていけば「民族とは何か,国家とは何か」という問題に行き着いてしまう。

 また,誰しも楽で安全な仕事をしたいが,3K(きつい,汚い,危険)の仕事は誰もしたくない。これは当たり前である。しかし,3Kの仕事を誰かがしないと社会は維持できない。これも当たり前である。だから,「安い賃金でも仕事がないよりマシ」という人を見つけてその仕事を押しつけることになる。押しつけられるのはヨーロッパでは移民であり,彼らは基本的に貧困国から職探しにやってきている。ましてやそいつらが不法移民の場合,押しつけ放題・搾取し放題である。彼らには「勝手に不法に入国」したのであり,国民としての最低限の権利を認める必要がないからだ。

 かくしてこの映画では,日雇い労働者の手配を仕事とするシングルマザーのヒロインが,今より少しでもましな生活ができて子供と一緒に暮らせるようになるため,不法移民たちからピンハネして彼らのわずかな稼ぎからかすめ取ることになる。誰もが,このままでいいとは思っていないが,ではどうしたらいいのかと問われたら頭を抱えるしかない。解答は簡単に見つかるが,現時点ではそれを実現できないからだ。


 舞台はロンドン。シングルマザーのアンジー(キルストン・ウェアリング)は職業斡旋所で働いていたが,上司のセクハラに遭い,それに文句を言ったことで解雇されてしまう。職を失ったアンジーは「自分ならもっと上手く職業斡旋の仕事ができる」と考え,ルームメイトのローズ(ジュリエット・エリス)と一緒に職業紹介所を開設する。とはいっても,行きつけのバーの裏庭に移民たちを集め,バンに乗せて工事現場に送るという,違法すれすれの仕事だ。

 彼女は持ち前の行動力とパワーで次第に顧客を開拓し仕事は軌道に乗っていくが,10代の息子(=父親に預けている)は学校で暴力事件を起こしてしまうし,アンジーの父親(=ポーランド移民ながら一つの仕事を30年間続けた)には,娘(=34歳なのに30もの仕事を転々と変えた)人生観は理解できない。

 そして彼女は,労働許可証を持たない不法移民の斡旋も始めるが,斡旋先の倒産から賃金不払いを起こしてしまう。何とか騒動はおさめ,おまけに自らの懐を潤すことに成功したかに見えたが,搾取されたことを知った移民たちは黙っていなかった。彼らはアンジーの息子を誘拐し,彼女のアパートに暴漢が侵入し,彼女は椅子に縛り付けられ・・・・という映画である。


 いつもなら,ここから映画のレビューを書いていくのだが,ここで止めようと思う。レビューの書きようがないからだ。それは,この映画が提示する様々な問題(移民問題,貧困問題など)に対して,万人が認めている模範解答は既にあり,それ以外の解答はあり得ない。悪は悪であり,悪であるが故に是正されなければならないが,その方法が現実にないからだ。

 「国境のない世界を想像してごらん。そこには戦争はないはずだ」と歌われたら,それを否定はできないだろう。「貧困者のいない,皆が裕福な社会を作りましょう」と言われたら,内心それは無理だと思っていても正面切って否定することは難しい。「差別のない平等な社会を目指しましょう」というのに対しても同様だ。「勉強のできない子供のいない学校にしましょう」というスローガンも否定し難い。どれもこれも理想的正論だから否定のしようがないし異論を出しにくい。難しいのはその実現方法だ。

 というわけで,この映画はすばらしい傑作である。絶対に見た方がいい映画の一つだ。ただし,私のようなヘナチョコ映画レビュワーとしてはお手上げである。

(2012/02/28)

Top Page