《9INE ナイン "Nine Dead"★★★(2009年,アメリカ)


 一世を風靡したというか,まだ風靡中というのが《SAW》に代表されるソリッドシチュエーション映画です。ソリッドシチュエーションとは,限られた状況下(多くは密室状態)に置かれた人間が極限状態でどう行動するかをスリリングに描いた映画のことを言います。ホラー色の強いものもあれば,謎解き要素の強いものもあり様々ですが,舞台が限られているために低予算でも面白い映画が作れるというメリットがあり,《SAW》の大ヒットを受けて,様々な「パチモンSAW」映画,「SAWまがいモン」映画が雨後のタケノコのごとく作られました。

 そして,柳の下のドジョウ作戦というわけで,内容は《SAW》とは似ても似つかないけど,とりあえずDVDジャケットだけ似せといて間違って借りてね,というのも登場するわけです。それが今回の《9INE》であり,以前紹介した《5IVE》なんですね。どちらもジャケットを見たら《SAW》のお仲間映画かな,と思っちゃうほど《SAW》のジャケットにクリソツ(・・・死語)です。

 でも内容は大違い。《SAW》はスプラッター系ホラー映画ですが,この《9INE》はサスペンス色の強い一種の社会派映画なんですよ。ジャケットを《SAW》に似せて得したんだか損したんだか,よくわかりません。


 舞台はロサンゼルス。謎の仮面男が次々と9人の男女を誘拐する事件が起きる。9人が意識を取り戻すと,そこは頑丈なコンクリートの部屋で,彼らは手錠をかけられて金属のポールに繋がれていた。そしてそこにあの仮面男が登場し,次のように言う。

 「お前たちが選ばれたのには理由がある。10分間時間を与えるから,皆で話し合ってその理由を探せ。もしも10分後にその理由がわかれば全員を解放する。しかし,理由がわからなければ1人を殺す。そして残りの8人はまた10分で理由を考えろ。10分で理由がわからなければまた1人が死ぬだけだ。その後また10分,時間を与える」

 そして男は部屋から出ていく。最初9人は,これは質の悪い冗談だと思った。誰も,拉致監禁されるような悪事を働いていなかったからだ。おまけに9人は互いに面識はなく,仕事も社会的地位にも共通点すらない。

 そして無為の10分間が過ぎ,男が戻ってきて「理由は何か?」と質問する。「理由なんて思いつかない!」と皆は口々に言うが,男は一人に銃を突きつけ,躊躇せずに射殺してしまった。そして,8人の男女の命を謎解きが始まるのであった・・・という映画です。


 拉致監禁された9人の顔ぶれは次のとおり。

  1. ケリー(メリッサ・ジョアン・ハート)・・・検事補
  2. ジャクソン(ウィリアム・リー・スコット)・・・ロサンゼルス市警の警官
  3. サリー(チップ・デント)・・・ストリップバーの経営者。何やら薄暗い過去を持つらしい
  4. リオン(エドリック・ブラウン)・・・いかにも犯罪歴がありそうな粗暴な黒人男性
  5. クリスチャン(ジョン・ケイツ)・・・俳優の卵らしい。もちろん前科あり。
  6. クーガン(ローレンス・ターナー)・・・小児愛好者で服役していた
  7. フランシス(マーク・マコーレー)・・・謹厳実直なカトリックの神父様
  8. エディ(ジェイムズ・C・ヴィクター)・・・製薬会社の社員
  9. チャン(ルシス・スーン)・・・英語がまるでできない中国人の中年女性

 絵に描いたように共通点がありません。しかし,これはどう考えても復讐であり,その理由がわからない限り一人ずつ殺され,しかも殺される順番はわからないのですから,気が付いていない共通点とか過去に関わった事件を見つけるしかありません。そして,彼らは互いに自己紹介し,自らの過去を告白し(例:検事補のケリーと警官のジャクソンは実は過去において不倫関係だった),わずかずつ手がかりを見つけていくわけです。しかし,絶対に人に言えない秘密とかはあるし,カトリックの神父は罪の告解の内容を漏らす訳にはいかないし・・・という訳で,推理はなかなか進まず,その結果犠牲者が次第に増えていくわけです。


 このあたりの作り方は確かにうまいんですが,映画としては非常に単調なんですね。何しろソリッド・シチュエーション映画で舞台はコンクリート部屋だけです。しかもストーリーの進行は[9人で適当に話し合うが不真面目な態度のやつが多い]⇒[結論はでない]⇒[仮面男が登場し1人射殺]⇒[8人になり,ちょっとはマジに話し合う]⇒[謎は解けない]⇒[さらに1人殺される]⇒[かなりマジになって話しあい,秘密の過去なんかも告白し始める]⇒[でも理由はわからない]⇒・・・の繰り返しなんですよ。地味な展開が地味な映像で延々と流れるだけです。

 で,もちろん最後には真相が明かされますが,わかってしまうと「そういうわけね」程度の理由なんですよ。9人の中で本当に悪いのは1人か2人だけで,残りの人間は「自己保身のためとか,金儲けのために結果的に荷担しちゃってた」程度なのです。だったら,9人を拉致監禁せずに,さっさとこの「本当に悪いやつ」を殺しちゃえば,それで復讐になったんじゃないかという気がします。


 特に気の毒なのは,犯罪被害にあって証言しただけの中国おばちゃんと製薬会社の社員さんです。中国おばちゃんは単なる見間違いなんで,これで殺しちゃうのは明らかにおかしいです。これじゃ,視力が悪いだけで殺されちゃいますよ。さらに製薬会社社員に至っては,社内規程に従って薬を出荷しなかっただけなんですよ。末端の社員を恨んでどうする,復讐のターゲットはこいつじゃなくその会社の偉いさんだろう,と文句を言いたくなります。

 もっと可哀想なのがカトリックの神父様です。犯人が教会に罪の告解に来たのにそれを警察に告げないのはけしからん,と言われたって,神父様は告解の内容をバラさないから神父様なんですよ。それを悪いというのなら,こんな末端の神父でなく,バチカンに行ってローマ教皇を拉致してくるべきですよ。だって「告解内容をバラしては生けない」と決めたのはバチカンなんだから・・・。それが筋と言うものです。映画の作り手もさすがにこの神父様をこの理由で殺すのはまずい,と気が付いたらしく,だからといって神父を殺さないとストーリーが先に進められないと矛盾に気づき,しょうがないので「あの死に方」にしたんでしょうね。


 それと,監禁男が仮面をつけている理由がよくわかりません。私の見逃しかもしれないけど,この男と9人の直接の接点はないからです。多分,素顔を晒したとしても誰一人,こいつが誰なのかわからないはずです。仮に,この時点で顔を隠す必要性があったとしても,冒頭のコンクリート部屋を作るシーンから仮面を被っている理由はありません。なんでそこまで仮面に拘っていたんでしょうか?


 それと,1人の男が共犯者もいないのに,9人の男女を誰にも知られずにロサンゼルスのど真ん中で拉致するって不可能じゃないかと思うのです。映画では,犯人はスタンガンで気絶させて車に無理矢理押し込んで拉致していますが,意識を失った大人の体ってすごく重くてグニャグニャしているため,一人で運ぶのはすごく大変です。しかも,9人には100キロオーバーと思われる男がいますから,こいつを初老期の犯人が一人で運ぶのはまず不可能でしょう。

 それと気になったのは,最初に9人が一斉に意識を取り戻すシーン。この9人は,1人の人間が共犯者なしに一人ずつスタンガンで気絶させて運び込んだはずです。つまり,〔気絶させる〕⇒〔車に押し込み,コンクリート部屋に運び〕⇒〔手錠をかけて金属ポールに繋ぎ〕⇒〔次のターゲットを見つけて隙をついて気絶させ〕⇒・・・としたことになります。まさか,日中に襲うわけには行かないでしょうから,襲うのは深夜です。となると,一晩で拉致できるのは2人か3人が限界だろうと思われます。つまり,最初の1人から9人目までに最短でも3日は必要です。となると,9人が一斉に意識を取り戻して・・・というのは絶対にあり得ないはずです。このあたりの不自然さはすごく気になりましたね。


 と言うわけで,映画の作り手としては「人間のちょっとした悪意の積み重ねが一人の人間の命を奪うことだってあるんだ。だから,人間は善行をすべきなんだ」ということを言いたいのかもしれないし,それに同意するのもやぶさかではありませんが,この映画でその証拠とされても困ってしまうんですよね。「個々の人間のちょっとした悪意」と「他人の死」を結びつけるなら,もっと緻密な脚本にしてもらわないと困ってしまうのですよ。

(2012/04/04)

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