《ショパン 愛と哀しみの旋律 "Chopin. Pragnienie milosci"(2002年,ポーランド)


 近年,クラシックの作曲家や音楽家を題材にした映画が多いが(例:ベートーヴェンマーラーラフマニノフナンネル・モーツァルト,これもその一つ。だけど,こいつはダメダメ映画だ。特に、ショパンが好きな人,ショパンについてよく知っている人,ピアノマニアの人はこの映画は絶対に見ちゃダメだ。

 これは要するに,ショパンとサンドの愛欲生活を昼メロ風にした三文映画である。よくもまぁ,こんなくだらない映画にしたものだ。ショパンをこよなく愛するピアノマニアの私としては,ひたすら「早く終わってほしい」と念じながら見た映画です(一応レビューを書くつもりなんで最後まで我慢をして見ましたよ)

 どうせアメリカあたりで作った映画だろうと思ったら,なんとポーランド映画じゃないですか。オイオイ,ポーランドの魂というべきショパンをこんな昼メロにして,君たちはポーランド人として恥ずかしく思わないのか? ポーランド人の誇りを忘れちゃったの?


 映画のストーリーはこんな感じ。

 帝政ロシアに侵略された祖国ポーランドから脱出したショパンはパリに到着した。当初,彼の音楽は受け入れられなかったが,ピアノの天才リストがショパンのエチュードをサロンで演奏したことから,ショパンの作品は人気を博していく。

 そしてショパンは女流作家として有名なジョルジュ・サンド(夫と離婚協議がようやく成立したばかりで二人の子連れだった)と出会い,二人は恋に陥る。6歳年下のショパンの才能に惚れ込んだサンドはショパンと同棲し、献身的に尽くすが,サンドの長男モーリスはショパンを嫌い,一方,娘のソランジュは母親への対抗意識から母親からショパンを奪おうとして盛んにモーションを掛けてくる。

 しかし、ショパンとサンドの愛はやがて破局を迎え,その数年後,ショパンは病死し,ショパンの心臓は姉がポーランドに持ち帰り,ワルシャワの聖十字架教会に収められましたとさ・・・という映画です。


 この映画はどこをとってもダメなんですが,まず言語がムチャクチャです。ポーランド映画なのに全て英語なんですよ。ワルシャワ時代のショパン一家の会話も英語なら,パリに出てきてからの会話も英語です。私は最初,アメリカ映画だと思っちゃいましたよ。ポーランド映画なら少なくともポーランドのシーンはポーランド語でないと困るし,パリではフランス語でないとダメでしょうが。サンドがショパンに「I Love You!」と英語で求愛するシーンなんてお笑いですよ。

 しかも,映画の中でパリのショパンの生活の世話をするヤン(ポーランド人)が,サンドにわからないようにショパンにポーランド語で話しかけ,それをショパンがたしなめるというシーンがあるんですが,そこもまで英語なんだから出来の悪いギャグ映画です。お前ら,ポーランド人としての誇りを無くしちゃったのかよ!

 ちなみに,当時の世界標準語はフランス語であって英語ではありません。英語が世界標準になるのは第2次大戦後です。


 ピアノを演奏するシーンは可もなく不可もない感じでしたが,時代考証がメチャクチャ。
 パリに到着したばかりで無名だったショパンを,リスト(既にピアニストとして有名になっていた)がショパンの『革命のエチュード』を演奏し,それがきっかけでショパンは世に知られるようになった・・・というエピソードは楽しいですが,ここでショパンが『英雄ポロネーズ』を演奏するのは完全におかしいです。このポロネーズは10年以上あとの1842年の作品だからです(ちなみに『革命のエチュード』は1831年作曲)。ここでショパンが演奏するならパリ到着時に既に完成されていたエチュードのどれかであるべきです。

 その後も,映像に合わせて曲が選ばれていますが,もちろん,作曲年代と合っていません。ここぞというところで『幻想即興曲の中間部』とか『遺作の嬰ハ短調ノクターン』とか『アンダンテ・スピアナートと華麗なるポロネーズの冒頭』が繰り返し演奏されるんですが,ショパン好きとしては,なぜこの時期にこの曲なの,という違和感のほうが強いです。

 マジョルカ島での嵐のシーンで,『前奏曲ニ短調 Op.28-24』が流れるのは適切ですが、最後の奈落の底に真っ逆様に急降下するような3度の連続急速下降半音階を、何度も何度も,途中で止めてはまた最初から流すのは止めて欲しいです。練習室での練習を何度も聞かされている気分になり,耳を塞ぎたくなります。

 ちなみに,ショパンが演奏しているのはプレイエル・ピアノらしく,これはショパンが愛好していたピアノですが,肝心の響きはプレイエルでなく現代のコンサートグランドです。これも減点対象っすね。


 そういえば,最初の方でショパンが「世界で一番指の長いリストの真似をして弾きま〜す!」と言って,リストのステージの真似をして派手にグリッサンドを入れて『ハンガリー狂詩曲第2番』のフリスカを演奏するシーンには苦笑しちゃいました。演奏しているのは多分,横山幸雄さんでしょう。
 ちなみに,リストの手はワイマールのリスト博物館に右手原寸大の石膏モデルが飾られていて,親指7センチ,中指12センチとのことで、特別巨大というわけではないようです。

 リストは登場するんですが、彼がピアノを弾くシーンはあまりなく、そこらのお兄ちゃんかな、というくらいオーラがなかったです。もちろんこの映画は「ショパン映画」だからリストなんてどうでもいいのかもしれないけど、ショパンと言えばピアノなんだから、リストの演奏シーンがほとんどないというのはなんだかなぁ、と言う気がします。


 あと,俳優さんの年齢が気になりましたね。事実関係から書くと,ショパンが1810年生まれ,サンドは1804年生まれで6歳年上,サンドの長男モーリスは1823年生まれで,長女のソランジュが1828年生まれです。

 ショパンとサンドの交際が始まったのは1838年で,ショパン28歳,サンド34歳ですが,映画で見るとどうみてもサンドのほうが10歳以上年上にしか見えません。二人の生活が破局を迎えるのは1847年ですから、この時ショパン37歳,サンド43歳のはずなんですが,このシーンでのサンドはどう見ても50代女性です。目尻の小じわとか額のシワとか,映像で見るのが気の毒なくらい老けています。だから,見ている方としては「ショパンはなんでこんなオバちゃんと付き合っていたんだろうか? 熟女マニアだったの?」と思ってしまいます。

 そして,ショパンとモーリスの年齢差は13歳ですが,二人を演じる俳優さんの実年齢はモーリス役の俳優が1歳若いだけなんで,映像で見ると二人はほぼ同年代にしか見えません。このため,「母親とショパンのベッドシーンを見てしまったモーリスがショックを受ける」というシーンにしても,15歳のモーリスならしょうがないと思うけど,映画のモーリスはどう見ても25歳くらいなんですよ。だから「25の息子が母親と恋人のいる寝室に入るなんて、バカじゃん!」としか思えないのです。

 そして,母親とショパンの取り合いをする娘のソランジュですが,ショパンとの年齢差は18歳です。つまりサンドとショパンが同棲を始めた時に10歳,ソランジュがショパンに愛を告白するのは多分15歳か16歳。まぁ,当時はこの年齢で嫁入りしていたからありえない話じゃないか・・・。


 いずれにしても、映画の前半はまだいいけど,後半に入ってサンドの子供たちをめぐってショパンとサンドの対立が生じるあたりは,ドロドロの昼メロ愛憎劇そのものです。おまけに、これでもかこれでもかと描写がねちっこいため、こういうドロドロドラマが好きな人以外は辛いんじゃないでしょうか。

 見ていて一番いらつくのはサンドの息子のモーリスです。ショパンと対立するのは20歳くらいと思われますが,ショパンが自宅にいるのが気に入らなかったらさっさと家を出て独立すればいいんですよ。絵の才能もあったみたいだし,家を出て本格的に絵を勉強すればいいじゃないですか。ところがモーリスは母親にウジウジとしがみついて、母親を奪ったショパンを憎んでいるだけです。ショパンがいなくなればまた自分は母親は自分だけ愛してくれると信じているみたいで、完全なパラサイト息子です。


 それと,映画としてダメなのが,「こいつは誰なんだ」という登場人物が数人いて,紹介なしに登場して,いつの間にか主要人物に収まっています。こういうのは困るんですよね。

 多分,ショパンが登場する映画を見たがる人って,ショパンを知っている人だと思うのです。そういう人の中で,ジョルジュ・サンドとの愛欲生活とサンドの子供たちとのドロドロ愛憎劇を見たい人っているんでしょうか。私はいないと思います。私だったら,ショパンやリストやタールベルクが競い合って演奏するシーンとか,作曲家のメンデルスゾーンや画家のドラクロア,その他の作家や詩人たちとの交友が見たいし,当時のサロンの雰囲気が見たいのです。そういう映画を作って欲しかったです。


 以下,かつてピアノマニアだった私がショパンについて思っていることをちょっと。

 ショパンはピアノ音楽の歴史の中では独立峰みたいな存在だと思う。「私の前に道はなく,私の後ろに道ができる」という言葉を地で行っているのがショパンだ。ピアノ曲作曲家としてショパンの前を歩いた人はなく、そして,彼の登場以後、雨後の筍のごとく「ショパンの亜流」,「なんちゃってショパン」のピアノ曲がそこらに溢れたのだ。実際,ショパンの影響を受けなかったピアノ曲作曲家は一人もいなかったと言える。

 ショパンがフンメルやカルクブレンナーのピアノ曲を愛していたことはよく知られているが,彼らのピアノ曲の楽譜を見るかぎり,ショパンに通じる技巧的要素・音楽的要素はほとんどないと思う。ショパンのピアノ技法は突然誕生し,そして生まれた時から完成していたのだ。

 また、ショパンの同時代の大ピアニストといえば,リスト(1811年),タールベルク(1812年)などがいるが,彼らのピアノ曲の演奏技巧は[ベートーヴェン⇒ツェルニー⇒リスト⇒リストの弟子たち⇒20世紀初頭の大ピアニストたち・・・]というピアノの王道の正常進化の道であるが,ショパンの場合はこの主系列とは全く無関係だと思う。ショパンのピアニズムの真の後継者はドビュッシーだけだ。その意味でショパンは,一人で世界を切り開き,独力でそれを完成させたピアニストであり,ピアノ技巧研究家であり,空前絶後のピアノ曲作曲家だと思う。

(2012/04/06)

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