新しい創傷治療:コンテイジョン

《コンテイジョン "Contagion"★★★★(2011年,アメリカ)


 20年くらい前からパンデミック,つまり新型ウイルスによる大規模感染を扱った映画をよく見かけるようになった。近未来を舞台にしたSF的パンデミック映画もあれば,現実の世界を舞台にした極めてリアルな映画もあるし,ウイルス感染によるゾンビを描くホラー映画も多い。本作はそういうパンデミック映画の一つだが,誇張を極力避け,科学的に描くことで,現実に起こりうるパンデミックの恐怖を見事に描いている秀作だ。

 また,他のパンデミック映画のようにヒーローやヒロインが活躍しないと言う点でも,異色の作品となっている。とにかく,アカデミー賞クラスの俳優がこれでもか,これでもかと出演しているのに(マリオン・コティヤール,マット・デイモン,グウィネス・パルトロー,ケイト・ウィンスレットなど),主人公的に扱われていないのである。バルトローに至っては映画の一番最初の方で死んでしまう役だし,ウィンスレットも中程で死んでしまい,おまけにまともな葬儀すらしてもらえない役である。デイモンもコティヤールも普通の映画で言う「主人公」ではない。

 というわけでこの映画には主人公はいない。主人公は登場人物全員と言っていいかもしれない。急速に感染が拡大する致死率20%を超える未知のウイルスに対し,普通の市民,普通の研究者がどのように行動するのかというシミュレーションであり,特定の医師や研究者がスーパーマン的に活躍する映画ではないのだ。この点で,これまで作られた多くのパンデミック映画とは一線を画している。

 映画は,最初の感染者が感染してから2日後の様子から始まる。最初の1日目になにが起きたのかは映画のラストで明かされるが,現実に起こり得るメカニズムであり,科学的にも納得できるものだ。


 香港を旅行していた女性ベス・エムホフ(グウィネス・パルトロー)は空港の喫茶店で飛行機を待っているが,軽くせき込みながらかつての恋人に電話をしていた。同じ頃,彼女が訪れたカジノのウェイター,そのカジノにいたウクライナ人女性,そして東京のビジネスマンも咳込んでいた。

 そしてベスはアメリカに帰国し,夫のミッチ(マット・デイモン)が迎えるが,そこで突然,倒れて痙攣を起こし,救急搬送された病院で死亡する。そして悲しみに暮れるまもなく,ベスの連れ子のクラークも意識を失い,自宅で死亡する。

 ベスの余りに急激な容態変化に異常を感じた医師はベスの遺体を解剖するが,脳に異常な炎症が起きていることを発見し,WHOに連絡する。そしてそのころ,世界各地で死者が出始め,CDCはベスの香港での足取りを追跡する。

 その頃,ブロガーのアラン(ジュード・ロウ)はYouTubeにアップされている動画に気づいた。それは東京で一人の男が変死した様子を伝える動画だったが,アランはそれが新型感染症ではないかとブログで取り上げ,数日後,世界中で感染者が増えたことから瞬く間に彼のブログは世界から注目され,マスコミが隠している事実を公開した英雄と有名になる。そこで彼は,レンギョウ(漢方薬の一つ)が有効だとブログに書き,レンギョウはあっという間に品薄になってしまう。

 一方,CDCでワクチンの研究をしているアリー・ヘックストール(ジェニファー・イーリー)はようやくワクチンを発見するが,安全性を確かめ,有効性を確かめるには数ヶ月の時間がかかることを知る。そして彼女は自分の体にワクチンを打ち,感染者との接触を決意する。

 一方,アメリカ各地では軍による都市の封鎖が始まり,街では商店の略奪が頻発し,ワクチンを手に入れるためにCDC職員の誘拐事件も起きてしまい,ベスの足取りを追うために中国を訪れていたCDC職員のレオノーラ(マリオン・コティヤール)も誘拐され・・・という映画である。


 とにかく,パンデミック映画としては極めてリアルで,医学的にもおかしなところはほとんどない秀作であり,よけいなエピソードがほとんどないストレートな作りになっているので,見て損はないと思う。

 この映画はすでに多くの映画レビューサイトで取り上げられているので,それらとはちょっと異なった視点から書いてみることにする。


 この映画を実際に見るとわかると思うが,豪華俳優陣を端役のように使う気前の良さとともに,ロケもすごい規模だと思う。無人になって廃墟のようになった町並みや空港,次々に発生する患者を収容するための施設となったスケートリンク(?),ワクチンを打つための施設の様子など,半端でなく金がかかっている映画だと思うし,調べてみると6800万ドル(現在のレートで約53億円)かかっているらしい。


 この映画ってもしかしたら,WHOとかCDCが全面協力しているんじゃないかという気がする(公式サイトには全く言及されていないので,完全なる私の邪推である)。CDCあたりのバックアップがなければ,極めてリアルなウイルス研究施設内部の様子なんて撮影できないだろうし,もしかしたら,実際のCDC内部で撮影したんじゃないかという気さえする。なぜかというと,この映画で一番得をするのは俳優でも映画監督でもなく,CDCでありWHOだからだ。「近い将来必ず起こるであろうパンデミック」に対し,全世界の人々の注意と興味を喚起するためには,これ以上ない内容だからだ。

 CDCはもちろん素晴らしい活動を日夜続けている素晴らしい組織だが,ことウイルス感染に関しては「新型感染症が蔓延して人類は危機に!」と大騒ぎし,その後「実際にはたいしたことなくすぐに終焉」というパターンを繰り返しているからだ。エボラ出血熱もそうだったし,マールブルク出血熱もこのパターンだった。SARSも鳥インフルエンザも新型インフルエンザもそれに近かった。実際,この映画でも「豚インフルエンザは騒ぎすぎだったじゃないか」というセリフがあるくらいだ。数年前の日本での新型インフルエンザ騒動をあなたは覚えているだろうか。


 一方,以前にも取り上げたが,CDCの予算を見ると,先進国も途上国も「8割が感染症対策,その他は2割」である。先進国では感染症以外の死亡者がはるかに多いのに・・・である。実際,「CDCの感染対策予算は多すぎるのではないか」という意見も時々上がっている。

 なぜ,CDCでは患者の少ない感染症に多額の予算を割いているかと言えば,「新型感染症が出現したら瞬く間にパンデミックとなり,人類は危機を迎える」という意識がCDC内部で共有されているからだろう。そしてそういう危機感を正当化するためには,繰り返し繰り返し,「今度こそパンデミックが起こる/今年こそ新型ウイルスが登場する」と言い続ける必要があるはずだ。

 そして,パンデミックを扱った映画を見ると,実によくCDCとその職員が登場し,多くの場合,彼らが映画のヒーロー,ヒロイン役になっているし,これは実際のCDC内部じゃないの,と思われるシーンも少なくない。だから,これらの映画は「CDCとWHOの宣伝映画」に見えたりするのだ(もちろん,そうやってみる方が悪いのだろうが)


 思い起こせば,「強毒型鳥インフルエンザが突然変異して,死亡率の高いヒトインフルエンザに変異する。それが人から人に感染するようになったら人類は危機だ」という報道されるようになり,最初の鳥インフルエンザの死者が出てから10年ほどになる。しかし10年たっても人から人に感染するウイルスに変異はしていないようであるし,「鳥インフルエンザは致死率が高い」というデータそのものが捏造だったそうだ。

 CDCもWHOも毎年,「今年こそ狼がやってくる」と警告を出すが,実際にやってきたのは狼でなくチワワやミニチュア・ダックスフンドだった。もちろん,今年こそ本物の狼がやってくるかもしれないが・・・。
 もちろん私は,今年もチワワがやってきて,本物のオオカミには来て欲しくないのは言うまでもない。


 なお,上記の私の推論(・・・邪推とも言うが)について,次のようなご意見を頂いた。やはり当たっていたようだ。

 さて「コンテイジョン」に関する、特にWHO,CDCの感染症対策偏重に関する先生の論評ですが、かなり当たっていると思います。私も以前WHOで勤務したことがありますが、感染症対策課という部門は2003年のSARS騒ぎ以降焼け太りし、ありとあらゆる機能(薬剤や防護具、検査キットの備蓄、検査、果ては新聞、TV等メディアの監視、広報宣伝担当者等々)を包含して膨張しておりました。現在は多少収まっているようですが、肥満症やそれに関連した脳血管障害の予防などへ割くべき予算は相変わらず少ないようです(既に離職しているので現状はあまり知りません)。

 私自身は現在も公衆衛生的な仕事に従事するため名前や所属は秘匿して頂きたいのですが、感染症対策と非感染症対策(母子保健やたばこ対策などを含め)はバランスが重要で、現状のWHOやCDCの感染症対策偏重政策にはかなり懐疑的に見ております。

(2012/07/10)

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