《トイレット》★★★(2010年,日本/カナダ)


 私は音楽が効果的に使われている映画に対しては点数が甘いです。それがピアノ曲だったりすると,もう無条件で二階級特進させたりします。ピアノが好きなんだからしょうがないです。

 この映画は引きこもりのピアニストが登場します。その引きこもり君の復活を告げる曲はリストの『ため息』,その次に弾くのはベートーヴェンの『ワルトシュタイン』の第1楽章です。そしてコンクールで演奏するのはリストの『波を渡るパオラの聖フランシス』! ちなみにこの曲は私の得意曲の一つでした。このシーンでの左手の和音連打で主題が勝ち誇ったように登場する曲のクライマックスはまさに感動的です。ここだけなら,私の好みど真ん中です。もう黙っていても二階級特進です。

 でも,二階級特進させても★★★にしかなりません。この感動的な演奏を台無しにするような演出をしたからです。なんでこんな余計な演出をしちゃったんでしょうか。この映画の監督は音楽に恨みでもあるんでしょうか。

 ちなみに,監督は《かもめ食堂》などで知られる荻上直子さんで,カナダのトロントでロケを行った作られた映画のようです。


 映画は母親の葬儀の場面で始まります。残されたのは3人兄弟と祖母と一匹の猫。長男のモーリー(デヴィッド・レンドル)はパニック障害のために4年間家を一歩も出られずに引き籠もり生活をしているピアニスト,次男のレイ(アレックス・ハウス)は医薬系の研究所(?)の職員でプラモデルオタク。そして長女のリサ(タチアナ・マズラニー)は何かとうるさい女子大生。そして祖母(もたいまさこ)の「ばーちゃん」は日本人で英語は一切しゃべれません。そういう4人と1匹の共同生活が始まります。

 ばーちゃんは毎朝トイレが長く,トイレから出てくるたびに深いため息をつきます。レイはそれが気になりますが,それがなぜなのかは全くわかりません。

 一方,モーリーは母親の形見を整理していて懐かしい足踏みミシンを見つけますが,壊れて動きません。そしてモーリーは「ばーちゃん」に一生懸命,ミシンを直せないか英語で話しかけます。必死なモーリーな表情ですべてを察したばーちゃんはミシンを直してくれます。そして,モーリーはミシンであるものを作るために,4年ぶりに外に出ます。そしてリサは同級生の男子学生が気になったりします。

 そんなある日,レイは同僚のインド人から「日本のハイテクトイレはすごい」という話を聞きます。あのマドンナが日本から持ち帰りたいと言ったあの商品です。レイはばーちゃんにトイレをプレゼントしようと考えます。

 モーリーはまたピアノを再開し(このシーンで演奏するのがリストの『ため息』。もちろん,ばーちゃんの「ため息」と掛けた選曲である),リサはエアギターのコンテストへの出場を決意しますが,そんなある日,ばーちゃんが倒れてしまい・・・という映画です。


 この筋書きを読んで,なんか無理矢理だなと思いませんか。ばーちゃんがトイレから出て深いため息をつく理由は最後まで明かされません。まぁ確かに,一度ウォシュレット生活を体験してしまうと,ウォシュレットなし生活には戻れませんよね。ウンコの後に直に紙でお尻を拭くのってすごく面倒というか,拭き残しウンコが付いているような感じがあり,文明生活から一気に原始時代に逆戻りしたような感覚を覚えますからね。

 でも,だからといってトイレが長く,毎日毎日,深いため息を付く理由になるかというと,ちょっと無理があるように思うんですよ。この映画はTOTOの特別協賛ということで,ウォシュレットという商品名が何度も登場しますから,そこらは「大人の事情」ってやつかもしれませんが,見ている方は「いきなりウォシュレットかよ。TOTOがスポンサー様かよ」と苦笑するしかありません。


 その他にも,兄弟たちの行動が唐突で説明がないため,見ている方は困ってしまいます。たとえばモーリーが母親の形見の古い足踏みミシンを見つけるのはいいとしても,それでロングスカートを縫い,そのスカートをはいてコンクールに出場するというのは,何が何でも変すぎてどう反応していいか困ります。コンクールの観客だって普通ならあの姿を見たら笑い転げるはずです。なぜロングスカートを作るのか,それにどんな意味があるのかくらいは説明すべきでしょう。

 リサのエアギターも唐突すぎ! 確かにばーちゃんがテレビで何度かエアギターを見ていたというシーンはありますが,だからといって「私はフェイクでない証明としてエアギターをやりたい。優勝してフィンランドに行きたい」となるのは何が何でも無理がありすぎでしょう。ここも,もう一言二言,説明があってしかるべきでしょう。ちなみに,エアギターで演奏するのはベートーヴェンの『ワルトシュタイン』のハードロック・バージョン。この演奏は面白いです。

 最後のモーリーがトイレで○○を流しちゃうシーンも笑っていいのか笑っちゃダメなのか,そのあたりも見ていて困ったな。監督としては「見ている人のご自由に」と思ってあのラストシーンにしたのかもしれないけど,なんだかなぁ・・・。


 結局,最後まで何がいいたいのかわからない映画でした。少なくとも,コンクールで『何を渡るパオラの聖フランシス』を弾くシーンは普通の格好で演奏させた方がよかったです。演奏の素晴らしさをあのお笑いロングスカートが帳消しにしちゃいました。

(2012/08/10)

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