鳥と烏は字が似てるよねぇ,という映画ですね。《鳥》といえばもちろん,ヒッチコック監督の往年の名作映画ですが,「鳥」から一本線が足りない「烏」を主人公にしています。「烏」による動物パニック映画はもう一つありますが,映画の出来としてはそちらの方が映像的にもストーリー的にも遙かによかったですね。
ちなみにヒッチコックの《鳥》にミッチー役を演じていたロッド・テイラーさんが医者の役で登場します。すっかりおじいちゃんになっていますが,なかなかいい味を出しておりました。
ストーリーはこんな感じ。
舞台はアメリカの田舎町。ある朝,牧場で牧場主が死んでいる,という緊急連絡が保安官のウェイン(ショーン・パトリック・フラナリー)に入る。その頃,スクールバスの運転手も大群の烏に襲われるという事件が起こり,町のあちこちで同様の異変が起きていた。それは大型のワタリガラスだった。一方,町の中学校教師は町はずれで閉鎖的な生活を送っているプロテスタント・メノナイト派の牧場を訪れ,彼らがある事件を隠していることを知る。そして,烏の大群が人々を襲ってきて・・・という映画です。
あらすじ紹介がこれだけで終わっちゃう映画ってのも久しぶりです。これだけ内容もドラマ性も希薄なのに,よく90分映画にできたなぁ,と逆に感心するほどです。
烏がモンスター化して人を襲うという映画を作りたいと発想してもいいんですよ。でも,どうせヒッチコックの《鳥》に比べられるのは最初からわかっているんだから,監督は腹を決めるしかないのですよ。路線はいくつもあります。
この映画はどういうふうにしたかというと 「ヒッチコックの出来の悪いリメイク」+「多少スプラッター」+「ちょっぴり巨大化」 という,何とも中途半端な路線です。死体の頭のお肉(galea aponeurotica あたりかな?)をつついているシーンとかはちょっとエグいけど,烏に襲われて死んだ死体の顔はほとんど傷は付いていないため,「烏に襲われて死んだんですよ」と言われてもみている方が納得しません。グロ路線でやると決めたなら,徹底的にやらないとダメですよ。
それと,狂牛病にかかった牛の死体を烏が食べたら凶暴化しちゃった,という設定は何がなんでも変でしょう。映画の中にも「烏が狂牛病にかかるってあり得るの?」というセリフがあるくらいですから,映画の登場人物も「変だなあ」と思っているようです。この手の映画ではモンスター化の理由とか原因はしっかり設定すべきですね。
最後のカラスの大群はガソリンスタンドで爆発を起こして倒すんですが,さすがにこれは無理っぽいと映画監督も思ったらしく,「爆発で死んだのかしら?」,「そうじゃないと思う。別の原因で全て死んだんだ」 というものすごい説明をしています。オイオイ,登場人物がそれを言っちゃダメでしょう。ここらもしっかりと説明して欲しいですね。だって,この手の映画では「●●の大群をどうやって倒すか」がキモですから。
それと気になったのは,ヒーロー役のウェイン保安官の恋人(人類学者とかいっていたな)が映画にほとんど絡んでこないこと。普通なら,メノナイト派の牧場に行って真相を暴く役とか,生物学者でカラスの生態に詳しくて彼女が烏を退治する方法を考案するとか,そういう役目をするはずなんですが,全く役に立たない登場人物の一人でしかありません。おまけに,人類学者であるという設定も全く映画に絡んできません。だったら,この恋人を登場させる意味がないですよ。
あと,アメリカ映画といえば銃をぶっ放すのが定番ですが,空を飛んで襲ってくる烏をライフルで撃って,百発百中に当たっちゃうというのは,何がなんでも無茶すぎ。というか,このバス運転手さんはクレー射撃の世界チャンピオンなのかもしれませんね。
この映画で特徴的なのがメノナイト(Mennonite)派の信者が登場することです。最初に登場したとき,黒い帽子と髭面なんで「アーミッシュかな?」と思ってしまいましたがメノナイトでした。
メノナイトはキリスト教のアナバプテスト派の一宗派とのことで,幼児洗礼を拒否することで他の宗派と一線を画しています。キリストの教えを理解して心から信じるようになってから洗礼を受けるのが本当のキリスト教だと教えているので,再洗礼派の一つとしていいのかな?
メノナイト派の中でもさらに路線対立が起きて,メノナイトとアーミッシュに分かれたそうです。プロテスタントは元々カルトになりやすい性格を持っていて,いろんな宗派に分派します。カルトは細分化しやすいのです。
アメリカの最初の13州も,元はといえば宗派の違いですね。あまりのカルトぶりにドイツもイギリスも追い出されたカルト集団が,自分たちの信じるカルト宗派を守るために大西洋を渡って国を作ったのがアメリカという国なんだとか。アメリカ各州の州立大学は元々,宗派ごとの牧師さん養成学校だったようです。
(2013/01/08)