- 【序 ミトコンドリア −世界を操る陰の支配者】
- ミトコンドリアはかつては自由生活性の細菌,20億年ほど前,自分より大きな細胞の中での生活に適応した。
- ミトコンドリアにはゲノムの断片がかつての独立した存在の名残として保持されている。
- その宿主細胞との込み入った関係が,エネルギーや有性生殖や繁殖力から,細胞の自殺,生体の老化や死に至るまで,生命を織り成す生地全体を作り上げた。
- 【第1部 ホープフル・モンスター −真核細胞の起源】
- 真核細胞は細菌に比べると巨大。体積は1万〜10万倍
- 真核細胞の核は核膜に包まれる。細菌には核が全くないか,膜に覆われていない核しかない。ゲノムのサイズ(遺伝子の総量)もはるかに少ないDNAしか持っていない。
- 細菌のDNAは細胞膜にくっついているか,細胞内を漂い,すぐに複製が作れるようになっている。真核細胞の遺伝子は染色体をきっちり覆っているヒストン(蛋白)が遺伝子への直接アクセスを阻んでいる。
- 真核細胞の遺伝子は短い断片に別れてバラバラの順序になっている。
- 核膜は平たい大きな小胞がいくつも融合しており,細胞内のほかの膜と繋がっている。
- ミトコンドリアと葉緑体は二重の膜に包まれているが,核膜と異なり,完全に切れ目のない壁となっている。
- 細菌には内部の膜系がほとんどない。
- 真核細胞には細胞骨格という蛋白質繊維からなる支持体が詰まっている。
- 細胞の内側にある細胞骨格と外側にある細胞壁は,同等の機能を持っていて,昆虫の外骨格と動物の内骨格と同じ役割。
- 細菌は40億年近くもほとんど変わっていないのに,なぜ真核生物は非常に複雑な進化をしたのか。
- 真核細胞は細胞壁を脱ぎ捨てることで形を自由に変えることができ,食作用によって食物を丸ごと飲み込めるようになった。
- 古細菌は細胞壁を持つが化学組成が違い,抗生物質は古細菌の細胞壁の合成を阻害しない。細胞壁が細菌同士の化学戦のターゲットだったという見方を裏付ける。
- 古細菌の遺伝子の3割は古細菌に固有。全生物は3つのドメイン(細菌,古細菌,真核生物)に分類される。
- 古細菌のDNAも容易にアクセスできず,自分のDNAの腹写や転写をするためには複雑な転写因子が必要。蛋白質の作り方も古細菌と真核生物は似ている。
- 真核生物はどれもミトコンドリアを持っているか,かつて持っていた。ミトコンドリアを持たない真核生物はいない。
- 真核細胞そのものが,最初にミトコンドリアの祖先の細菌と宿主細胞との共生によって作られた可能性がある。
- ミトコンドリアはα−プロテオバクテリアと関係している。
- 最初の真核生物は,メタン生成菌とα−プロテオバクテリアとの融合の産物か。しかし,メタン生成菌は酸素を嫌う。酸素を嫌うメタン生成菌と酸素を好む細菌の共生なら,メタン生成菌がα−プロテオバクテリアを取り込むメリットはあるのか。α−プロテオバクテリアのメリットは何か?
- メタン生成菌は無酸素状態でないとエネルギーを生成できない。
- 「水素仮説」:メタン生成菌の代謝が水素に依存し,α−プロテオバクテリアがその水素を提供するという協力関係にあった。
- 真核細胞の進化が本質的に偶然の出来事で,地球上でただ一度しか起きなかったのではないか。他の惑星で細菌が誕生することはあっても真核細胞が登場することはないのでは。
- α−プロテオバクテリアはさまざまな代謝能力を持っている。太古の酸素がほとんどない海底で,プロテオバクテリアは他の細菌の死骸を発酵させてエネルギーを生み出し,水素と二酸化炭素を廃棄物として放出。メタン生成菌はその水素と二酸化炭素を食べて生活。次第にメタン生成菌はプロテオバクテリアを包み込んでいく。
- しかし,メタン生成菌は食物を取り込むのに慣れていない。しかしプロテオバクテリアは食物を取り込むのに必要な遺伝子をすべて持っていたから,遺伝子をメタン生成菌に渡せばメタン生成菌が外から食物を取り込め,プロテオバクテリアがメタン生成菌に水素と二酸化炭素を提供できる。しかし,メタン生成菌がブドウ糖から複雑な有機分子を組み立てるのに,プロテオバクテリアはブドウ糖を分解してエネルギーにする。つまりブドウ糖の奪い合いになる。そこで,プロテオバクテリアが遺伝子の多くをメタン生成菌に渡すことで解決。メタン生成菌がブドウ糖を発酵させて,その分解生成物をプロテオバクテリアが使えるようになるから。
- メタン生成菌の集団と,その近くのプロテオバクテリアがいて,メタン生成菌に包まれて窒息死したプロテオバクテリアの遺伝子は水平移動によりメタン生成菌に移動。
- 遺伝子の水平移動により,メタン生成菌は2組の遺伝子群を手に入れ,万能選手となる。周囲の環境から食物を取り込み,それを発酵させてエネルギーを生み出す。メタンの生成を阻んでいた酸素の豊富な環境を避けなくてもよくなり,有酸素の環境では内部に取り込まれたプロテオバクテリアは酸素を使うとはるかに効率よくエネルギーを生み出せた。後は,プロテオバクテリアの膜からATPを抜き取れるようなATPポンプがあればいい。
- このポンプは共生の歴史で非常に早い時期に登場していたと考えられる。これで「核のない真核生物の原型」が得られたことになる。
- 酸素濃度が上がると硫黄は酸化されて硫酸塩となり,海水中にたまる。このため硫酸塩還元細菌も増加。この細菌は現在の生態系では水素の奪い合いではほぼ必ずメタン生成菌を打ち負かす。弱者のメタン生成菌はロドバクテリアなどの水素生成菌と親密に協力するようになる。
- 競合が,最初期の真核細胞を,酸素呼吸の遺伝子の喪失より前に,その遺伝子が役立ったはずの酸素の豊富な表層水まで押し上げたのではないか。
- 【第2部 生命力 −プロトン・パワーと生命の起源】
- 呼吸でのブドウ糖の燃焼は酸化。物質は電子を失うと酸化される。電子を受け取ると還元される。酸素は電子に飢えている強力な酸化剤。
- 呼吸はプロトンポンプを使ってエネルギーを生成。酸化還元反応で発生したエネルギーによって,膜を通してプロトンが汲み出される。すると膜を挟んで,プロトン濃度の差ができる。このプロトン駆動力がATPアーゼのモーターを動かし,生命の普遍的エネルギー通貨であるATPを生み出す。
- 細菌は基本的にプロトンを動力としている。プロトンポンプは細菌にとってまず必要な生命維持装置。細菌にも古細菌にもよく似た構成要素の呼吸鎖を持ち,どちらもその呼吸鎖を使って膜を越えてプロトンを汲み出してプロトン駆動力を生成。
- プロセスの本質だけ見ると,呼吸は発酵よりはるかに単純。電子の伝達,膜,プロトンポンプ,1個のATPアーゼだけあればいい。問題は膜が必要なこと。
- 古細菌と細菌では細胞膜の膜脂質が異なっていて共通点がない。両者の共通祖先であるLUCAが脂質の膜を持っていなかったと考えられる。プロトンを汲み出せるような膜として,無機質の膜(鉄硫黄化合物の泡状の薄層)ではないか。鉄硫黄化合物は生命史上最初の有機反応の触媒となって糖とアミノ酸とヌクレオチドを生み出したのでは。
- 海中の火山性の湧水地点が生命誕生の場か。硫化鉄の膜で繋がった微小な泡は化学的浸透を起こし,実験では膜を挟んでpHの差があるだけでATPが生成された。また,この泡は電子を伝導する。鉄硫黄化合物の「細胞」は継続的にエネルギーを供給するばかりか,基本的な生化学反応の触媒となりながら,反応生成物をその場にとどめる(拡散を防ぐ)。
- 【第3部 内部取引 −複雑さのもと・・・なぜ細菌は単純か,なぜミトコンドリアは複雑さをもたらすのか】
- 地球上の複雑な多細胞生物は全て真核細胞で構成されている。細菌は40億年間,細菌のままである。複雑さの種がミトコンドリアによって撒かれた。
- 細菌は生化学的にはほぼ無限の多様性を持つが,複雑さへ向かおうとしなかった。真核生物は生化学的にはあまり多様性はないが,体のデザインに関しては驚くほど多様化している。
- 水素仮説によれば,全く異なる二種類の原核細胞の化学的な相互依存が両者の緊密な結びつきを作り出し,ついには片方の細胞がもう片方の細胞を物理的に飲み込み,二つのゲノムがひとつの細胞の中で結合する。基本的に非ダーウィン的なプロセスで,中間段階はなかった。
- 生物の共生はオートバイに似ている。オートバイは自転車と内燃機関の共生体。誰かがまず自転車と内燃機関を発明していなければいけない。
- 細菌は自然選択だけでは真核生物に進化できなかっただろう。細菌と真核生物の間の溝を乗り越えるためには共生が必要だったし,複雑さの種をまくにはミトコンドリアの融合が必須だった。ミトコンドリアの融合なしには,われわれは細菌のままだったはずだ。
- すべての細胞の夢は二つの細胞になること。細菌は途方もない速さで複製を起こす。大腸菌の細胞分裂の速度は,DNAを複製する速度を上回る。急速な細胞分裂の間,どの細胞でも細菌ゲノム全体の複数のコピーが同時に生み出されている。
- 細菌の自然選択では分裂スピードが第一であり,そこに細菌が細菌のままでいる理由がある。
- 細菌が繁殖するためには,そのゲノムをライバルより速く複製しなければならず,そのためにはゲノムを小さくするか,エネルギー生産を効率よくする必要があった。
- 細菌繁殖の遅い環境なら,大きなゲノムでもよく,多芸さが重要。しかし,他の多芸な細菌との競合ではサイズを小さくする選択圧が働く。大きなゲノムは複製に時間もエネルギーも必要であり,そうでないものが選ばれることになる。
- 不可欠な遺伝子でなければ,失ったり損傷したりしても死には至らない。人間はビタミンCを作る遺伝子を失ったが,死に絶えなかった。果物が食べられたから。
- 宿主細胞から取り込めるなら,細胞に不可欠の多くの物質を自前で作る必要はなくなり,遺伝子も不要になる。
- 細菌は一度捨てた遺伝子を再び入手できる。遺伝子の水平移動。
- 細菌のゲノムサイズには上限があり,細菌は遺伝子を捨てようとする傾向がある。
- 細菌で「種」を定義するのは難しくなる。例として大腸菌には2種類の系統があるが,この2種類の遺伝子の違いは,全脊椎動物全体の遺伝子のばらつきより大きい。
- めまぐるしく条件が変化する場合,遺伝子のレパートリーを大量に持つ細胞でないとピンチを切り抜けられない。そうなると,より早く複製ができる細菌に駆逐されてしまう。そこで,環境から遺伝子を取り出せるシステムが有利になる。
- 細菌のサイズの問題。真核細胞はミトコンドリア内膜でATPを合成,細菌は細胞小器官を持たないので細胞外膜を利用するしかない。体積に対する表面積の割合を考えると,細菌は大きくなると呼吸効率が低下する。
- これは栄養吸収でも同じ。表面積を大きくするには表面を皺だらけにするなどの方法があるが,そうなると脆くなりすぎ,正確な複製がしにくくなる。球に近い形ほど頑丈で複製しやすい。
- 細胞壁はプロトンの散逸を防いでいる。だから,細胞壁を失った細菌は脆弱になる。
- 「細菌や古細菌は,細胞膜をはさんでエネルギーを生み出す必要性によって,複雑さを失う」。細菌が大きくなれないのはエネルギー効率が急激に落ちるから。
- ミトコンドリアの利点は2枚の膜を持つこと。呼吸鎖とATPアーゼの複合体は内膜に埋め込まれ,プロトンは膜間部に汲み出される。そのため,化学浸透に必要な酸性の環境はミトコンドリアの内部に納まり,細胞内のほかの要素に影響しない。
- このため細胞壁は不要になり,失っても細胞は脆弱にならない。細胞壁がなくなり,細胞膜が食作用や運動に使えるようになり,幾何学的なサイズの制約からも解放される。大きくなった分ミトコンドリアを増やすことでエネルギー効率を維持できるから。
- 化石によると,真核細胞の大型化は突然起きている。恐らくミトコンドリア誕生と一致しているはず。
- ライバルに対し,大型化して食作用ができれば,ライバルを食べればよくなり,複製速度を上げる必要はない。狩猟採取民は多くの人口を養えないが,農耕で食糧生産が確保できると人口が増えるのと同じ。
- 何かを捕らえて食べるのは大量のエネルギーが必要。動的な細胞骨格と形を大きく変える必要があり,大量のATPが必要。ここにも細菌と真核細胞の違いがある。
- ではなぜ,細菌はエネルギーを生み出す内膜を発達させるという方向に進化しなかったのか。
- 細菌が集団として成功するためには複製の速さが必要。ゲノムが大きいほど複製は遅くなる。遺伝子の数が同じなら小さいほうが有利になる。
- 遺伝子はミトコンドリアから核に移動。実際,ミトコンドリア起源の遺伝子が多数見つかっている。ミトコンドリア自身が持つ遺伝子は少ない。この遺伝子移動は一方通行。
- 核の起源。真核生物の最初は古細菌と細菌の合体。宿主細胞は古細菌なので細胞膜は古細菌のもの,ミトコンドリアの膜は細菌のもののはず。しかし,真核細胞の膜はどれも細菌の膜(脂質も蛋白質も)で古細菌の膜の痕跡もない。そこで一つの仮説。細菌の脂質を作る遺伝子が宿主に移動し,脂質を作り続ける。しかし,宿主細胞が生成した蛋白質を細胞内の特定の場所に導く能力を失った可能性がある。脂質も同じで行き場がないので細胞質に漂う。それが集まり,液胞や管や平たい小胞になる。実際,核膜は一連の小胞で成り立っていて,細胞内のほかの膜系と繋がっている。このようにして核膜ができたのではないか。古細菌の脂質でなく細菌の資質が選ばれたのは,細菌の脂質に流動性や環境への適応性などの利点があり,それを発言させた細胞は有利になった。そのため,古細菌の脂質は細菌の脂質に置き換えられる。実際,ほぼ全ての真核生物は,古細菌の脂質を構成する炭素骨格の要素「イソプレン」を作る遺伝子を持っている。それがステロイド,ビタミン,ホルモン,芳香性物質,色素。真核生物は古細菌の脂質を作る能力を膜でなく,別の方向に向上させてきた。
- これが正しければ,核膜の誕生,細胞壁をなくしたこと,メタン生成菌に由来するために遺伝子をヒストン(蛋白質)が包んでいることなど,真核生物のシステムを説明できる。
- なぜ,ミトコンドリア遺伝子は全て核に移動せず,一部はミトコンドリアに残っているのか。全てのミトコンドリアゲノムを失った種はいない。同様に,すべての遺伝子を失っている葉緑体はない。しかし,マイトソーム,ヒドロゲノソームなどのミトコンドリアに近い細胞小器官はすべての遺伝子を失っている。
- ミトコンドリア遺伝子が残っているのは,呼吸状態の変化,環境の変化に敏感に対応するため,ミトコンドリアの膜で起こる酸化還元反応は局所的な遺伝子によって厳密に調節する必要がある,という説。
- ミトコンドリアは個々で働いているため,呼吸鎖の電子の停滞は個々のミトコンドリアで起こっている。その停滞を修正するためにはそのミトコンドリアだけで処理する必要がある。核が処理した場合,どのミトコンドリアで不具合が起きているのか判断できず,効率が悪い。そのため,個々のミトコンドリアが遺伝子を持っている。
- 細菌の場合,遺伝子があちこちに散らばっていないため,広い範囲で呼吸の速度を制御することができない。速い複製と効率的なエネルギー生成に対する強い選択圧から,遺伝子が細胞内に散らばる途中の移行段階は,選ばれることはない。
- 地球の40億年の歴史で,自然選択のみで細菌が真核生物になったという例はない。ミトコンドリアがその遺伝子をすべて失ってもなおミトコンドリアとして機能していたという例もない。宇宙のどこかでこんな出来事が起こるとは考えられない。
- 【第4部 べき乗則 −サイズと複雑さの上り坂】
- 単細胞生物から哺乳類にいたるまで,代謝率は体重の3/4乗に比例する。その他の多くの特性(脈拍,大動脈の太さ,木の幹の太さなど)は1/4の倍数となる指数に基づいて変化するため「1/4単位の指数のスケーリング」と総称される。
- これに対してフラクタルから解析した研究。循環系などの枝分かれする供給ネットワークはフラクタルではないか?
- これは「生物はサイズが大きくなるにつれ,より効率的になる。だから自然は動物を大型化させてきた。そうするとずっと上手くエネルギーを利用できるから」と解釈されているが,これは大型化とは清貧化になってしまう。
- 大きなサイズの見返りとは何か,サイズと複雑さの表裏一体の関係とは何か。
- その後,対象の生物が増えるにつれ「1/4単位」は成立しないことがわかる。
- 骨格筋の毛細血管の密度は組織の需要で決まり,フラクタルな供給ネットワークの制約によらない。ヘモグロビン濃度が決まっているので,毛細血管の密度で調節するしかない。
- 外温性:爬虫類・・環境から熱を得る
内温性:鳥類と哺乳類・・熱を体内で生成する。
- 一部の昆虫,ヘビ,ワニ,サメ,マグロ,一部の植物は内温性。これらは筋肉を使って熱を生成。鳥類と哺乳類は肝臓,心臓などの臓器活動で熱を産生。
- 鳥類と哺乳類は高い温度を安静時も維持。そのために大量の食料が必要(爬虫類なら1ヶ月生きられる量を一日で食べる)。
- 「有酸素能仮説」。内温性のメリットは当初は温度でなく,スピードと持久力,つまり,最大代謝率と筋肉の能力であって,安静時代謝率と体温でなかった。さらに,安静時代謝率と最大代謝率は直結していて,片方だけが高くなるということはない。
- 長時間運動できる能力は,餌の獲得,逃走,縄張りを守るなど全てに有利になる。有酸素運動の効率を上げるためにはミトコンドリアの数を増やせばよい。爬虫類と哺乳類ではミトコンドリアの呼吸酵素の効率に差はないが,数は5倍違う。
- しかし,安静時に血液を迂回させる場所がなくなり,安静時にもミトコンドリアの多い筋肉や臓器を通らざるを得なくなり,安静時にフリーラジカルが生じてしまう。
- これを避けるために,システム全体をアイドリングさせてエネルギーを浪費した。プロトン勾配により蓄えられたエネルギーの一部を熱として解放する。
- 大型哺乳類ではプロトン漏出により体温を十分に上げられる熱が発生する。小型哺乳類ではミトコンドリアが豊富で熱生成に特化した褐色脂肪組織で補う必要があった。小型哺乳類では安静時の代謝が,筋力でなくむしろ熱損失の率と相関している。
- 鳥類と小型哺乳類は代謝率の大部分が筋肉の機能でなく,身体の保温性に関係する。大型哺乳類や爬虫類では熱生成は最優先ではなく,むしろオーバーヒートの方がはるかに問題。このため臓器の代謝能は筋肉の需要とバランスをとるだけで,熱生成とバランスをとる必要はない。
- 大きなサイズのエネルギー効率のよさが,真核生物の進化の方向性に影響した。
- 細胞周期の中でバランスが取れた成長をするには,細胞の体積に閉める核の割合は基本的に一定でなければならないようだ。細胞は大きくなるほどより多くのDNAを持つ大きな核を作って対応する。増えた分のDNAはジャンクであることが多いが,新しい遺伝子の原材料にもなり,複雑さの土台を築く。
- 真核細胞がミトコンドリアによってエネルギーを得るようになると大型化は有利なこととして選択される。これは細菌と逆。選択圧により細菌は遺伝子を失い,真核生物は遺伝子を増やす方向に作用。DNAを増やす必要性が,有性生殖そのものを生み出したのか。
- 【第5部 殺人か自殺か −波乱に満ちた固体の誕生】
- ミトコンドリアがアポトーシスの司令塔
- ミトコンドリア内膜に結合するシトクロムCがミトコンドリアから放出されると,カスパーゼが活性化し,アポトーシスが起こる。
- ミトコンドリアが真核細胞の誕生をもたらす融合をした際,死の装置を持ち込んだという証拠がある。
- アポトーシスでミトコンドリアからシトクロムC以外にも多数の蛋白質が放出されるが,それを作る遺伝子は細菌由来であって,古細菌由来のものはない。宿主細胞の古細菌は死のメカニズムを持っていなかったようだ。
- つまり,アポトーシスは自殺というより,内部からの殺害。恐らく,原ミトコンドリアは古細菌に入り,その状態を監視し,宿主を殺してから細胞の断片を貪り食い,次の古細菌に移っていったのだろう。
- 多細胞生物の個体は,より大きな利益のために協力する細胞からできている。しかしこれは,体から逃げ出して祖先のような自由な生き方に戻ろうとする細胞は死刑に処せられるから。利己的細胞が発見されずに死刑を免れると,それがガンになる。
- これでは,平穏な代謝同盟である水素仮説を矛盾するのか?
- 死の装置は必ずしも死をもたらさなかった。その昔,それは有性生殖をもたらした。
- 真核生物を生む融合の初期については,ミトコンドリアと宿主細胞の利益を分けて考える必要がある。
- ミトコンドリアが増殖するためには,結局宿主細胞の分裂と足並みをそろえるしかない。
- 仮に細胞核DNAの損傷があってその細胞の分裂が妨げられていたら,ミトコンドリアはいずれ死ぬしかない。しかし,宿主細胞が他の細胞と融合してDNAを相手のものと組み替えたら,これはミトコンドリアに得になる。融合した細胞はミトコンドリアの新天地となるから。
- ミトコンドリアは当初,アポトーシスではなく,細胞の融合促進に作用していた。
- フリーラジカルは宿主細胞とミトコンドリアのバランス。両方とも増殖できればフリーラジカル漏出なし。資源が乏しい場合はどちらも増殖できずフリーラジカル漏出は少ない。宿主細胞が損傷を受けてエネルギーがあるのに分裂できなくなると,ミトコンドリアはフリーラジカルを放出する。
- フリーラジカルは宿主細胞のDNAを攻撃する。酵母(真核生物)はDNA損傷が有性生殖による組み替えを起こす合図となる。単細胞におけるアポトーシスの最初の数段階は,死ではなく有性生殖を促していたのでは?
- 【両性の戦い −先史時代の人類と,性の本質】
- 精子と卵子のうち卵子のみがミトコンドリアを次世代に伝える。このミトコンドリアDNAを利用して,人類の祖先が17万年前の「ミトコンドリア・イブ」までたどられているが,最近のデータはこのパラダイムに疑問を投げかけている。
- 雌が大きくて自分で動かない卵子を,雄は小さくて運動能力のある精子を作る。この非対称が生じた原因は?
- ミトコンドリアや葉緑体はほとんどの場合一方の親からのみ受け継がれる。細胞小器官でなく,それが持つDNAが問題。
- 性の数が3つ以上の生物もいるが,順位付けの問題が生じ,結局2つに収斂。
- 性行動は核の融合を伴うが,性そのものは,細胞質が共有されるときに初めて区別される。
- 例えば2種類のミトコンドリア集団があり,複製速度に違いがあったとする。一方の集団が多数になれば配偶子に入りやすくなる。多胞の集団は複製速度を上げない限り排除される。しかし,複製速度を上げると本来のエネルギー生成がおろそかになる。不要な遺伝子を捨てることが複製の速度を最も簡単に上げる方法。ここで,ミトコンドリアの複製に不要な遺伝子がまさに,細胞全体のエネルギー生成に必要な遺伝子。そうなると,宿主細胞は必然的にミトコンドリアゲノム間の競合による不利益を蒙る。その解決でもっとも簡単なのが,一方の集団をそもそも入れないこと。
- 「利己的ミトコンドリア説」によれば,二つの性が生じる理由は,細胞質の利己的ゲノム間の対立を防ぐのに効果的だから。
- 利己的ミトコンドリアを押さえる圧力は,精子と卵子の極端なサイズの差をつけるのに寄与した。人の卵細胞には10万個のミトコンドリアがあるが,精子には100個もない。
- ミトコンドリアDNAの研究からネアンデルタール人と現生人類に交雑がなかったこと,17万年前のミトコンドリア・イブまでたどれることが明らかになった。
- しかし,ミトコンドリアについての単純化された味方が「常識」になり,それがさらに縮めて繰り返され,一層の誤解を招いてしまった。語られるうちに但し書きが失われてしまった。「ミトコンドリアDNAは母系によってのみ受け継がれる,組み替えは起こらない,変異の率は一定」というのは本当なのか。
- 実は父親と母親のミトコンドリアの間で遺伝子の組み替えが起こり,ミトコンドリア「時計」の速度にはばらつきがある。
- 人類の10%以上がミトコンドリアDNAのヘテロプラスミー。これは父親のミトコンドリアの進入でなく,新たな変異によるもの。ミトコンドリアの変異の速度は従来の予想より速かった。
- ミトコンドリアの役目はエネルギー生成と熱生成。
- 体内の熱の多くは,ミトコンドリアの膜を挟んだプロトン勾配を解消することで生み出される。プロトン勾配は,ATP生成か熱生成の原動力になるため,二者択一を迫られる。熱生成に消費されたプロトンはATP合成には使えない。熱帯のアフリカ人はプロトンとATP生成の結びつきが強く,熱生成は少ない。極地のイヌイットでは逆になる。イヌイットではATPが少なくなってしまうため,それを補うために沢山食べる必要がある。
- アフリカ人はイヌイットに比べ熱を生成しないので,フリーラジカルの生成は食べ過ぎた場合に特に多くなる。アフリカ人は心臓病や糖尿病など,フリーラジカルによるダメージに関わる病気にかかりやすいことを意味している。イヌイットではこれらの病気は少ないことは確かめられているが,男性不妊が多い。これはATP生成が少ないために精子の運動性が低くなるためらしい。
- 性が二つある理由。ミトコンドリアのゲノムは800個の蛋白質をコードしている核の遺伝子と,13種類の蛋白質をコードしているだけのミトコンドリア遺伝子に別れ,後者の全ては呼吸鎖に含まれる大きな蛋白質複合体の重要なサブユニットに当たる。ミトコンドリアゲノムと核ゲノムの不可欠な相互作用こそが,性が二つ必要な理由を説明する。
- 哺乳類の場合,ミトコンドリア遺伝子の変異は核内遺伝子に比べ20倍速く,呼吸鎖から漏れ出すフリーラジカルがそばにあると50倍速くなる。さらにミトコンドリアの蛋白質をコードしている遺伝子は,別々の染色体上に存在しているので,世代が変わるたびに違う手札として配りなおされることになる。その結果,雑多なものをぴったり組み合わせるという大問題が起きる。例えば,シトクロム酸化酵素の重要なサブユニットに正確に結合していないと電子は移動せず,呼吸は止まってしまう。
- ミトコンドリア遺伝子と核内遺伝子の間の微々たるずれさえ,呼吸の速度と効率を低下させる。
- 二つの性が必要なのは,二つのゲノムによるシステムがミトコンドリア遺伝子と核内遺伝子のぴったりの生み合わせを求めるから。遺伝子が合わないと呼吸が上手くできず,アポトーシスや発育異常が起こる。しかし,一致の制度を損なう要因は常に働いている(ミトコンドリアDNAの変異率が核よりはるかに高い,核内遺伝子が世代ごとに有性生殖によってかき混ぜられる)。各世代でできるだけきちんと一致させるためには,1セットのミトコンドリア遺伝子と1セットの核内遺伝子を対応させて試す必要がある。もしもミトコンドリア遺伝子が両親から受け継がれたら,ミトコンドリア遺伝子が2セットになり,体格の違う二人の女性が一人の男性と組んで3人でダンスをする状況。それを避けるためには,1セットずつにしたほうがよい。
- 核内遺伝子とミトコンドリア遺伝子をうまく合わせるために,どこでどのように選択が働くのか。恐らく雌性の胚が発生する段階だろう。この時に圧倒的多数の卵母細胞がアポトーシスで死ぬ。そして最高によく適応した細胞のみが生き残る。
- 受精卵には10万個のミトコンドリアが含まれるが,細胞分裂が始まってもミトコンドリアは分裂せず,分裂が始まるのは2週間後。ミトコンドリア分裂が始まる頃,1細胞あたりのミトコンドリアは数百個に減少。ミトコンドリアが少ないため,機能不全の埋め合わせをできなくする。ミトコンドリアのあらゆる障害が丸出しになるため,欠陥ミトコンドリアが取り除ける。
- 【第7部 生命の時計 −なぜミトコンドリアはついにはわれわれを殺すのか】
- 代謝率の高い動物は老化が早く,ガンなどの変性疾患で死にやすい。鳥類は例外で代謝率は高いのに長生きで,病気にかかる危険も少ない。これは鳥類のミトコンドリアから漏れ出るフリーラジカルの量が少ないため。
- 鳥は一般に長命(カモメは70年〜80年,オウムは100年以上)で,明白な老化の徴候はほとんど示さない。
- 老化に関するミトコンドリア老化説は実は間違っていた。「抗酸化物質で寿命を延ばせる」という預言も間違っていた。
- 寿命は抗酸化物質の濃度に影響されない。抗酸化物質と老化はほぼ無関係。
- 鳥類が長生きするのは,そもそも呼吸鎖からのフリーラジカルの漏出が少ないから。彼らは大量の酸素を消費するにもかかわらず,それほど多くの抗酸化物質を必要としない。
- ではなぜ,他の動物もフリーラジカルの漏出を制限しないのか。
- ミトコンドリア病。これは通常の遺伝法則を無視している。メンデルの法則に従わないことも多い。発症の時期は人によって数十年単位で異なる。病気を受け継いだはずの人でも病気が完全に消えていることが多い。要するに一般論が通じない。
- 筋肉や心臓や能などの長命で代謝の活発な組織になる細胞が,血管ミトコンドリアを多数受け継ぐと,すべてが駄目になるかもしれない。皮膚や白血球などの短命か代謝が活発でない細胞に行き着く場合には,胚発生は正常になる可能性が高い。
- ミトコンドリアが年齢とともに壊れていくと,残っているミトコンドリアに対するエネルギー需要は増大。やがて代謝の域値へ近づいていく。そのため,加齢とともに障害が現れてくる。
- 1個の遺伝子の変異は1個の蛋白質にのみ影響するかもしれないし,特定のアミノ酸を含むすべての蛋白質,あるいはミトコンドリアの全ての蛋白質に作用するかもしれない。さらに,需要の変化に応じたタンパク質合成の速度に影響する可能性もある。変異は組織特異的な場合もあれば,広範で全身性の場合もある。変異が核内遺伝子にあればメンデルの法則に従うが,ミトコンドリア遺伝子にあれば母親からしか受け継がない。これが,ミトコンドリア病が不均質である理由。
- 人間の変性疾患には色々なものがあるが,老化の本質的なプロセスは誰でも変わらない。そうした根本的な特徴を,人以外の全く異なる速さで老化する動物とも共有しているのはなぜか。老化の仕方やペースがミトコンドリア病と違って,極端にバラバラでない理由は?
- ミトコンドリアはかつて考えられていた以上にフリーラジカルによる損傷からうまく守られている。ミトコンドリアDNAに複数のコピーがあるだけでなく,ミトコンドリアは遺伝子への損傷をかなり効率よく修復しており,遺伝子損傷を直すために組み替えを行えることが明らかになった。
- ミトコンドリアが高感度のフィードバックシステムを働かせており,漏れ出るフリーラジカル自体がその働きを調整するシグナルとなっている。しかしだからといって,フリーラジカルは毒でないというわけでない。
- あるミトコンドリアの中が酸化性の条件になると,ミトコンドリア遺伝子の転写が活性化し,呼吸鎖複合体がより多く作られる。これで改善でキナければ,細胞全体の条件は酸化性が高くなり,NRF−1などの転写因子が活性化する。この活性化が,活性を持つ一連の核内遺伝子を変化させ,それがまたさらに多くのミトコンドリアの生成を促して,細胞をストレスから守る。また,できるだけ損傷の少ないミトコンドリアが増殖しやすいので,ミトコンドリアに明らかな変異や損傷のしるしはほとんど見られない。
- しかし,正常なミトコンドリアを使い果たしてしまうと,もっとミトコンドリアを作れるという要求がくると,欠陥のあるミトコンドリアが増えるのでなく,アポトーシスにより欠陥のあるミトコンドリアともども排除する。
- 組織がたどる運命,器官全体の機能は,構成する細胞の種類によって決まる。幹細胞の分裂で常に細胞が取り替えられるなら,アポトーシスで細胞がなくなっても混乱は起きない。しかし,ニューロンや心筋のように取替えのできないものでは,組織から機能細胞が減ってしまい,残った細胞はより大きな重荷を負い,限界に追いやられる。細胞をその限界へ近づける要因は色々あるが,どれも何らかの病気をもたらす恐れがある。細胞が加齢とともに限界に近づいていくとき,ランダムな諸要因(喫煙,感染,環境からの攻撃など)が細胞をアポトーシスに突き落としている化膿性がある。
- 2004年のライトらの論文。特定の神経変性疾患のリスクを増大させることのわかっている遺伝子変異について検討。そして寿命の異なる動物に同じ変異が見つかるとどういうことになるかと考えた。どの種でも同じ病気を発症させる遺伝子変異があり,違っていたのはタイミングだった。マウスと人では全く同じ病気が発症するのに100倍の時間がかかった。いずれも核遺伝子の変異であった。
- 病気の進行と,ミトコンドリアでのフリーラジカルの生成速度の間に相関があった。病気とフリーラジカル生成の間に直接のつながりはないのに,フリーラジカルが急速に生成する種では病気が早く始まってすばやく進行。フリーラジカルがゆっくり漏れ出す動物では発病時期は遅くなり進行も遅い。
- この相関の理由として,先述のどの変性疾患でも,細胞がアポトーシスで失われ,フリーラジカルの生成がアポトーシスの域値に影響を及ぼすというもの。アポトーシスが起きる確率は,全体的なストレスの程度と,細胞が代謝の需要を満たし続ける能力によって決まる。需要を満たせなくなると,細胞はアポトーシスを起こす。そして満たせなくなる化膿性は,細胞全体の代謝の状態に左右され,その状態は,ミトコンドリアからのフリーラジカルの漏出によって調整される。細胞が逆行性応答を活性化し,欠陥のあるミトコンドリアを増幅すると,ATPが不足するが,その速さはフリーラジカルの漏出の率によって決まる。
- 結論1。ミトコンドリアの変異は必ず見つかるわけでもなく(アポトーシスによって宿主細胞ともども排除される),実際に老化と病気の進行に手を貸しているように見える。
- 結論2.病気に関わるほかの遺伝子が細胞の全体的なストレスの程度を増す結果,細胞がアポトーシスで死ぬ可能性が高くなる。
- 結論3.アポトーシスを阻もうとする研究は失敗する。
- 老化は治せるのか。
- フリーラジカルは呼吸を微調整し,呼吸の不具合を核に知らせる役割を演じている。フリーラジカルの濃度が高いと,呼吸の不具合を知らせるシグナルとなり,その分,ミトコンドリア遺伝子の活動を変化させて修正が可能。不具合が修正できず,ミトコンドリア遺伝子が呼吸の制御を取り戻せなかったら,過剰なフリーラジカルが膜脂質を酸化し,膜電位が失われる。膜電位を失ったミトコンドリアはすぐに分解される。そして,損傷の少ないほかのミトコンドリアが複製を起こす。
- 老化した器官では,呼吸機能の低下と連動して,フリーラジカルのシグナルが送られることで,損傷の大きい細胞が取り除かれる。細胞の持つATPの量が臨界値を下回ると,細胞はアポトーシスを起こし,自身を葬り去る。これで加齢に伴う器官の収縮をもたらすが,機能不全を起こした細胞を除去するため,最適な機能を持つ細胞だけが残る。突然崩壊したり,急激なカタストロフィを起こしたりすることはない。
- 細胞は代謝の需要を満たせなければアポトーシスを起こす。細胞が失われる可能性は,器官の代謝の必要量に左右される。代謝の活発な器官では特にアポトーシスによって細胞が失われやすい。アポトーシスがいつ起こるかは全体的なストレスの程度によって決まる。そのストレスの程度はミトコンドリアが調節しており,フリーラジカルにどれだけ晒されてきたかということが,調整を左右する重要な因子となる。長寿の動物は生涯の後のほうで加齢による病気にかかる一方,短命の動物はすぐにその病気に屈してしまう。
- 老年性疾患に一つずつ取り組もうとしても失敗するはず。生涯を通じたフリーラジカルの漏出を低く抑えすれば良い。
- 鳥類と長寿の問題。変動の大きい仕事量に対処しなければならない工場の労働力。
- 労働力を少なめに確保して,仕事量が増えたら頑張って働かせる方法。あるいは多めに雇う手もあり,需要が大きくても容易に対処できるが,一年の大半は遊んで暮らすことになる。
- 鳥類は多くの労働力を確保する戦略を採用。多数のミトコンドリアを利用し,その一個一個に多数の呼吸鎖がある。呼吸鎖に電子の入る余地が沢山ある。哺乳類は労働力を少なめに確保したがり,何とかやっていける最低限の数のミトコンドリアと呼吸鎖を保持している。仕事量が少ないときも,呼吸鎖には密に電子が詰まっている。呼吸鎖(労働者)は反抗的になり,設備を破壊しだす。やがて,工場は完全閉鎖に追い込まれる。
- 労働者の反抗の強さ(設備の被害程度)は,反抗するまでいストレスを受けて過重労働を強いられた時間の割合に左右される。この割合を決定するのが仕事量で,生物では代謝率に相当する。ラットなどの安静時代謝率が高い動物は,余力が少なく,フリーラジカルの漏出が速く,労働者は反抗的で,老化が速く進み寿命も短い。
- 鳥はなぜこれほど余力を残しているのか。それは羽ばたいて飛ぶためには,運動能力の高い哺乳類を上回る有酸素能を必要とするからだろう。飛び立つだけでより多くのミトコンドリア,呼吸鎖が必要になる。ミトコンドリアを失ったら飛べなくなる。大人数の労働者を常に雇っているのと同じで,需要が少ないときに一部解雇というリスクは冒せない。そのため,鳥は休んでいるときも代謝のアイドリングを続け,かなり能力過剰状態にある。
- ミトコンドリアの密度が高く,安静時の余力が大きくなり,フリーラジカルの漏出は必然的に減り,これが鳥類の長寿に繋がる。
- コウモリも心臓や飛翔筋のミトコンドリアは数が多い。
- コウモリ以外の哺乳類がこの大量ミトコンドリアを選ばなかったのは,大半の哺乳類がミトコンドリアや有酸素能をふやしてもほとんど特にならない点にある。捕食者に襲われそうになったら穴に逃げ込むだけで良い
- フリーラジカルの漏出率が低いと,呼吸の効率を維持するために,より高感度の検知システムが必要になる。ラットが大きな余力を持つとしたら,高感度検知システムの維持というコストがかかる。一方,とりでは高感度検知システムという進化上の大きなコストは,優れた飛行能力という選択上の大きなメリットで相殺される。