『大気の進化46億年 −酸素と二酸化炭素の不思議な関係−』★★★


 宇宙には莫大な数の銀河があり,それぞれの銀河は莫大な数の恒星の集合体だ。そして,恒星の周囲にはいくつかの惑星が回っているはずだ。だから,この宇宙にはとんでもない膨大な数の惑星があるはずだ。そう考えると,宇宙のどこかに生物がいても不思議ないし,知能を持つ生物に進化しても不思議ないと思うし,むしろそのほうが当たり前に感じてしまう。何しろ,この宇宙には膨大な数の星があるし,この地球は生命に満ち溢れているのだから・・・。

 しかしこの本を読むと,物事はそんなに簡単でないことが分かる。細菌のような生命体が誕生することはあっても,地球型の真核生物が誕生してさらに多細胞生物が発生する確率は限りなくゼロに近いからだ。


 地球では20億年前,古細菌のメタン生成菌内に真正細菌の α-プロテオバクテリアが細胞内共生することで誕生したと考えられているが,この共生体が生き延びるのに有利な環境はごく短期間しか続かなかったからだ。つまり,そのわずかな時間内にタイミングよく共生関係を結んだものだけがたまたま生き延びて真核細胞になれたのだ。わずかなタイミングのズレで発生したものはすべて死滅するしかなかったのである。実際,地球での真核細胞の誕生はただ一度だけしか起こらなかったと考えられている。つまり,原核細胞から真核細胞が生まれたこと自体がほとんど奇跡なのである。


 もしも宇宙のどこかの惑星で運よく真核細胞が誕生して増殖できたとしても,そこから多細胞生物発生までが大変だ。

 地球の場合,真核細胞生物が誕生したのが20億年前,最初の多細胞生物が誕生したのは6億年前とされている。つまり,真核細胞から多細胞生物に進化するのに14億年もの膨大な時間が必要だったのだ。その14億年間,酸素が供給され続けなければ真核細胞(=ミトコンドリアを持つ細胞=酸素がないとATPが作れない)はすぐに死滅してしまうのだ。要するに,細菌に比べて真核生物は「高機能だが極めて脆弱」なのである。

 真核細胞誕生以降,地球は2度の全球凍結(地球上全て厚さ1000メートルの氷で閉ざされていた時代。この状態が数千万年続いたらしい)を経験しているのである(真核細胞誕生以前に1度,全球凍結があったので,全球凍結は合計3回あった)。それを乗り越えたからこそ,今こうやって私達が生きているわけだが,よくもまあそんな過酷な状況を真核生物や光合成細菌が生き延びたものだと思うし,どうやって生き延びたかは生物学上最大の謎の一つとなっている。1000メートルの氷は日光を通さず,氷の下で光合成細菌が生きていたとしても光合成ができず,真核生物の生存に必要な酸素は作られないからだ。


 おまけに,酸素という物質がこれまた熱力学的に不安定な元素である。常識的に考えれば,大気に酸素なんて存在している事自体が奇跡みたいなものだ。なぜかというと,酸素は超強力な酸化作用を持ち,還元的物質を見るとすぐにそれに結合して酸化してしまうからだ。おまけに還元的物質は地球にどっさりある。

 実際,地球上で最初の光合成細菌のシアノバクテリアが誕生してからも大気中の酸素はなかなか増えず,シアノバクテリア誕生から10億年経ってようやく,現在の酸素濃度の1/100の濃度に達したが(この濃度になると嫌気性代謝より好気性代謝のほうが有利になる),その後も酸素濃度は遅々として増えず,現在の濃度に達するのは最後の全球凍が終了した6億年前なのである。大気中の酸素はシアノバクテリアなどの光合成生物が作ったものだが,作っても作っても物質の酸化で消費されるため増えなかったのだ。

 25億年前以前の堆積物には酸化物がなく,24億5千万年前の地層から酸化物が見つかっていることから,シアノバクテリアがこの頃から「消費を上回る量の酸素」を放出し始めたのは確かだ。
 しかし,光合成を行って生存のためのエネルギーを得る細菌はシアノバクテリアだけではないのである。シアノバクテリアは「酸素発生型光合成」を行うが,酸素を発生しない光合成を行う細菌(緑色硫黄細菌,紅色硫黄細菌,紅色非硫黄細菌,緑色非硫黄細菌)も多数存在するのだ。つまり,25億年前に「シアノバクテリア生存に有利で硫黄細菌に不利」な環境が生じたためシアノバクテリアが優勢となって増殖できたが,これだってちょっと状況が変わっていたら「硫黄細菌生存に有利でシアノバクテリアに不利」になっていたはずで,紙一重の違いだったかもしれない。つまり,わずかな環境の違いによってこの地球は「細菌は増殖しているが,大気に酸素は存在しない惑星」になっていても不思議はないのだ。


 酸素は熱力学的に不安定な物質であり,それに比べると二酸化炭素は反応性に乏しく,大気中で安定して存在できる化合物だ。また,メタンなども温室効果を持っているが,メタンは太陽光で容易に分解されてるため大気中に安定して存在できないらしい。そのため,大気の温室効果で二酸化炭素が重要となる。現在では生物の呼吸でも二酸化炭素が放出されるが,生命誕生以前の地球では二酸化炭素は「火山ガスで放出され,海水中に溶けこみ,炭酸塩として沈殿し,海洋プレートの移動で大陸の下に沈みこみ,火山活動でまた放出され・・・」という形で炭素循環していた。

 しかし,大気中の二酸化炭素濃度が一定していたかというとそうではないのだ。分解速度が遅く,しかも二酸化炭素濃度に関する正・負のフィードバックが存在し,そのどちらに転ぶかで濃度は大きく変化していたのだ。例えば,カンブリア紀からオルドビス紀にかけての二酸化炭素濃度は現在の20倍だったが,その後激減して気候は寒冷化し,これが生物大量絶滅(オルドビス/シルル紀境界)をもたらしたと言われている。石炭紀には陸上を巨大なリンボク(シダ植物)の大森林が覆ったが(これが後に石炭となる),植物の存在により土壌スポンジのように水を含みやすく二酸化炭素濃度も高いが安定したが,このことは地表面の化学的風化を大幅に促進させることになり,その結果として二酸化炭素は消費されて大気中の二酸化炭素濃度は低下し,石炭紀後期の氷河期をもたらした。その後,白亜紀からジュラ紀にかけて大気中の酸素濃度は13%程度に低下し,一方,二酸化炭素濃度は上昇する。この低酸素濃度に「気嚢」という高性能の呼吸システムで適応したのが恐竜の獣脚類であり,この呼吸システムは次世代生物の鳥に受け継がれることになる。

 要するに,酸素も二酸化炭素もあるずっと安定した平衡状態にあった訳ではなく,ちょっとしたきっかけて平衡が崩れ,新たな動的平衡が安定するまで濃度の増減を繰り返していたのだ。
 現在,世界的な大問題となっているのが「地球温暖化を防ぐための二酸化炭素排出制限」だ。これは,大気中の二酸化炭素濃度が現在の2倍を超えたらヤバい,ということで目標が定められているようだが,実は大気中の二酸化炭素は現在の20倍以上になったり1/10以下になったりと変動してきたのである。


 そして,本書の最後の方にある「太陽系外惑星系とハビタブルゾーン」の問題も興味深い。ハビタブルゾーンとは「液体の水が恒常的に存在できる惑星軌道の範囲」のことで,地球はもちろんこのゾーンに存在したために「生命の惑星」になったわけだ。他の恒星系にもハビタブルゾーンが存在するので「そこに生命がいても不思議ないよね」と考えてしまうが,実は話はそれほど単純ではないらしい。温暖湿潤な環境を維持するメカニズム(=炭素循環の負のフィードバック)をその惑星が有していなければ,ハビタブルゾーンにあって液体の水が存在してもその水は宇宙空間にすぐに蒸発して干からびた惑星になってしまうからだ。

 さらに,生命進化に必要な時間(=地球では10億年ほど)だけその惑星が湿潤温暖状態が続かないと生命進化は難しいのだが,中心星の明るさは一定でないからだ。つまり,中心星は最初暗くて次第に光度を増していくが,これに伴ってハビタブルゾーンは外側に移動していく。一方,惑星の軌道は一定である。だから,「10億年以上にわたってハビタブルゾーンに含まれる」というのはかなりきつい条件なのである。


 昔は,科学が進歩して宇宙に行けるようになったら宇宙人に会えるかもしれない,と夢想していたが,科学の知識が増えるにつれ,それは夢想に過ぎず,現実はそれほど甘くないと言うことがわかってくる。

(2011/12/05)

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