気宇壮大な本である。何しろこれは、地球規模での大気循環が生み出す自然現象であるモンスーン・偏西風・砂漠を軸に、狩猟採取時代から21世紀に至るまでの歴史上の出来事や文明の興亡、国家や民族の変遷を俯瞰し、捉え直そうとする壮大な試みなのだ。恐らく、これまで他の誰も気が付かなかった視点だと思う。
こういう書を前にすると、その考え方が妥当なものかどうかなんてどうでもよくなってしまう。これは恐らく前代未聞の試みであり、恐らく先駆者のいない挑戦だからだ。本書を書こうと思い立った時の著者の心理を想像すると、多分、「膨大なデータはあるが、どこから手を着けていいかわからない」状態だったと思う。誰か先駆者がいてくれればとっかかりで困ることはないが、先駆者がいない研究分野だと本当に、どこからどういう切り口で攻めていったらいいのかという問題に最初にぶつかるのだ。同じような試みをしたことがある人なら多分、激しく同意していただけると思う。
そしてこの本の著者は、そういうかなり無謀な試みに着手し、自分の脳味噌と勘だけを頼りに広大な無人の野をさまよい歩き、恐らく誰も見たことがない風景を見ることができたのだと思う。最初は、どこにゴールがあるのかもわからないし、それどころか、そもそもゴールがあるかどうかもわからなかったはずだ。だから,こういう本は手放しで礼賛する。
本書が軸に据えているのは地球規模での大気循環だ。つまり、赤道付近で十分な水分を含んだ上昇気流が生まれ、それが中緯度地域に移動する途中で雨やスコールを降らせ、水分を失って北緯・南緯30度で下降気流となり大地に降下する。そして下降流はさらに両極地に向かって移動するが、ここで地球の自転によるコリオリの力などの影響を受け、一部はモンスーンとなり、一部は偏西風となる。このモンスーンと偏西風こそが、地球の風のメインストリートである。
一方、水分を失って南緯・北緯30度付近で下降する気流は大砂漠帯を作る。北半球でいえば北アフリカからユーラシア南部に連なる砂漠帯、すなわちサハラ砂漠,アラビア砂漠,シリア砂漠,タール砂漠がそれだし、南半球では南米のアタカマ砂漠,アフリカのカラハリ砂漠,オーストラリアのグレート・ビクトリア砂漠,グレート・サンディー砂漠である。このため、砂漠は一年中、高気圧が続く特異な天候となり(何しろ下降流しかないので低気圧の発生しようがない)、極端な乾燥と日中の高温が365日間続く過酷な土地になってしまった。
だが、人類文明はその砂漠周縁で発生した。エジプト文明もメソポタミア文明も砂漠に隣接する乾燥した大地で生まれたのだ。なぜ文明は砂漠で生まれなければならなかったのだろうか。なぜ、安定した降雨のある緑の大地で文明は誕生しなかったのだろうか。本書が最初に解き明かすのはこの謎だ。そして読者は、農業の誕生と灌漑農耕が都市文明を誕生させた過程を知る。そして、モンスーンに支えられたエジプト文明とモンスーンの恩恵にあずかれなかったメソポタミア文明の違いは顕著だった。
それらの文明の次世代の担い手となったのは地中海だったが、その自然は極めて特異なものだった。地中海は巨大砂漠に囲まれた巨大な湖であった。耕地面積が少なく灌漑に頼ることもできない地中海東岸では、常に移住が繰り返された。それがやがて地中海文明のバックボーンとなっていく。
本書の最初の方をまとめるとこんな具合になる。もちろん、全体の分量の1割にも満たないページ数である。興味がある方は是非手に取って欲しい。
その他、面白かった情報について箇条書きにしてみた。
(2012/12/26)