ヒトはなぜ太るのか?(ゲーリー・トーベス,メディカルトリビューン)★★★


 「ヒトはなぜ太るのか」という命題に対し、あなたはどう答えるだろうか。現代医学の常識では次のように答えるのが正解だ。

  1. 消費する以上のカロリーを食物から摂取しているから(=カロリーオーバー、過食)
  2. 摂取したカロリーを運動で消費しないから(=運動不足)
  3. 脂肪の摂取が過剰だから
 

 例えば,現在多くの特定保健用食品(いわゆる「トクホ」)が販売されているが,その多くは「脂肪吸収を妨げる/脂肪を燃やす/コレステロールを下げる」ことをうたった商品だ(例:ヘルシアウォーター,ヘルシア緑茶,カテキン直茶,キトサン青汁,黒烏龍茶,コレステミン,カテキンウーロン茶など)。これは要するに「脂肪吸収を抑制し,血中コレステロールを下げることが健康への道である」という知識が世の中に広く普及し,それが常識となっている意味する。皆が「健康のためには血中脂肪を下げるのが一番。そのためには脂肪吸収を抑えらればいいのだ」と考えているから,ヘルシア緑茶も黒烏龍茶も売れているわけだ。


 だが,糖質制限をしたことがある人には,この「常識」は通用しない。なぜかというと,糖質(=炭水化物と糖分)の摂取を減らせば簡単に痩せ,血中コレステロールも中性脂肪も下がってくるからだ。おまけに,運動をするわけでもなく,それどころか脂肪摂取量を増やしているのに血中コレステロールが下がり,体重も減っているからだ。つまり,「人間を太らせるのは脂肪でもカロリーでもなく,炭水化物だけ」ということを知っているのは糖質セイゲニストだけなのだ。


 本書によると、1960年代まで「ヒトが太るのは炭水化物と砂糖を摂取しているから」というのは世界の常識だったらしい。本書では19世紀から20世紀中頃までのヨーロッパの論文を多数引用してそれを証明しているが、それよりも雄弁に証明するのは、トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の登場人物が「乗馬のレースの前日には体重を増やさないように肉だけを食べるようにして、パンを食べなかった」という一節だ。要するに、小説の中の登場人物の普通の会話の中にも「太るのは炭水化物。肉は太らない」が登場し、それが当時のヨーロッパの常識中の常識だったことを示している。
 そういえば、小林まことの傑作マンガ、『1、2の三四郎』の第9巻にも、プロレスラーになるために体重を増やそうとする三四郎に向かってヒロインの志乃が「三食甘いものだけ食べていれば10キロなんて簡単に太るわよ」というシーンがあったが、このマンガが少年マガジンに連載されたのは1980年だったから、やはり当時の日本では「甘いもの(=糖質)を食べるから太る」というのは社会の常識だったのだ。


 それがいつの間にか、「消費するカロリー以上のカロリーを食べるから太る。運動しないから太る」というのが常識になり、ダイエットといえばまず最初にカロリー制限と脂肪摂取制限であり、脂肪に比べたら糖質(炭水化物)についてはうるさく言わない世の中になった。これは一体どういうことなのだろうか。

 詳しくは本書を読んで欲しいが、「脂肪こそが心臓病の原因である」というアメリカ医学の「常識」から生み出されたものだ。そのため「脂質=絶対悪」となり、その反動として「脂質を含まないものは健康によい」という誤解が生まれ、その帰結として(脂質を含まない)炭水化物は健康的な食品である」という間違いを生んでしまったのだ。

 そしてその根底にあるのは、第二次大戦以後のアメリカ医学の反ドイツ、非ドイツの風潮らしい。第二次大戦を引き起こしたドイツへの反感が「ドイツ医学=古くさい間違った学問」という意識を生み、それまでドイツの優れた学者たちが作り上げてきた「正統派栄養学」が完全に忘れ去られ、アメリカ独自の「珍妙な栄養学」が唯一正しい栄養学となってしまった。要するに、政治が科学をねじ曲げてしまったと言えるかもしれない。


 その他にも、本書を読んで面白いなと思った部分を箇条書きに抜き書きしてみる。

  • 大恐慌時代のアメリカでは肥満者が多かった。しかも貧困者ほど肥満していた。

  • 1990年代にNIHは野菜と果物が多く、脂肪の少ない食物を食べ続ける5万人規模の実験をした。その結果,体重は1キロ減ったが腹囲は逆に増加した。

  • アメリカで医者が低脂肪食と運動を勧めるようになってから、さらに肥満者が増えた。

  • 1970年代まで一般のアメリカ人は運動をしていなかった。ジョギングする人もいなかった。運動熱が高まると同時に肥満者が増えたが、運動により痩せた人は増えなかった。

  • 運動による体重増加抑制は無効であることが証明された。運動することで食欲が増したからだ。これは筋肉と脂肪細部のLPL活性の違いである。

  • 冬眠前の動物の脂肪細胞は脂肪をため込むが、厳しい食事制限をしても飽食させても、同じ量の脂肪を蓄える。

  • 中性脂肪(トリグリセリド)と脂肪酸と脂肪細胞の細胞膜の関係

  • 糖尿病患者がインスリン療法を受けるとしばしば肥満するのはなぜか。

  • 結局、痩せるためにはインスリン濃度を下げ、インスリン分泌量を減らすしかなく、それ以外の方法ではまず痩せない。

  • 「中年になって肥満するのは代謝が低くなるから」というのは原因と結果の取り違え。

  • 最も太りやすい食事とは血糖値とインスリン濃度に最も影響を与える食べ物であり、精製された小麦、液体の炭水化物だ。

  • 果物の果糖は肥満の原因。最近の果物はどれも品種改良によって果糖が多い。果物は健康に良いというのは間違い。

  • 最悪の食物は間違いなく糖(蔗糖と高果糖コーンシロップ)。果糖は血糖を上げないが、脂肪組織の脂肪になる。果糖と一緒にブドウ糖を摂取すると、さらに脂肪が蓄積しやすくなる。

  • 砂糖を摂取すると、コカイン、ニコチンなどの常習性物質がターゲットとする脳の「報酬中枢」に反応を引き起こす。

  • 家畜が嫌う食物でも、砂糖をまぶすと食べるようになる。

  • 食品会社では、低脂肪ヨーグルトは、ヨーグルトから脂肪を取り除いて高果糖コーンシロップを加えて作る。低脂肪であるが太る原因になり、健康に悪い。

  • 1970年代以降のアメリカの心臓病の専門家はなぜ、「脂肪が心臓病を起こす元凶であり、資質を含まない炭水化物主体の食事に切り替えるべきだ」と考えたのか。それは、彼らが尊敬していた先生がそう信じていたからであり、尊敬していた先生たちは、彼らが尊敬していた大先生がそう信じていたから、信じた。

  • 1995年、アメリカ心臓病教会は、脂肪分のない砂糖やキャンディーは心臓病を起こさないとするパンフレットを発行した。

  • アメリカとオーストラリアの採取・狩猟生活を送る229の先住民の研究で、摂取カロリーの半分以上を植物性食物から得ていたのは14%だけだった。

  • 彼らの食事を総合すると、タンパク質は19〜35%、脂肪は28〜58%であり、タンパク質より脂肪を優先的に好んで食べている。

  • 生命に必要な全てのアミノ酸、全ての必須脂肪酸、13種類の必須ビタミンのうち12種類は肉から得られる。一方、炭水化物にはアミノ酸も必須脂肪酸もビタミンもわずかしか含まれていない。

  • 炭水化物を多く摂取するほど、ビタミンBが消費される。

  • ビタミンCはブドウ糖と同じ仕組みを使って細胞内に入るため、血糖値が高いとビタミンCの吸収は抑制される。炭水化物と一緒に食べたビタミンCは尿中に排泄される。ビタミンCを摂取したいなら炭水化物は食べない

  • 1984年にアメリカ心臓・肺・血液研究所は低脂肪食について大規模研究。飽和脂肪酸の摂取を減らすと肥満者が増えたが心臓病患者は減らなかった。

  • 学会で「心臓病予防のための低脂肪・高炭水化物食」が推奨された時期に,同時に肥満者と糖尿病患者が増え始めた。

  • 食事中の炭水化物を、同量のラードに置き換えると心臓発作の危険性が低下し、あなたは痩せるだろう。
 

 もしもこれらが真実であり事実だとしたら,この世の中の「栄養に関する常識」は全てひっくり返ってしまう。しかし,本書が提示する膨大なエビデンスは,本書の提言が正しく,栄養学の常識のほうが間違っていることを示している。

(2013/06/17)

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