性の進化論★★★


 糖質制限に出会ってから,私の関心の中心は「農耕開始以前の人類の食と生活」である。糖質(=穀物)を主な食料とするようになる以前の人類は,何をどのように食べてきたのだろうか。彼らはどのようにして毎日を過ごし,何を考えて生きていたのだろうか。そればかり考えているが,この分野について解説している本は少なく,しかも,著者によって書いてある内容はバラバラで,何が正しいのかよくわからない。

 だから,山ほど本を読んだ。先史時代と無関係と思われる本でも,先史時代について数行書いてあれば,とりあえず読むことにした。そして,数百ページの本の中から先史時代についての数行を抜き出す作業を繰り返し,それで得られた断片的情報を組み合わせることで,自分なりに整合性のある理論体系を作り上げていこうと考えた。広大な浜辺の砂から,ダイアモンド(と思われる)の小さな粒を拾い出すような作業だが,とりあえず,これしか方法論を思いつかないからしょうがない。方法を思いついたら,あとはひたすら実行するだけだ。


 本書もその一冊だが,「人類本来のセクシュアリティ」から先史時代の人類の社会を読み取ろうという,壮大にして精緻な試みである。ありとあらゆる証拠を積み重ね,「狩猟採集社会(=先史時代)はセックスを絆として複数の男と複数の女が親密な関係を保つことで維持される,完全に平等な血族集団(バンド)で生きていた」,という事実を浮かび上がらせていく。ホモ・サピエンスは25万年間,そういう集団を形成して生き延びてきたのだ。

 なぜ,「先史時代のセックス」がわかるのだろうか。それは,現在の人間の体と行動に先史時代の記憶と証拠が残されているからだ。

  1. 人類の雌雄の体格差は小さい(ゴリラのオスはメスの2倍の体重)
  2. ヒトは霊長類最大のペニスと持ち,最大級の睾丸を持っている。一方,ゴリラはハーレム型社会(闘争に勝った一匹のオスがすべてのメスと交尾する)を作るが,ペニスは3センチ弱で睾丸は豆粒大。
  3. ポルノ映画では「一人の女/多数の男」の組み合わせが圧倒的に多く,「一人の男/多数の女」の組み合わせは極めて少ない。
  4. パートナーとの性生活で,女性は「男は入れることしか考えていない。しかもすぐにイッて長続きしない」と不満を感じ,男性は「女は本番前のリハーサルが長く,何度もイカないと満足してくれない」と不満を感じている。
  5. 射精後の男はすぐに冷めてしまい,そっぽを向いて別のことを考える。
  6. オルガスムの時に絶叫するのは女。

 これらの絶対的事実から,著者は先史時代のヒトの性生活を考察し,性生活から先史時代のヒトの日常生活を見事に紐解いていく。その圧倒的な論理の展開力には舌を巻くしかない。


 そして同時に,本書で描かれているのは,穀物栽培開始とともに人類が被った災厄だ。穀物栽培開始と同時に,人類は低栄養となって低身長化し,幼児死亡率が高まり,平均寿命も短くなった。

 一方,長期保存可能な穀物とそれを生み出す土地が,「私有財産」という概念を生み出し,私有財産を巡って個人の争いが発生するようになり,やがてそれは集落間,都市間,国家間の「戦争」に発展した。

 同時に,穀物栽培により女性の地位は低下し,女性は「所有され,保護される生き物」に変化し,それが「一夫一妻制」を生み出した。

 性交は先史時代には集団の絆を高めるための主要な手段だったが,農耕開始以後は恥ずべき行為,隠すべき行為となり,やがて,ユダヤ教はそれを教義にし,キリスト教とイスラム教がそれを引き継ぎ,強化した。その結果,「恥ずべき行為だが快感を伴う」性行為は商品化され,ポルノ産業・性産業が隆盛を極めることとなる。


 農耕開始以後,乳児死亡率が上昇し,平均寿命が短くなり,低身長化した。狩猟採集時代には蛋白質と脂質中心の多種多様な食物を摂取していたのに,農耕開始以後は穀物のみ食べるようになって蛋白質と脂質の摂取量が激減したからだ。穀物は食物としては「低栄養食物」すぎたのだ。現在の欧米人が先史時代の祖先の平均身長を追い越したのは20世紀後半であり,現在のアジアの大半,アフリカとラテンアメリカのすべての人間は,先史時代の祖先の平均身長にまだ達していない。その意味で,穀物栽培が人類にとって最悪のカタストロフィーであった,というジャレド・ダイアモンドの主張は全面的に正しかった。


 本書を読めば,先史時代の人類の労働時間もわかるし,何をどのように食べていたかもある程度,教えてくれる。性交の際,女性だけが喘ぎ声を上げてオルガスムで絶叫する意味も,ヒトのペニス特有の形の意味も教えてくれる。先史時代の子育ての様子も,男性の性的嗜好がフェチ化する理由も,女性が異性愛も同性愛も楽しむ率が高い意味も教えてくれる。

 これほど,間口も奥行きも広い本はめったにない。

(2014/12/15)

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