同じ物でも見方とか立場を変える,全く違って見えるものだ。例えば,カビや細菌について医者の立場から考えると,どうしても「病気を起こす困ったやつ」であり,「医学の力で撲滅しよう」となる。ところがカビや細菌の研究者からすると,「カビが生えるような環境にしておいてカビが生えて困ったなんて本末転倒」とか,「細菌を困った存在と考える方問題がややこしくなるんだ」となる。
例えば消毒について考えようとすると,医者はどうしても「困った細菌を殺すには消毒を十分にすべき」と考える癖があると思う。ところが細菌の研究者は「細菌の生命力から考えると,消毒薬ごときで殺せないし,かえっておかしな事になるはず」となる。要するに,人間の都合だけ考えてもしょうがないのである。細菌やカビの立場にならないとわからない事が多いのである。
それなのに,医者はどうしても「細菌は除去されるべき存在,細菌がいるから病気が治らない」と考え,消毒薬を使いまくるわけだが,そこには「消毒薬で細菌が死んでくれるはず」という都合のいい前提があることには気がつかないのである。
というわけで,本書を大推薦しちゃうのだ。これは細菌の研究者の立場から,人体の常在菌の重要性をわかりやすく説明し,健康に暮らし,美しさを保つためには腸内常在菌と皮膚常在菌を正常に育てる(育菌という言葉を使っている)が絶対に必要だと説いている本である。医療関係者なら絶対に読んでおくべきだろうし,このような知識があれば,皮膚常在菌を乱す行為(=消毒)なんか怖くてできなくなるはずだ。
少なくとも,美容と健康を考えている人なら,サプリメントやら健康食品やら化粧品に高い金を出す前に,本書を読んで,自分がよかれと思ってしている事が,実は皮膚常在菌や腸内常在菌を虐待したり,皮膚の健康を損なっていないかどうかを学ぶべきだと思う。
医療関係者なら誰でも知っていると思うが,人の皮膚は表皮ブドウ球菌が常在してくれているから,皮膚は健康を保っていられる。それは,この細菌が皮脂の脂肪酸などを分解して弱酸性に保っていてくれるからだ。ほとんどの病原菌はアルカリ性環境を好むので,表皮ブドウ球菌がいる皮膚は病原菌にとって棲みにくくなり,これがバリアを形成している。これは膣の常在菌であるデーダーライン桿菌(乳酸菌の一種でしたっけ?)が膣内を酸性に保つ事で他の細菌の侵入を防いでいるのと同じだ。
もしも表皮ブドウ球菌が少なくなったらどうなるか? もちろん,皮膚は弱酸性に保てなくなってアルカリ性に傾き,他の細菌が増殖してくる。こうなると,皮膚のバリアの一部が破られているのと同じだ。
つまり,表皮ブドウ球菌を減らす行為は,皮膚の健康を損ない,皮膚の状態を悪化させ,細菌感染の危険性を増す事である。ところが,私たちが日常している「皮膚を清潔に保つ」ための行為の多くが,表皮ブドウ菌虐待行為なのである。例えば,石鹸で体中の皮膚を洗いまくる事,ナイロンタオルでゴシゴシ皮膚をこする事,消毒をする事,長湯をする事・・・。どれもこれも,表皮ブドウ球菌を少なくして,不健康になるためにしているようなものだ。
要するに,体を清潔にして肌の汚れを落とし,美しい肌にしようと思ってしている行為のほとんどが,逆効果なのである。そして「荒れた肌のスキンケア」にしている行為のほとんども,実は表皮ブドウ球菌を減らして肌の健康を損なうためのものなのである。
では,美と健康のためにはどうしたらいいか。表皮ブドウ球菌を育てればいい。具体的な方法については本書をお読み頂くとして,表皮ブドウ球菌の食べ物(オリゴ糖)を利用したスキンケアの可能性も示唆されていて,これは将来的に非常に面白いと思う。
そして,ブドウ球菌といえば黄色ブドウ球菌だ。表皮ブドウ球菌のように「常在」というわけではないが,多くの人の頭皮,鼻腔,腋窩,足底などの皮膚から常に検出される菌である。もちろん,創面にも必ず棲んでいる。表皮ブドウ球菌が正常に発育している皮膚に黄色ブドウ球菌がいても,両者のバランスが崩れなければ全く問題にはならない。
しかし,現実にはいろいろな状況で黄色ブドウ球菌は悪さをしている。例えばアトピー性皮膚炎だ。アトピーの皮膚を調べると表皮ブドウ球菌がかなり増殖しているらしい。なぜ黄色ブドウ球菌が増えているかといえば,多分,傷ついた皮膚(自分で引っ掻いたりしてね)がそこにあるからだろう。また,黄色ブドウ球菌がいると,更に痒みが増して引っ掻いてしまうため,病状は更に悪化するらしい。
そこで医者は「表皮ブドウ球菌を減らそう」と考え,イソジンなどの消毒薬を持ちだすことになる。確かに黄色ブドウ球菌はイソジンで減ってくれる。しかし,イソジンは表皮ブドウ球菌もきっちりと殺してくれるのだ。要するに,「治療のため」と称してアトピーを消毒することは,表皮ブドウ球菌を減らす事で更に皮膚を傷害し,状態を悪化させる要因にしかならないのだという。
そういえば以前,大阪皮膚科医会で講演した時に,アトピーの専門家という先生が「アトピーは黄色ブドウ球菌で悪化するのだから,イソジンで消毒しないと治らないはずだ。消毒せずに被覆材で覆うとは持ってのほかだ」と噛みついてきたが,やはりあの先生が提唱なさっている「アトピーのイソジン治療」はとんでもない治療だったわけだ。今度会う機会があったら,徹底的にやり込めてやる事にしようっと。
それは置いとくとしても,黄色ブドウ球菌が病原菌だからといって,それを薬物(消毒薬や抗生物質,抗菌剤)で除去するのは意味がない事がわかると思う。表皮ブドウ球菌まで殺しては元も子もないのである。
このあたりは,平和のためにテロリストを殺そうとして,罪もないイラク市民だけを殺しまくっているどこかの国の軍隊と大統領に言って聞かせたいぞ。武力(抗生剤や消毒薬)で平和(皮膚の健康)が得られないことは,皮膚の研究からも明かだぞ(・・・多分)。
また本書では,「荒れた肌を修復するために,潤い成分(ヒアルロン酸など)をつける」というスキンケアの嘘も指摘している。ヒアルロン酸で皮膚表面の潤いは期待できるかもしれないが,角質基底層や真皮まで潤いが及ぶわけがない,という理由である。肌の潤いは外から与えるものでなく,肌の血流をよくする事しかありえないと論破している。実に鋭いし,正論だと思う。
私もこのテーマについてホームページに書こうと思っていたのに,先を越されてしまい,すごく悔しいのである。
それにしても皮膚科の医師でもないのに,この著者は事の本質を鋭く見抜いているのである。道を極めるとは,こういう事を言うんだろうな。
そして,本書の話題は抗菌グッズにまで及ぶ。一時期,抗菌グッズはすごい売れ行きでしたね・・・今でも売れているけど・・・。これはなんでも,細菌が金属イオン(銅や銀など)に結合すると死んでしまうという性質を利用したものらしい。これだけきくと,抗菌グッズってすごいな,という事になるが,それはどうも勘違いなんだそうな。理由は二つ。
要するに,健康とは幼児期から沢山の種類の細菌に直接触れる事で得られるものなのだろう。そうする事で体が細菌とのつきあい方を学び,正常の皮膚常在菌叢と腸内常在菌叢を育て,健康が維持されるわけだ。決して,細菌のいない環境で健康が保てるのではないのである。考えてみれば当たり前の事だが,その当たり前の事にあまりに無頓着な医者が多すぎるのである。
そういえば本書では,あまりに清潔思考の分娩,の問題も指摘してあった。産道を通る時に膣の常在菌にまみれ,母親のウンチ(分娩時に排便があるのは生理現象である)がちょっとついたりした状態で誕生の時を迎えるのが,生物として正常なのではないかという指摘である。要するに,母親の細菌を分けてもらい,母乳で抵抗力をつけるのが利にかなったシステムだ,というわけである。
しかし現在,分娩前には浣腸されているはずだし,分娩前には消毒されているし,帝王切開に至ってはほぼ無菌の状態で誕生している。生物としてはかなり不自然である。
多分,医者の立場からはこういう発想はでてこないと思う。消毒するのが当たり前,清潔にしないと感染する,バイキンは悪,ということを前提に,医者は発想するからだ。これでは新しい治療法はなかなか出てこない。
行き詰まったら見方を変えたらいい。医療の問題を医療だけで何とかしようとするからおかしくなるのだ。ここは一つ,常在菌の立場になって人間の体を考えてみよう。思いもよらない解決法が見つかるはずだ。
いずれにしても,創処置法,感染予防,院内感染について,本書は実に多くの有意義なヒントを与えてくれると思う。
(2004/09/27)