『物語 古代ギリシア人の歴史 −ユートピア史観を問い直す−』(周藤芳幸,光文社新書)
古代ギリシアというとさまざまな美術品,ソクラテスをはじめとする様々な文献を研究するのが正道だが,この本は,様々な資料を徹底的に読み込むことで,その背後に隠れている「生きた人間のドラマ」を掘り起こして物語仕立てにしたもの。全くの創作ではないが,古代ギリシア人をユートピアの理想的人間と見るのでなく,普通の人間,普通の市民として描く視点が新鮮だ。中でも,ソクラテス裁判の陪審員に選ばれた普通の市民(陪審員は裁判のたびに501人が選ばれたらしい)が,この裁判にいかに判断し,票を投じたかという章はとても面白い。
こういう「従来には全くなかった視点からの本」というのはいいものである。
『世界の紛争地 ジョーク集』(早坂 隆,中公新書ラクレ)
著者は1973年生まれのルポライターで,世界の紛争地を取材している折に聞き集めたジョークをまとめたもの。彼のサイトでは現在,ルーマニアの最新ジョークが読める。
コソボとパレスチナのジョーク,どういう意味かわかりますか? どちらもとてつもなく苦くて重い笑いです。
『四字熟誤』(中村うさぎ & 松田洋子,講談社文庫)
これは「曖昧何処」とか「医心伝心」とか「臥薪驚嘆」とか「大器反省」とか「波乱頑丈」なんていう新作四文字熟語を中村うさぎが作ってはそれに関連するエッセイを書き,中村の書いた内容とは全く無関係に松田洋子が「大枚模糊」「偉人伝心」「都心嘗胆」「大器宣誓」「波瀾繁盛」というテーマでマンガを描く,という,かみ合っているんだかかみ合っていないんだかよくわからない合作である。
なぜそんな文庫本を買ったか? 松田洋子が読みたかっただけである。もちろん一般的には中村うさぎの方が有名だし,彼女のデンジャラスなエッセイも面白いが,ここは断然,松田洋子である。だって,滅多に読めない漫画家だから・・・。
松田洋子。20歳で漫画家の男と結婚し,アシスタントの真似事みたいなことをしていたが,ほどなく旦那に逃げられ,生活のために30歳から見よう見まねでマンガを描き始めたという「異色の漫画家」である。
デビュー作は大傑作『薫の秘話』。これはなんともすごかった。詳しいことはこちらとか,こちらををご覧いただきたい。あの独特のほのぼの系の画風と,デイジーカッター級の強烈な毒舌,そしてやたらと饒舌に画中に書き込まれる文章は圧倒的であり,少数ながら熱狂的ファンを生み出した。ちなみにこのマンガを連載した当時の松田は「マンガの描き方の基本」を知らなかったため,逃げた旦那に電話でマンガの描き方のノウハウを教えてもらいつつ,連載を続けたという逸話がある。
そして,さらに破壊力を増したのが『秘密の花園結社リスペクター』。当代きっての有名人の言動を丹念にたどり,その言葉を誉めまくろう,という趣旨で始めたはずなんだけど,なぜか言動を集めれば集めるほど,結果としてけなしまくってしまう羽目に陥ってしまったという,驚異の分析力(?)を発揮したマンガだ。北の将軍様や巨大宗教団体の教祖様やトップ・アイドルをも笑い飛ばす恐れを知らない傍若無人ぶりは,容赦もなければ比類もないものだ。
そしてこの『四字熟誤』。松田さんの破壊力は衰えておりません。生活のために描き始めたマンガなのに,これじゃ生活の糧になっていないはずです(何しろ内容が危ない,危ない)。彼女のマンガを読むたびに,「表現者の業」みたいなものを感じてしまいます。
それにしてもこの本の巻末に収録されている,中村うさぎと松田洋子の対談のかみ合わなさというか,松田のやる気のなさというか,これがなんとも脱力系。ある意味面白いともすごいともいえるけど・・・。中村が話を盛り上げようとして突っ込んでいるんだけど,松田が全然受ける気がないのがありあり。本にするためのページ数稼ぎというのがあるのかもしれないけど,ここまでかみ合わない対談を載せちゃうか?
(2004/07/24)