多分,私が大学生だった頃だと思うが(ってことはもう20年以上昔ってことか・・・),いしいひさいちの単行本『Oh! バイト君』を読んだときの衝撃は今でも覚えている(ちなみにこの本が発行されたのは1977年とか)。絵柄は4コマ漫画そのものに見えたが,内容が全然違うのである。「買い物に行って財布を忘れたサザエさん」なんかとは次元の違う,内容の深さと人間観察の鋭さと容赦ない視点が貫かれていて,まさに別次元とはこのかと思ったものだった。
それまでの4コマ漫画といえば新聞に連載されている毒にも薬にもならない漫画ばかりであり,ヒマ潰しにはなるけどそれ以上でもそれ以下でもなかった。そんな「ぬるま湯に漬かりながら書いた」ような漫画しかなかった時に,突如,殴り込みをかけ,4コマ漫画の世界を今まで誰も見た事のない高みに押し上げたのが,このいしいひさいちだった。4コマ漫画の定石を全く無視し,それでいて4コマでなければ表現できない世界を作りだしている。
彼はその後,朝日新聞に『となりの山田君』の連載を始めるのだが,これは「新聞の4コマ漫画」という約束事をことごとく破るものだった。特に最初の頃の政治家を実名でぶった切っていた頃は凄まじかった。当時の政治の中心にいた政治家たちが,容赦なく批判するんだけどそれがあまりに鋭すぎ,「朝日新聞,いつまで連載を続けさせるんだろうか? 圧力とかかからないのかな?」と,読んでいる方が心配になるくらいだった。さすがに現在の『ののちゃん』になるとやや穏当な内容になったが,週刊誌などに連載されている作品は依然として毒と破壊力に満ちていると思う。
考えてみれば,『がんばれタブチ君』がヒットした頃,それに触発され,似たような「4コマプロ野球パロディーマンガ」が乱立したが,あの頃のマンガ家で今まで残っている人はどのくらいいるんだろうか。おそらく,消えていった漫画家達のあの頃のマンガを今読んでも,生ぬるくて笑えないはずだ。第一,どこがおかしいか,解説がついてないとわからないと思う。
しかし『タブチ君』は違う。今でも十分に笑えるのだ。当時の野球の状況がわからなくても,パロディーにされた人物についての知識がなくても笑えるのだ。他の野球パロディーマンガは「なまもの」であって,パロディーの主人公が野球現場から引退した時点で意味を失ってしまうのに対し,いしいひさいちのマンガはパロディーと見えて実はパロディーでないのである。現実の「田淵選手」から「タブチ君」を創出し,それが「ヒロオカ監督」や「ヤスダ投手」らと騒動を起こすんだけど,現実の選手や監督に全く寄りかかっていないのである。
この『大統領の陰謀』はパパ・ブッシュ,クリントン,ヒラリー,フセイン,江沢民,ゴルバチョフ,エリツィン,ブッシュJrなど,1990年頃から現在までの世界情勢を題材にした作品である。当然,どのページにも毒一杯の笑いがちりばめられているが,それがやはり半端じゃない。
例えば,イラク戦争の様子をテレビで見ていて
このたった4コマの中に,どれほど多くの問題を盛り込んでいるんだろうか。恐るべき力技ではないだろうか。
(2003/10/20)