『モナ・リザは高脂血症だった −肖像画29枚のカルテ−』(篠田達明,新潮新書)


 本を読んだり絵を見たりしていても,医者の目で見てしまうのは職業病といっていいだろうか。昔から音楽が好きだった事もあるが,例えばベートーヴェンの伝記を読むとどうしても,彼の命を奪った疾患が何だったのかを文面から診断しようとしてしまう(ちなみに今日では彼の疾患は腸チフスとするのが有力なようだ)。同様に,小説を読んでいても些細な描写から「この人物は○○症候群じゃないだろうか?」なんて思ってしまうのである。恐らくこういう医師は少なくないんじゃないだろうか。

 しかし,そういうのに気がついたとしても,それを1冊の本にするというのは無理である。1編や2編のエッセイを書くだけなら別に難しくともなんともないが,それを20編,30篇と重ねるのは大変だ。大体は途中でネタ切れになるのが落ちだろう。しかもエッセイとはいえ同業者の目に触れる事もあるのだから,自分の専門外の疾患について適当に書くわけにもいかない。

 つまり,このようなエッセイを本にしたり,雑誌の連載にするには,並外れて広くて深い知識量が要求されるのだ。

 この『モナ・リザは高脂血症だった』はそういう本である。書いたのは現在60代半ばの整形外科の先生。以前から小説を書き,直木賞候補になった事もあるそうだから,文章を書くのはお手のもの。ここでは古今東西の肖像画や絵画,彫像に刻印されているわずかな所見から,疾患を推理しているのである。

 宮本武蔵は巨人症,モナ・リザは高脂血症(上眼瞼の黄色腫らしいものが見える),豊臣秀吉は母指多指症,ボッティチェリの「ビーナスの誕生」のビーナスは外反母指,本態性高血圧の織田信長,強度の近視のために態度や表情を人に誤解されたであろう明智光秀,ドラキュラ伯爵はポルフィリン症,そして四谷怪談のお岩さんは上顎癌の末期の状態を参考にした・・・など,どれもなかなか面白い(中には「見かえり美人は脅迫神経症」というようなちょっと苦しい文章もあるけどね)

 こういう知識,医者同士の飲み会などで披露すると結構受けると思うけど,どうだろうか。

(2003/09/22)

 

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