『飛行機物語』(鈴木真二,中公新書)

 これはマイクロソフト・ジャーナルというサイトで連載されている記事の一部を抜粋し,さらに加筆したもの。

 この本ではまず最初に,飛行と言う現象にとって不可欠の「揚力」の説明から入る。従来は「ベルヌーイの定理」で説明されてきたものだが,それに対する疑問と,根本的な説明を加えている。流体力学を知らないと,このあたりの説明を読むのはちょっとつらいかな?
 それにしても,こういうところにも顔を出すのがニュートンとオイラー。この二人は物理,数学のいたるところで顔を出す大天才だが,飛行機の理論でもすごい仕事をしているのである。恐るべし!

 だが,ここさえ踏破してしまえば,後は一気呵成に読める。
 リリエンタールのグライダー,ライト兄弟による初飛行,飛行機のエンジンがどのようにして開発されたのかという歴史,プロペラの開発の歴史と孤軍奮闘する二宮忠八,木製機体から金属機体への変遷,ジェットエンジンの誕生とジェット旅客機の開発までを,豊富なエピソードをちりばめながら骨太な物語をつむぎ出してゆく。
 このあたりは「空を飛びたい」という人類の夢の歴史として読んでも面白いし,飛行機の開発の歴史として読んでも興味深いし,試行錯誤の技術開発の歴史として読んでも示唆に富んでいる。

 個人的に一番面白かったのが,やはりライト兄弟の初飛行。同時代,ライト兄弟が使用したエンジンより洗練されたエンジンを開発してそれを積んだ飛行機を作った研究者がいたが,彼は飛行に失敗し,ライト兄弟が「人類初」の栄冠を勝ち得たのは周知の事実であるが,両者の違いは,設計思想の違いだったという。
 ライト兄弟のライバルたちはとにかく,「飛行機を飛ばす」ことしか考えていなかったらしい。だから,彼らの飛行機は「飛ばすためにはどうしなければいけないか」を最優先で設計されたものだった。

 しかし,ライト兄弟は徹底して「飛行機はどのようにしたら操縦できるのか」を考え,操縦できる飛行機を設計・製作したのだという。つまり彼らは最初から,安全に離陸して,安全に空中で姿勢を制御し,安全に着陸できることを考え,そのためにはどのような仕掛けが必要か,どのようにしたら空中で向きを変えられるのか,減速しても失速しないためにはどうしたらいいかを,徹底的に風洞実験した。そこで,各種パラメータを変化させては繰り返しデータを取ることで,世界最先端の空気力学理論に独自で到達した。

 「飛ばすこと」しか考えていない飛行機を,最初から「操縦すること」を想定して作った飛行機が凌駕するのは,当然といえよう。仮に,ライト兄弟のライバルが最初に飛行に成功したとしても,無事に着陸できる可能性は低く,それが乗り物として普及することはなかっただろうと思う。離陸した時点で,着陸する手筈まで整えていたからこそ,ライト兄弟の飛行機は普及したのだろう。

 だが皮肉なことに,ライト兄弟の飛行機は「操縦」にこだわりすぎたのが仇になった。飛行機の物理学,力学の全てを把握している兄弟だからこそ操縦できる代物で,他人が操縦するのはきわめて難しかった。つまり,名人芸を前提とした乗り物だった。

 このため,「操縦が易しい」飛行機が売り出されたとたん,ライト兄弟の飛行機は見向きもされなくなったのだという。
 このあたりにも,最先端のテクノロジーを積んだマシンが,必ずしも一般に普及するわけでない,というのに通じるものを感じる。

(2003/08/18)

 

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