著者はもちろん,寄生虫学の大家,藤田先生。多くの著書を書いておられる方です。もちろん,どれも面白いのは皆様ご存知の通り。
さて,今年の夏は東日本は10年ぶりの記録的冷夏だったけれど,全体としてみると近年の日本の夏が亜熱帯化していることは間違いない。大都市では,真夏の夕立がなくなって,まるでスコールのような短期集中的土砂降りばかりで,空を見ると都心でインコが大量に繁殖しては舞っている。本来熱帯で生活している毒グモのセアカゴケグモが大阪で越冬し,本来九州地方にしかいなかったナガサキアゲハが埼玉県で見つかっている。要するに,夏の気温が上がるとともに,冬の気温があまり下がらなくなったために,これらの生物が越冬できる(=常在できる)ようになったらしいのだ。
だが,珍しい蝶やセミが関東,東北で見つかるようになるだけなら,まだそれほど問題ない。問題はマラリアとデング熱などが日本に定住化することだ。例えばマラリア原虫はある温度以下になると生存できないが,西日本の大都市がこの条件をクリアするのは時間の問題らしい(もちろん,戸外の気温はこれ以下になるが,ビルの中は一年中,かなり暖かい。サーバーのコンピュータの周囲はもっと暖かいよね)。マラリア,デング熱についての知識があるなら,これがどれほど恐ろしい事態か,理解できるはずだ。
そして,日本人の過度の清潔志向がこれに追い討ちをかける。微生物とも寄生虫とのお付き合いもないまま大人になっているのが現代日本人。どういうわけか,アトピーと花粉症が国民病になっている国は他にはないらしい。つまり,本来なら何でもないような抗原に対して,過激な反応を示し,激しい症状を呈しているのだ。
そして,先般のSARSでの日本国内でのヒステリックな反応が加わった時,どうなるだろうか。体外から出たSARSウィルスが3日か4日しか生存できないというのに,台湾人医師が立ち寄ったところを1週間以上経過しているのに徹底的に消毒するほどの過剰反応を見せていたは,つい先日のことだった。
この本の著者が危惧するのは,現在のグローバル化された社会の中で「無防備国家」になりかねない,という事である。そしてこれは決して杞憂ではないようだ。何しろ,本来,熱帯のウィルス性疾患であったはずの西ナイルウイルス感染が,ヒートアイランドとなっているニューヨークで定着しているのだ。ニューヨークでは1999年に最初の患者が発生し,以後毎年,患者数は加速度的に増加し,発生地域はどんどん広がっているのだ。これがアメリカだけの現象だという保証はどこにもない。
そういえば,地球規模の異常気象として必ず取り上げられるエルニーニョ,ラニーニャは本書でも取り上げられているが,その説明がおざなりで,説明不足であった。しかし,前回読んだ『謎解き・海洋と大気の物理』のおかげで,私個人としては手に取るように理解できた。やはり,本は読んでおくもんだなぁ。
(2003/08/18)