『十字軍の思想』(山内 進,ちくま新書)
『ブッシュのアメリカ』(三浦俊章,岩波新書)

 前者は十字軍が正式に始まる前から地下水脈のようにヨーロッパ社会に流れている「十字軍思想」がある事を説明し,それが十字軍が廃止された後も「思想」として受け継がれ,やがてアメリカ建国に受け継がれている事を証明する。事実,ピルグリム・ファーザーズたちは,「新たなエルサレム」を作る事を目指して新大陸を目指していたのであり,それは建国の精神,精神的支柱となった。例の「9.11」の翌日,アメリカ大統領は思わず(?)「十字軍」と口走り,後にそれを取り消した一場面があったし,一方のビン・ラディンは「イスラム社会に対する十字軍の攻撃に対する防衛」と説明したが,まさにここに,十字軍の加害者と被害者,両方の立場が交錯していた。

 後者は,世界を善と悪の戦いと見て,「悪を滅ぼす戦いのどこが悪い」とイラクとの戦争を決断する大統領とその側近達,それを取り巻くアメリカの多様な政治状況と宗教状況を説明している。

 この2冊を合わせ読むと,ブッシュ政権を牛耳っているネオコンの思想的背景とその心情的根幹が非常にわかりやすい。


 それにしても『ブッシュのアメリカ』には「ブッシュ政権はイラクとの戦争開始の際,イラクの戦後をどうするかというビジョンを持たずに戦端を開いてしまった」とあるが(開戦前にアメリカ首脳部に会った日本高官が証言しているらしい),これは現在(2003年8月現在)のイラクにおける混乱の原因を示しているように思う。どうもホワイトハウスは,フセインさえ倒せばイラク国民は自由を平和を手にいれ,開放者としてのアメリカ軍を歓呼して迎え入れるはずだ,と単純に考えていたふしがある。

 ブッシュ大統領は事あるごとに自分を,第二次大戦でアメリカ参戦を決定したウィルソンと並べて評価して欲しいと明言しているが,これはやはり無理だろう。

 これは有名な話だと思うが,ウィルソン当時のアメリカ軍首脳は参戦の数年前から,日本とドイツが取るであろう全ての戦術を洗い上げ,それにアメリカがどう対処できるかを考え,常に再悪の場合を想定して,あらゆる局面についてシミュレーションしたといわれている。その結果,「こりゃ,どう転んでもアメリカが勝ってしまう。日本とドイツが最良の戦術を成功させ,おまけに幸運が手助けしたとしても連中に勝ち目はない」ことを確信し,その上で戦争に勝った後の日本とドイツの占領後のシナリオを完成させ,それから第二次大戦に参加したのだ。要するに,何年もかけて日本とドイツの占領政策を練って練って完成させてから,ようやく戦争を始めたのだ。こういう戦争は負ける訳がない。要するに,今回のイラク戦争とは雲泥の差なのである。

 戦争の歴史を見てみるとわかると思うが,戦争で難しいのは開戦でなく,どこで戦争を終結させるかだ。つまり,最初から「ここを手にいれたら戦争はおしまい」という目的設定が絶対に必要なのである。こういう目標を最初から決めておけば,それが得られた時点で戦争相手と交渉に入ることも可能になる。こういう目標設定なしに戦争を始めたのが太平洋戦争前の日本軍であった。明確な戦争の最終目的がないもんだから,勝っているからひたすら戦線を拡大し(勝っているとどこまでも進軍しちゃう,というそこで戦争を止める理由がない),その結果として伸びきった兵站戦が破綻し,壊滅的な敗戦となった。これは第二次大戦をおっぱじめたヒトラーも同じらしい。

 引き際を設定せずに始めてしまった戦争ほど始末に負えないものはない,というのは歴史が教える事実である。

(2003/08/04)

 

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