『迷走する物理学 −ストリング理論の栄光と挫折,新たなる道を求めて−』
(リー・スモーリン,ランダムハウス講談社)


 スーパーストリング理論(超ひも理論)に関するかなりハードな科学読み物。もちろん,ストリング理論や相対性理論,量子論などの物理に関する知識が必要だし,完全に内容を理解するのはかなり大変だと思う。私も理解できたかなと思っている部分は全体の半分もなく,なんとなくこんな意味かな,と読み飛ばした部分も少なくなかったことは認める。

 だが,その内容は圧倒的に面白いのだ。なぜかというと,現在の理論物理界で主流であるストリング理論を真っ向から一刀両断している点が痛快だからだ。その論理は明晰であり透徹している。理論物理学的にどこまで正確な議論かはわからないが,少なくとも私にはすごくまっとうな議論であり,ストリング理論に対する真正面からの疑問だと思った。450ページを超える大著であるが,今を時めくストリング理論に対して挑戦し,論理的に反証するためにはこのくらいの分量が必要だったと思う。そして,長大な書だが冗長な部分はなく,日本語訳もこなれていて読みやすく,ストリング理論というパラダイムに挑戦しようという気迫が本全体から伝わってきた。

 そういう意味で,科学を志す人にも,科学とは何か,科学における正しさはどのように証明されるべきなのかを常に考えている人には,超お勧めである。


 本書は冒頭,基礎物理学において過去30年間,大きな進歩がなかったことを説明し,それがいかに異常な事態かをとく。実際,ニュートン以来,科学の歴史は数十年ごとに大きな発見があり,そのつど,新しい自然観と新しい世界の見方が人間の知識として蓄積していった。そして18世紀の末頃,つまりベートーヴェンと同じ頃から科学の世界では四半世紀ごとに重要な発見が相次ぎ,それが1970年頃まで続いてきた。それなのに,それ以後,新発見はぱたりと止まり,新しい知識が付け加えられることもなくなったのだという。

 その理由について本書は,次のように説明している。

 要するに,ストリング理論の研究者にあらずんば理論物理学者にあらず,という風潮があるのだという。
 流行の理論に皆が飛びつくのは理論物理に限ったことではなく,科学のどの分野に起こる現象であり,もちろん,医学においても普通に見られるものだと思う。例えば今の医学会では,骨髄幹細胞あたりがそうじゃないだろうか。

 いずれにしても,勝ち馬に乗りたいと思うのは人の性だから,一つの発見が大きく取り上げられるとその分野の研究ばかり伸張するのはある意味避けられない現象である。だが,その研究に物理学なり医学の全精力と全資産がつぎ込まれるようになってしまうと,仮にその発見に発展性がなく,袋小路に入り込むものであることがわかったとき,物理学界や医学界が蒙る被害は甚大になる。

 要するに,バブル現象は科学にもあり,その真っ只中にいる研究者にはバブルかどうかはわかりにくいのだ,ということなのだろう。その研究分野に研究者が殺到しているからといって,その研究の方向性が正しいという証明にはならないのである。そして,皆が殺到しているのに実は発展性がないことが暴かれた瞬間,「研究バブル」ははじけてしまうのだ。本書が指摘しているのはそういう危険性がストリング理論にありうるということだと思う。


 科学の醍醐味は「統一理論」にある。それまで無関係と思われていた事象が一つの理論で説明できるようになった時の爽快さはなにものにも代えられないものだ。
 個人的な思い出に浸れば,ストリング理論に最初に触れたとき,その美しさに私は魅了されたものだった。なぜかというと,多数ある素粒子と基本的な力(重力,電磁気力,強い相互作用,弱い相互作用)をたった一つの理論で見事に説明できたからだ。その説明の美しさは人を熱狂させ,それが正しいと直感させる圧倒的な力を持っていた。だからこそ,1970年以降の理論物理学者はストリング理論の研究に集中したのだろう。

 20世紀の物理学といえば量子理論と一般相対性理論だ。前者は原子レベル,素粒子レベルの世界を記述し,後者は宇宙サイズの世界を見事に説明する。問題は,両者に共通部分がないことにある。
 原子レベルの領域は量子物理学が支配している。このサイズになると重力は影響を及ぼさないからだ。一方,宇宙レベルの話になると重力が支配する世界であり,量子的現象は影を潜め無視できるようになる。だから私たちは,極微の世界では量子理論,日常の世界では相対性理論を使い分けている。

 だがこれは考えてみるとおかしなことだ。私たちが知覚する世界は連続しているからだ。となると,相対性理論も量子理論も未完成であり,両者を統合するもっと奥深い理論があると考えたくなる。ところがその統合が困難を極める。お互いの存在自体が,統合を妨げるからだ。これが量子重力の問題だ。


 ストリング理論が注目されたのは,重力と素粒子の両方を扱い,どちらも正しく記述できたからだ。この理論は大胆かつ魅力的な仮説を立てた。曰く,世界にはまだ確認されていない次元がいくつもあり,さらに多くの粒子がある。同時に全ての素粒子は単純で美しい法則に従う一個の存在−ストリング−の色々な振動から生じる・・・という理論である。まさに,すべての粒子とすべての力を統一する決定的な理論として登場したのだった。

 それから数年間,ストリング理論が特殊相対性理論とも量子論とも矛盾しないための条件が研究され,かなり厳しい条件であることが明らかになる。世界は26次元空間であり,光より速く移動できる粒子であるタキオンと質量のない粒子の存在が必要だったのだ。
 これらの問題を解決したのが超対称性(スーパーシンメトリー)を導入した超対称性ストリング理論,つまりスーパーストリング理論だった。これによりタキオンは不要になり,次元も時間軸を含めて10次元になった。

 この頃,質量のない粒子は重力子でありうるという考えが提唱され,当初は強い相互作用の理論として誕生したストリング理論が,より根源的な統一理論,つまり重力と他の力を統一する理論として捉え直されるようになった。閉じたストリングと開いたストリングを考えることで,重力と他の力の違いが簡単に説明できるようになったのだ。科学史上初めて,力の統一において重力が中心的な存在であることが説明できることになり,粒子の運動と基本的な力が統一されることになった。あらゆるクォークとレプトン,そして3つの力(強い相互作用,弱い相互作用,電磁気力)と重力は,時空に伸びるストリングが面積をできるだけ小さくするという単純な法則に従っている事から生じると説明できた。これほど単純で美しい理論というものは滅多にない。


 ところが,ストリング理論はここから混沌としてくる。ストリング理論というとあたかも一つの理論体系のように感じるが,その実態は別個に存在する理論が混在していて,10次元空間で無矛盾のストリング理論だけでも5つあり,そのうちのどの次元を畳んで3次元にするかだけで,変種を含めて数百万種ものストリング理論が生まれてしまったのだ。それらを統一し,より深いところに存在する理論を求めて1995年以降,新たな研究が続いた。

 本書の著者はそれらのストリング理論群を次のようにまとめている。

  1. 平らな10次元の時空というような単純な背景で動くストリングが登場し,宇宙定数はゼロ。しかし,現実世界で確認されている事実(宇宙定数は正)と全く一致しない。
  2. 負の宇宙定数を持つもので,マルダセーナ予想に基づくストリング理論。この場合はゲージ理論と同等になり正確な記述(近似)が得られる。しかし,現実の宇宙定数が正であることと矛盾している。
  3. 複雑な背景をストリングが動く理論。これも無数に存在し,宇宙定数はゼロでなく正の場合もあり,観測結果と矛盾しない。ただ,このようなストリング理論を正確に定義したり,正確な予測を導く明示的計算をすることは不可能。
  4. 26次元時空を背景に,フェルミオンも超対称性もない理論。だが,タキオンが登場して無限大の式を生み出し,無矛盾でない。


 ストリング理論は「粒子と力の統一」においては強力無比な理論であり,「ストリングが時空を占める面積が最小になるように伝播する」という単純明快な説明ですべてを説明できる。問題なのは,量子重力までストリング理論に取り込もうとしたときに起きているらしい。

 この問題点の根源がどこにあるのかについて,筆者は,一般相対性理論は基本的に背景非依存の理論であり,一方のストリング理論(あるいは,スーパーストリング理論)は背景依存性理論である点にあると指摘している。一時,一般相対性理論もストリング理論から導き出せるのではという説もあったが,「なぜ背景依存のストリング理論から,背景非依存の相対性理論が導き出せるのか? これは論理的に矛盾している」と本書の著者は一刀両断している。

 これまで科学では,さまざまな理論が提唱されてきたが,結局は,その理論が生み出す予想や予測が,現実の実験や観測結果で検証されることで認められてきた。重力によって空間が曲がるはずだという一般相対性理論の予測は当初確認が困難とされたが,結局は重力レンズの存在で証明されたし,同様に,現実には起こりそうにもない量子力学の予測ですら数年後には次々に実験で証明されてきた。
 反証や検証ができることが科学には絶対に必要なのだ。ところがストリング理論はこの種の予測を全く出していない。だから,この理論が間違っていることを証明することすらできない。要するに,「間違ってすらいない」のだ。


 本書はさらに,ストリング理論以後の物理学,ストリング理論以外の理論物理学の動きについても総合的に説明しているが,これが実にスリリングだ。力と粒子の統一についての全く新しいアプローチに始まり,相対性理論への疑問,空間の基本構造についての各種の理論,離散的構造と古典的時空の結合を試みる理論など,どれも魅力的だ。そしてその多くが実際の観測結果や実験に立脚している点が何より興味深い。
 とりわけ,実際の銀河の運動の観測から,ニュートン力学が成立している部分と成立していない部分があり,両者を分ける境界が宇宙定数で光速の2乗を割った値と一致している,なんてところにはちょっと興奮した。銀河という観測可能なサイズの世界と宇宙定数なんて,本来無関係のはずなのに・・・。


 本書の考えが正しいかどうかは私にはわからないが,主流となっている中心理論に敢然と批判の矢を打ち込む著者の姿勢は見習おうと思う。世界中を敵に回しても,自分が信じるものを信じる,自分が正しいと思うことを主張するという姿勢には心を打たれるし,私も常にこうありたい,こうあらねばと襟を正す思いだった。これだけでも読んだ甲斐があった。

 科学が科学であるために,このような批判的精神は絶対に必要なものだし,批判的精神を失った科学はもはや科学ではありえないのだ。

(2008/01/22)

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